業火(16)
プリアスタの城では各地の政治家がレナンの見舞いの挨拶に毎日訪れてダンルが応対していた。
「これで終わりか」
ダンルは疲れた表情で言った。
「そうですね。レナン様の代行の仕事が続きますがどうかお身体には気をつけて下さい」
レナンの秘書のランメイが目を伏せて答えた。
「君がいるおかげで助かるよ。女王の仕事は全く知らなくてね」
端末を見ながらダンルが言った。
「差し出がましいですが軍の仕事をミッドレ様に任されてはいかがですか。ドルギ王子も軍務を司令官に引き継いでいると聞いております」
「ああ、ブラーゴの消火活動が終わったらそうするつもりだ。あれが解決しないと何も出来ないからね。メイセアの民も不満を抱いて治安が悪化している。早く避難民をブラーゴへ帰したい」
ダンルが言うとランメイは「申し訳ございません。余計な進言でした」と答えて果実茶が入ったカップを差し出した。
「いや、誰もが思っている事だ。ところでロゼムは大丈夫か。邪魔になると悪いから帰ったら別の部屋で休んでいるんだ。子供も心配だ」
「お子様は順調に育っています。そろそろ名前を考えられては。姫様は少しお疲れのようです」
「あんな目に遭ったからな。心配だ」
ダンルは憂鬱な表情で言った。
「私も長く王室で勤めて参りましたがこんなに不幸が続くのは初めてです。女王と王子が撃たれて姫様が誘拐されてこの城には沢山の兵が行き来して秘書共も困惑しています」
「しかしこうして私やロゼムが女王の代行を出来るのは長く王族を支えてくれた君のおかげだよ。本当にありがとう。ランメイ」
ダンルが言ってカップを手にした。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
ランメイは一礼して退室した。
「ロゼムも心配だが女王は目を覚めるのか……」
レナンが重篤なのは医師から聞いていたが受け入れられずにいた。
レシスの基地にロゼムを乗せた宇宙船が着いた。
ドアが開くとゾロハとロッツが出迎えて軽い挨拶をして会議室に入った。
「大変でしたな」
ゾロハが言うとロゼムが「ご心配かけました」と一礼した。ロッツがティーカップを差し出した。
「私よりもルーシ姫が心配です。何て言葉をかけたらいいのか……」
ロゼムが重い口調で言った。
「あの出来事から初の公務でここに来られるのですからな。避難しているブラーゴの住民から心無い言葉をかけられるかも知れない。辛いでしょう」
ゾロハが暗い表情で答えた。
「それでも乗り越えないといけない。私も暗い顔でいたら女王に叱られますから」
ロゼムは微笑んだ。
「ロゼム様はとても強いのですね」
ロッツがボソボソと話した。
「強かったら誘拐されたりしないわ。大使に眠らされて気がついたら知らない所に閉じ込められてまた誰かに眠らされて起きたら病室だったのよ。何もできなくて情けないわ。ルーシ姫に鍛えてもらおうかしら」
ロゼムが明るく言うとロッツは笑った。
「時間があればまたカイキスへ行きたいわ。静かでいい所ね。また皆さんと食事をしたいの」
「私も楽しみです」
「その時はよろしくね。ゾロハ様もお身体に気をつけて。それでは」
ロゼムが一礼して退室した。
「思ったより元気で良かった。ただ気を張っている」
「お子様が生まれて少し変わりましたね」
「そうだが少しは休んで欲しいな」
ゾロハは茶を飲みながら答えた。
ロゼムが護衛の兵に囲まれて廊下を歩いているとレジーアが会釈してすれ違った。
ロゼムも歩きながら微笑んで会釈した。
(この匂い、最近どこかで……)
記憶を辿りながらも思い出せずにいた。
ブラーゴから宇宙船が基地の港に到着した。
ドアが開いてルーシが杖をついて出て来た。
大使のセリックが出迎えて会議室に入った。部屋にはレジーアが先に待っていた。
「久しぶりですね。レジーア」
ルーシが挨拶するとレジーアは「お久しぶりです」と一礼した。
「体は大丈夫ですか?」
「ええ、何とかね。見ての通りまだ歩くのは大変だけど」
「無理なさらないで下さい」
「まだ体を動かしていた方がいいのよ。色々あったから」
ルーシ姫は遠い目をして言った。しばらく沈黙の時間が流れた。
「ドルギに子供が欲しいって言われたわ」
ルーシはため息をついて言ってすぐにハッとした。
「勘違いしないで。自慢している訳じゃないの。むしろ気が重いわ」
ルーシは静かに目を伏せた。
「良い事じゃないですか。王としての道を歩む覚悟ができたのでしょう。あとはルーシ様次第ですね」
「私の父が王と王妃を殺した。それなのに私が王子の子供を産むなんて許されると思う?」
暗い表情をしたルーシの問いにレジーアは一瞬間を置いて、
「それでもあなたは王子を殺そうとしたカリューダ様を撃った。王子を守ったのです」
穏やかに言った。
「それは結果よ。父が私を撃ったから咄嗟に撃った。それだけよ」
「それだけの事であなたは王子を守り反乱を鎮めたのですよ」
「あなたと話すとあなたがドルギと結婚すれば良かったのにと思うわ」
