第四章 : 冬空に咲く約束の花

冷たい風が頬を刺す冬の夜、神社の参道は人々の息で白く染まっていた。ナオユキたちは、今年も恒例の初詣に集まっていた。

卒業を控えたみゆき、ももとりこ、年下のあんず、そして少し大人びた雰囲気を纏う元ヤン保育士のカケル。加えて、ナオユキの親友であるまつ、たけ、うめも一緒だ。賑やかな屋台の光に包まれながらも、どこか切なさが漂うこの時間は、彼らにとって特別なものだった。


「めっちゃ寒いねぇ!」

あんずが大きなマフラーに顔を埋めて声をあげると、りこが手袋をはめた手を擦り合わせてうなずく。

「こんなに寒いのに、なんでこんなに人多いのかな。でもこういう時って、なんかワクワクしない?」

「いやいや、お前はたい焼き目当てやろ。」

ももが笑いながら屋台のたい焼きを頬張ると、全員が一斉に笑った。


カケルは少し離れた場所から皆を見守っている。その穏やかな視線に、ナオユキはいつも憧れを感じていた。元ヤンなんて信じられないほど落ち着いていて、みんなの背中を押してくれる存在――ナオユキにとって、彼は一つの目標でもあった。


「おい、まつ、お前また甘酒買ってるんか?」

たけがまつをからかうように声をかけると、まつはむっとした顔で振り返る。

「ええやんけ、これが正月気分ってやつなんだよ。」

「いやいや、そんなこと言いながら甘いの好きなだけやろ。」

うめがクスクス笑いながら突っ込むと、まつは顔を赤らめて甘酒をすする。


おみくじを引いた後、みんなで買ったたい焼きを片手に、境内の片隅で輪になって座った。

「卒業したら、みんな何やるんだっけ?」

あんずが聞くと、みゆきが一番に手を挙げた。

「私は東京の専門学校!車とかバイクとか、自分で整備できるようになりたいんだよね!」

「りこは?」

「私は大学かな。まだ何をやるかは決めてないけど、いろいろ試してみるつもり!」

「ももはどうするん?」

「私は声優になる!自分の声で誰かを笑顔にしたいんだ。」

あんずがすかさず笑顔で

「私はお兄みたいな保育士になりたい!、子どもたちが笑ってくれるのが最高に幸せだから。」

全員脳裏にカケルの姿がよぎったのは間違いない。


それぞれが自分の未来を楽しそうに語る中、ナオユキは静かにたい焼きをかじり続けていた。

「ナナは?」

りこの突然の質問にハッとし、全員の視線がこちらに集まる。


「俺は…まだ決めてへん。正直、自分が何をやりたいのか全然わからんくて。」

吐き出した言葉は、自分でも驚くほど小さく、頼りなかった。


まつが肩を叩きながら言った。

「ナナ、お前はお前らしくやりゃいいんだよ。俺らだって、何とかなるって思ってるだけやし。」

「そらそうやで。」たけが大きくうなずく。「俺も、将来なんてさっぱりわからんけど、とりあえず楽しむつもりやしな。」

「ナナ、焦んなくていいんやで。」うめが優しく微笑みながら言うと、ナオユキは少しだけ肩の力を抜くことができた。


その時、みゆきがナオユキをじっと見つめた。

「なな、夢なんて、そう簡単に見つかるもんじゃねえよ。でも、一つだけ覚えておけ。」


ナオユキが顔を上げると、みゆきは軽く微笑みながらこう言った。

「喧嘩すんな。お前の手は、大切な人を守るために使え。それ、忘れんなよ。」


その言葉は、冷たい冬の空気の中でも、不思議と心に温かく染み込んだ。


初詣が終わると、皆で賑やかに帰り道を歩いていた。りことカケルがじゃれ合いながら先を行き、それをももとあんずが追いかける。その後ろを歩くナオユキの横には、みゆきがいた。


「みんな、ほんますげえよな。」

ナオユキがポツリと呟くと、みゆきは振り向き眉をひそめた。

「何がだよ?」

「自分のやりたいこと、ちゃんと見つけててさ。」


みゆきは鼻をすすりながら笑った。

「まあ、そう見えるだけやろ。みんなだって、きっと悩んでんだよ。」

「そう…なんかな。」

「そうだよ。だから、お前も大丈夫だ。」


その瞬間、みゆきが「くしゅん!」と大きなくしゃみをした。

驚いたナオユキが顔を向けると、みゆきは少し照れ臭そうに鼻を赤くしている。

「うるせえな、笑うなよ。」

「笑ってへんし。」

そう言いながらも、ナオユキは堪えきれずに吹き出してしまい、みゆきも仕方なく苦笑いを浮かべた。


別れ際、みゆきはバイクのエンジンをかけ、軽く手を振って走り去っていった。その背中が闇に溶け込むまで見つめながら、ナオユキの胸はぎゅっと締め付けられた。


「俺…みゆきに恋してたんや。」


気づいたその瞬間、冬の夜空がやけに鮮やかに見えた。みゆきの言葉と、その優しい笑顔が、ナオユキの心に小さな約束の花を咲かせていた。


彼の中で、何かが変わり始めていた。喧嘩なんて、もう二度としないと心に決めたのも、この時だった。未来がまだ見えなくても、自分の手で守りたいものができたことだけは、はっきりしていた。

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