第二章:憧れと絆

みゆきは町でも有名な存在だった。真紅のスカジャンにロングスカート、ロングの黒髪が風になびく姿は、まるで映画のワンシーンのよう。「女番長」と呼ばれながらも、誰もが彼女に憧れ、そして彼女を慕う者たちは「みゆき姉」と呼び親しんでいた。そんな彼女に、一目惚れした少年がいた。それがナオユキ――小学四年生の、どこか大人びた少年だった。


ナオユキがみゆきに助けられたあの日から、彼の心の中にぽっかり空いていた穴が、少しずつ埋まっていくのを感じていた。「強くなりたい」――ただそれだけを胸に、彼は毎日を過ごしていた。


ある日、商店街でみゆきとその仲間たち――りこ、もも、あんず――に偶然出会う。りこの冷やかし混じりの冗談が飛ぶ。


「なぁ、ナナ。剃り込みとか入れたら、みゆき姉みたいにカッコよくなれるんちゃう?」


その場の空気が笑いで包まれる中、ナオユキだけはその言葉を真剣に受け止めていた。


翌日――

ナオユキは自宅の洗面所で父親のカミソリを手に取り、自分の髪を大胆にも剃り込んだ。商店街の駄菓子屋の溜まり場に現れた彼の姿に、りこは開口一番こう言った。


「ちょ、なんやそれ!どこの劇団員やねん!」


ももとあんずも堪えきれず、肩を震わせながら笑い出す。その場に居合わせたみんなが腹を抱えて笑う中、ナオユキの耳に、みゆきの澄んだ声が響いた。


「……ほんまにやるとは思わんかったわ。」


みゆきはナオユキの頭を軽く撫でると、口元をゆるめてこう言った。


「でも、お前、ちょっとだけカッコええやん。」


その言葉に、ナオユキの顔はみるみる赤くなった。「剃り込みを褒められた」と思った瞬間、みゆきがくすくすと笑いながら続ける。


「けどな、ナナ。剃り込み入れただけで強くなれるんやったら、世の中みんな番長やで!」


みゆきの笑顔に、ナオユキは胸がドキンと跳ねるのを感じた。


「俺……ほんまにみゆき姉みたいになりたくて……」


その真剣な眼差しに、みゆきは少し驚いた表情を浮かべる。そしてそっとナオユキの肩に手を置き、優しく言った。


「ナナ、お前はお前や。それで十分やから、無理して真似せんでええ。自分らしくおり。」


ナオユキはその言葉に思わず涙をこぼしそうになりながら、必死で笑顔を作った。


その後、みゆきの妹分のあんずが、小さな飴を差し出しながら声をかけた。

「なな、飴ちゃん食べる?疲れたやろ?」


その可愛らしい仕草に、ナオユキは自然と笑顔になった。


親友のまつ、たけ、うめも駆けつけ、剃り込みの件で散々からかいながらも、彼を全力で支えてくれた。



「お前のそのアホみたいな純粋さが、一番カッコええよ。」


まつがナオユキに向かって親指をたてて笑顔で励ましてくれた。


仲間たちの温かさに包まれ、ナオユキは初めて「誰かに守られている」という感覚を知った。


みゆきへの憧れと、仲間たちとの絆。ナオユキの胸に芽生えた想いは、まだ言葉にするには幼すぎたけれど、そのドキドキする感情は、確実に彼の世界を変え始めていた。

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