第四話 ゾンビとの戦い
「お待たせしました」
倉庫から持ってきた武器を携えた俺が再び壁によじ登って言った。
わざわざ部屋まで取りに戻る必要はない。
庭で戦闘になることも考慮して、俺は倉庫にも使える武器をいくつか置いているのだ。
その中で俺が今回選んだのは、昔から海外で農具として使用されているピッチフォークだ。
日本ではあまり馴染みのない農具だが、食卓で活躍しているフォークをイメージしていただくと分かりやすい。要するに巨大なフォークだ。
「あぁぁ……うぅぅう……」
ゾンビは依然として緩慢な動きで壁に体当たりを続けている。
ゾンビとの戦闘で重火器以外に有効な武器とは何か。
銃の所持が禁止されているこの日本において、比較的容易に入手が可能かつ身近にある物の中で真っ先に挙げられそうなのは包丁だろう。
しかし包丁はそれ単体では殺傷力の高い立派な武器だが、対ゾンビでの使用となると素人にはお勧めできない。
リーチの問題でどうしてもゾンビ相手に接近する必要が出てくるため、場数を踏んでいないと扱いが難しいのだ。モタモタしている間に噛みつかれてしまう可能性もある。
どうしても包丁を使用したいならば、物干し竿などの先端にガチガチに固定して簡易的な槍にするのがお勧めだ。その点では充分なリーチを有し先端が鋭く尖っているピッチフォークは、ゾンビとの一対一での戦いでは理想的に思われた。
漁業で使用される銛も良いのだが、あれは先端のかえしのせいで対象に突き刺した後に抜き辛い。使い捨てなら問題はないが、複数を相手にする場合は足枷になってしまう恐れがあった。
このピッチフォークなら突き刺すも良し、薙ぎ払うも良しだ。
特に生意気にも階段を上って来るようなゾンビには、階上から突き落とすこともできる。
俺はそれがやりたかったがために、親父に家の階段は螺旋状ではなく直線にしてくれと頼み込んだのだ。
ちなみに一階がいよいよダメになった場合には、階段の上から特注サイズのベニヤ板を釘で打ち付け、そこから油を流し込む算段でいた。これで知能の低いゾンビが階上に到達することはまず不可能だろう。
食料と水は二階にあるので、二階の活動場所さえ確保できればどうとでもなるのだ。
「あぁぁうぁあ……」
呻き声を聞き、俺は一瞬目の前にいるゾンビの存在を忘れてしまったことに気づいた。
いかん、つい講釈が長くなってしまった。
色々と偉そうに語ってはいるが、俺も実戦はこれが初めてなのだ。
集中しろ。ここで俺が死ねば、この頼もしい語り手の貴重な記録は途絶えてしまう。
「参ります……」
深呼吸で精神統一をした俺が呟いた。
「オラァ!」
直後にゾンビの額を目掛けて繰り出したピッチフォークは、ゴツンという鈍い音と共に弾き返されてしまった。
脳を覆う分厚い頭蓋骨に阻まれてしまったのだ。
危うく武器を落としてしまうところだった。
一度は大きくよろめいて倒れたゾンビだったが、再び起き上がると前進を始めた。
「クッ、さすがにまだ肉体の腐敗は進んでいないからな」
加えて壁の上から身を乗り出しているので、力が伝わりきっていない。
突き方を修正する必要があるな。
落ち着け。やりようはいくらでもある。
顔面にも柔らかい部位はあるじゃないか。
もっと引きつけるんだ……。
「あぁぁ……うぅぅう……」
「今!」
ぱきょっ、という音と同時にゾンビの眼球に突き刺さったピッチフォークは、そのまま後頭部まで貫通した。
釣りで大物が食いついたかのように、得物を握る手に振動が伝わってきた。
「っしゃオラァ!」
確かな手応えを感じた俺は快哉を叫んだ。
「ぁぁ……」
しばらくビクビクと痙攣していたゾンビだったが、俺がピッチフォークを強引に引き抜くとようやく活動を停止した。
脳を潰せば動かなくなるか……。
王道でありがたいなこれは。
気がつけば俺は全身から大汗を掻いていた。初めての戦闘だったとはいえ、まったく情けない。
しかし、この経験は今後必ず役に立つ。
一度でもゾンビを倒したことがあるのとないのとでは大きな違いだ。
さて、これからどうする?
血液サンプルを採取して捕獲したネズミに投与実験をしてみるか?
ネズミなら以前、屋根裏部屋で見かけたことがある。
捕獲もそう難しくはないはずだ。
いや、最初からあれこれ欲張るのはよそう。
これから長い戦いになるのだ。
腰を据えてじっくりやろうじゃないか。
俺は正面のシャッターが確実に閉まっていることを確かめてから、家の中へと戻った。
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