業火(17)

 それから九十日後、作戦が始まった。

 メイセア軍の艦隊がブラーゴ星に降下した。

 トオヤが乗ったヴァンジュ、シャルンが乗ったペルトーレ、ザッズが乗った《シルペアン》がメログデンから発進した。

 その後でジェイスが乗ったスパーシュが発進した。

 ヴァンジュは修理と同時に改造が施されペルトーレに近い速度で飛べるようになった。

 ボルザットを全面的に改造したシルペアンは黒と紺色の機体にオレンジの線が所々に入った威圧感のある姿になった。

「ゴレット、コルーロ部隊発進して下さい」

 ペルトーレのコックピットでゴーグルを着けたシャルンが艦隊に指示した。

 艦隊から無人のゴレットとコルーロが続々と発進した。

「同期開始」

 シャルンの声でペルトーレが両手を広げた。

 飛んで来たゴレットとコルーロもすぐに両手を広げた。

「同期完了。全機降下」

 ペルトーレを先頭にゴレットとコルーロが雲の下に降下した。

「順調のようだね。じゃあ僕達も降りるよ」

 コックピットでトオヤがザッズに言った。

「お前は大丈夫なのか」

 ザッズが心配そうに答えた。

「ずっと睡眠装置で寝ていたからね。頭はすっきりしているよ。シャルンがしくじらなければいいけどね。僕の作戦には予定外だから」

「言ってくれますね。この程度の事なら簡単に出来ますよ」

 シャルンが淡々と答えた。

「聞こえていたのか。信用しているよ。じゃあ」

 トオヤは答えると部隊から別れてブラーゴの東に飛んだ。

「まあ、何とかなるだろう」

 スパーシュに乗ったジェイスがザッズに話した。

「そうだな。それじゃ行くか」

 ザッズのシルペアンがスパーシュに乗ってブラーゴの西に飛んだ。

「ドルギ王子、よろしいですね」

 プレリーゼのブリッジでミッドレがモニターに映ったドルギに訊いた。

「始めてくれ」

 ドルギが答えるとミッドレが通信機に向かって、

「作戦開始!」

 淡々と言った。

 ブリッジのオペレーターが一斉に作業を始めた。

 プレリーゼに隣接しているドルギが乗ったゼンゼルグのブリッジでも同様に騒々しくなった。

 ガレミザの宙域に浮かぶ補給基地の一室でルーシは端末で様子を見ていた。

 シャルンのペルトーレの周りに無数のゴレットとコルーロが集まった。

「全機、所定の位置に移動」

 ペルトーレのコックピットの計器が一斉に青く点灯した。

 ゴレットとコルーロが散開して飛んで行った。

 未だに燃え続けている大陸の上空を等間隔で止まった。

「防衛衛星からの各機の位置確認。問題なし」

「こちらもだ」

 トオヤとザッズが答えた。

「艦隊は宙域へ移動。私の任務は以上です。後は任せました。トオヤ」

 シャルンが言うとトオヤは「わかった。その場で待機。念の為に予備機のコルーロをこちらに飛ばしてくれ」と答えた。

 メイセア軍の艦隊は上昇して宇宙へ出た。

「衛星と同期。全機、ヴァンジュと同期開始」

 トオヤが言うとコックピットの計器が青く点灯した。

『全機の同期確認』

 ヴァンジュの声と共にコックピットの前面に大きくモニターが表示されて各機の位置が映った。

「こちらの雲の流れが早い。もたもたしていられないぞ」

 ジェイスの急かす声がした。

「大陸の西側と南側は風が強い。全機、起動」

 トオヤが言った。

『全機。起動』

 ヴァンジュの声で上空に留まっていたゴレットやコルーロが一斉に爆発した。

 ラギュンゼの技術を応用したベゼンギアの爆発の光が広がり上昇して雲の中に入った。

 上空の気温が一気に下がった。

 中和剤を含んだ氷の粒が大陸全土に降り注いだ。

 ブラーゴ軍の艦隊からドレングが出撃して雲の下に降下した。

 しばらくして各地の様子がヴァンジュのコックピットのモニターに映った。

「綺麗だ……」

 トオヤの言葉に感情が入った。

 曇り空の下で無数の氷の粒が輝きながら降って大地の炎を穏やかに消していた。

 同じ映像をゼンゼルグのブリッジでドルギ達が驚いて見ていた。

「炎が消えていく」

 ドルギは静かに呟いた。

 気温が更に下がって氷の粒が雪に変わった。

「雪だ……」

 トオヤは微笑んでヴァンジュを降下させた。

 着陸したヴァンジュの中でトオヤは外を眺めた。

「これが雪……中和剤が入っているから外には出られないけど本当に綺麗だな」

