第六章:届かない手紙
春風が吹き抜ける街の中、俺は桜の木の下であの日のことを思い出していた。
みゆき姉からの手紙が届かなくなったのは、あれが初めてだった。
「忙しいんやろうな」
そう思って俺は、深く考えないようにしていた。
それでもどこか胸騒ぎがあったのは、彼女との数えきれない約束が、いつか形を失ってしまうのではないかという不安があったからだ。
そして、俺はその不安が現実になる瞬間を迎えることになる。
1青春の証明
中学に進学した俺たち四人――ナオユキ(なな)、まつ、たけ、うめ。小学校からの腐れ縁で、相変わらずバカなことばかりしていた。校舎裏で缶蹴りをしたり、授業中に隠れて漫画を読んだり、そんなくだらない毎日が続いていた。
そんな中、時々届くみゆきからの手紙が、俺の密かな楽しみだった。手紙には、彼女の専門学校のこと、バイト生活や友人たちとの出来事が綴られていて、読んでいるだけで笑顔になれた。
「みゆき姉、今も元気そうやな」
手紙を読み終えるたびに、俺はそう呟きながら封をしまった。
2途絶えた手紙
そんなみゆきからの手紙が、ある日を境に途絶えた。
「最近、手紙来てへんの?」
まつがそう聞いてきた時、俺は肩をすくめて返した。
「まあ、忙しいんやろ」
けれど、その沈黙は長く続いた。そして数か月後、俺のもとに訪れたのは、みゆきの妹分のあんずと、彼女の兄で保育園の元ヤン保育士のカケルだった。
「あの……ナナ君、聞いてほしいことがあるねん」
あんずの震える声を聞いた瞬間、嫌な予感が胸を支配した。
「みゆき姉……交通事故で……道路に飛び出した子供を守ろうとして……」
世界が音を失ったような感覚がした。桜の花びらが舞う中、俺はただその言葉を飲み込むことしかできなかった。
3壊れた約束
みゆきが亡くなったと知ってから、俺は自分を失っていた。毎日がぼんやりと過ぎていき、何も手につかなかった。
そんなある日、中学校の校庭で不良グループが絡んできてみゆきの死を侮辱する言葉を口にした。その瞬間、俺の中の何かが弾け飛んだ。
「なんやと……!」
気づけば俺は、目の前の不良達をボコボコに殴りつけていた。拳に伝わる痛みも感じないほど、怒りに支配されていた。
「ナナ、やめろ!」
後ろからまつたちが俺を引き離し、必死に止めてくれた。
「ナナ、あかん!みゆき姉との約束、忘れたんか!」
たけの言葉に、俺はハッとした。
「喧嘩すんな。お前の手は、大切な人を守るために使え。それ、忘れんなよ」
みゆきの言葉が頭の中で何度も響く。
俺はその場に崩れ落ち、涙を流した。
4形見のスカジャン
数週間後、東京からりこが帰ってきた。
「ナナ、これ……みゆきから預かってた」
そう言ってりこが差し出したのは、みゆきがいつも着ていた赤いスカジャンだった。
「お前にこれを渡して、『ちゃんと前向いて生きろ』って言っといてって」
スカジャンを手に取った瞬間、俺の心の中で止まっていた時間が動き始めた。
5桜の誓い
桜の花が満開を迎える校庭に立ち、俺はスカジャンを羽織った。
「みゆき姉、俺、前を向くよ。みゆき姉が守った命を無駄にせんように」
まつたちが隣に立ち、俺の肩を叩く。
「ナナ、俺たちも一緒や。みゆき姉が見てるんやから、恥ずかしいことできへんな」
「せやな……みんな、ありがとう」
舞い散る桜の下、俺たちは新しい一歩を踏み出した。
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