「お互いに飽きたのよ。今でもたまに体の関係はあるけどその程度で満足している丁度いい関係なのよ。だから気にしなくいいですよ。いつも言っていますが」
レジーアは淡々と言った。セリックと護衛兵は聞かない振りをした。
「ドルギって不愛想なくせに何でそっちは自由なの。でもメイセアのミッドレ司令官みたいに思い詰められても重たいから嫌だけど」
「体が素直なんでしょう」
「気が合えば誰でもいいって事? 嫌だわ。セリック、どう思う」
ルーシにいきなり話を振られてセリックは「えっ」と戸惑った。
「体の相性が合うのはいい事だと思いますよ。気持ちも大事ですが触れ合って解決する事もありますし」
微笑んで答えるセリックに二人は「ええっ……」と引いた。
「それはそうと……ロゼム姫との演説の練習をなさらないと」
セリックが言うとルーシは髪を整えた。
「そうね。その為に来たからね」
「支給品の配達で避難所に通っていますがメイセアの住民から冷たい目で見られています。過激派のグバスランがレナン女王を撃ったと公表されても真実は漏れていますし」
「最初からミークがやったと言えば良かったのよ。中途半端に隠すから余計に面倒になるのに。ブラーゴに気を遣ってくれたのは嬉しいけど」
ルーシが不満そうにルーシに言った。
「内容はロゼム姫と話し合って決めましょう。時間です」
セリックが言うとルーシは、
「わかったわ。ところでレジーアはいつまでメイセアに?」
と立ち上がりながら訊いた。
「避難民が全員ブラーゴに帰るまでいます。長い滞在になりますからお気遣いなく」
レジーアは静かに答えた。
「長い避難生活で皆疲れているでしょう。ブラーゴの民の為なら全力で支援します。必要な事は何なりと仰ってください」
ルーシが言うとレジーアは「わかりました」と立ち上がって答えて一礼した。
翌日、ルーシとロゼムの演説がメイセアの各地で放送された。
「ブラーゴでの工場の事故を発端に大陸の半分が燃えその中で内乱が起き、メイセアの皆様に多大なご迷惑を掛けている事をお詫び致します」
ルーシが深く頭を下げた。
「しかし元々メイセアから移民された方々の子孫であるブラーゴの皆様、そして移住を受け入れて下さった先住民の皆様を助けるのは我々メイセアに住む者の礼儀だと思い私達王族と政府がブラーゴからの避難民を受け入れる事に決めました」
ロゼムが穏やかな口調で話した。
「そんな中、レナン女王が重傷を負いブレッツォ王とゼイア王妃が亡くなりました。ご存知の通り私の父であるカリューダの企てであり私の手でカリューダを殺しました。理由は何であれ誰かを傷つけてうまくいく事などありません。どうか皆様が私と同じ罪を冒さない事を、そして憎み合って争わない事を切に願います」
ルーシが目を伏せて言った。
「これ以上争いが広がらないように皆様が心穏やかに暮らせるように私達王族と政府は努めていきます」
ロゼムは穏やかに話した。
「全ての民がお互いを尊重し生きていける世の中になるように努めていきます」
ルーシが言って一礼するとロゼムも一礼した。
避難所で放送を見ていたホビャルはため息をついた。
「覚悟ができたか。ルーシ姫」
ホビャルは茶を飲んで呟いた。
演説を終えた二人は城の応接室にいた。
「お疲れだったでしょう」
ロゼムが穏やかに言った。
「はい。これで治安が良くなるとは思えませんが……各地でガネロッサの武装組織が暴れていると聞いています。メイセアの民は避難して来たブラーゴの民を快く思っていない。ブラーゴの民も先住民と移民の間で対立が深まっている。私達の言葉でどうにかなるとは思えません」
ルーシが申し訳なさそうに言った。
「そうですね。何も変わりません。ですが王族としてやるべき事をやっていきたい。たとえ綺麗事と罵られても私達は民衆を治める側の者なのです。導かなければいけません」
ロゼムが微笑んで言った。
「ロゼム様はとても強い方ですね。私はまだ父の事で悩んでいます。王と王妃を殺したカリューダの娘の私が本当に王子を支える資格があるのか。王子の子供を産む資格があるのか。悩ましいです」
ルーシの表情に苦渋が滲んだ。
「いつもの明るいルーシ様らしくないですね。資格の有り無しなんて考える必要はないのですよ。私なんか未だにダンルのそばにいる資格がないと陰口叩かれているのよ。王族の地位に目が眩んで恋人を捨てたとか言われてばかりよ」
ロゼムは微笑んで茶を飲んだ。
「でもダンル王子を愛しているのでしょう」
「ええ。そしてミッドレは血族としてね。でも辛い時があるわ。みんな優しすぎるのよ。まだドルギ王子みたいに言いたい事を言えたらいいのに」
「言いたい事は全然言わないのよ。抱く時も黙ってさ」
「ま、まあ……その時は別にいいんじゃない」
ロゼムは戸惑いながら茶を飲んだ。
「お互いにもっと気軽に話せる日が来るといいですね」
ルーシは微笑んで茶を飲んだ。
「本当ですね。その日が来ると信じています。必ず……」
ロゼムは遠い目をして窓を見た。
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