 トオヤの青い目からうっすらと涙が流れた。

「雪が見られて良かったな」

 ザッズの声がした。

「これが雪ですか。不思議で美しいです」

 シャルンの声がした。

「作戦完了だな。もう少ししてから帰るか。酒を持って来れば良かったぜ」

 ジェイスの喜ぶ声がした。

「そうだね……雪が見たかったよ。母さんとね」

 トオヤは静かに言うと計器を操作した。

 上空に止まっていた予備のコルーロが降下して来た。

「粒子バリア展開」

 トオヤが言うとヴァンジュが機体に光の膜を張った。僅かな熱で機体の雪が溶けた。

「何をしているのです。コルーロが動いていますよ」

 シャルンが驚いた。

「ごめんな。ここで眠りたいんだ。全機、ヴァンジュに向けて冷凍弾を全弾発射!」

 コルーロが冷凍弾を発射した。光の膜に包まれたヴァンジュに命中するとその場が氷に変わった。上空に止まっていた他の予備のコルーロが飛来してヴァンジュに冷凍弾を撃った。

「やめなさい!」

 シャルンが叫んだ。ペルトーレが雲の下に降りようと飛んだがすぐに数機のコルーロに捕まった。

「なぜだ。ペルトーレの指揮に従わない。これはトオヤの命令か」

 シャルンは驚いた。

「どうなっているんだ」

「全くだ」

 ザッズとジェイスが驚いた。

 シルペアンとスパーシュがコルーロに囲まれた。

 トオヤはコックピットで目を閉じていた。

「どういうつもりだ」

 緊急回線でモニターにミッドレが映った。

「見ての通りだよ。まさか司令官の通信をヴァンジュが受けるとはね。信用されていなかったのかな。僕は」

「お前が言ったのではないか。ヴァンジュは王の機体。王が俺を王子の友達と認めていたらヴァンジュも認めていると。どうやらヴァンジュにとって俺は王子の友達らしい。素直に嬉しいよ」

「それは良かった。ヴァンジュの知能はペルトーレに移しているから王子には話したくなったらそっちで話してと言ってくれ」

 揺れるコックピットの中でトオヤは静かに答えた。

「シャルン、ベルックに会えて良かったね。ゾレスレーテの知能は大量の立方体状の情報で構成されていて同期を深める事で望んだ情報を探せる。ゾレスレーテが体の組織で適合者を選ぶ要素はごく僅かでその情報を自分の意識と繋ぐ意志があるかで選んでいるんだ。君がベルックに会いたいと強く望んでいるならもっとベルックの情報と話せるよ」

「まさか私よりもゾレスレーテの構造を知っているとはね。つくづく君には嫉妬しますよ。でも、ありがとう。本当にありがとう」

 シャルンの声が僅かに震えた。

「ジェイス、ザッズ。僕はここで眠るから起こさないでくれよ。地球から百五十年も眠っていたけど奇跡的にここで目覚めた。次は目覚めるかわからないけどそれもいいかなって」

「何を言っているんだ! 体を治して地球に帰れるかも知れないんだぞ。この作戦の礼に亜空間航行が出来る船と地球へ行ける燃料をたんまりもらってよ。ブラーゴにだって燃料があるんだぜ」

「そうかも知れないね。でもいいんだ。前に君とそんな話をしたね。あの後、思い出したんだ。僕は母さんに殺されそうになったって」

「何だと!」

 トオヤが言うとザッズは言葉に詰まった。


「この子が賢者候補か」

「いくら血が繋がっていないからって自分の子供を殺すか。酷い母親だ」

「俺達の仲間だぞ。その覚悟に感謝しないとな」


「宇宙船の睡眠装置の外から話し声が聞こえた。特別な睡眠教育を受けている僕は眠っていても外の声を拾う事が出来る。悪い夢だと思ったが何度も思い出すようになった。覚醒の件といい君は本当に厄介な存在だね」

 トオヤは薄く笑って言った。

「そんな事、今となってはもういいじゃないか。百五十年前の話を引き摺る事なんかないんだぞ」

 ジェイスが落ち着いた口調で言った。

「そうだね。済んだ話だよ。だからいいんだよ。何もかもね。それじゃ、みんな切るね。ありがとう。元気で」

 トオヤは通信を切った。

「ヴァンジュ。僕は眠るから。君は動きたくなったら動けばいい。休眠状態に切り替えて」

『休眠開始』

 ヴァンジュの声と共にコックピットに冷気が流れた。

 多数の冷凍弾を受けてヴァンジュの周りには大きな氷山が出来た。

 その後、メイセア軍が救出作業をしたが氷山は溶けず断念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る