業火(15)
プリアスタから離れた軍事工場に続々と輸送機や大型車両が到着して作業員が荷物を施設に搬入していた。
トオヤの作戦でゾレスレーテを量産する為だった。
ゾレスレーテといっても従来の物と異なり手足があるフレームの背中に推進器と知能データを詰め込んだ頭部を着けた物でまるで巨大な人骨に少し外装がある程度の機体だった。
この無人の簡易型ゾレスレーテは《コルーロ》と名付けられヴァンジュの指揮で稼働するように作られた。
工場で作業員が組み立てている中、シャルンは別室でコルーロに積み込む知能データを作成していた。
そこはかつてシャルンの兄のベルックが命を落としたゾレスレーテの知能データを転送する場所で今でも当時の設備があちこちに残っていた。
ベルックが絶命した転送装置と天井から吊るされた試験用のゾレスレーテの頭部も部屋の一角に残っていた。
その中でシャルンは一人で機器を操作して作業を行っていた。機器の着信音が鳴りシャルンはボタンを押した。
「ヴァンジュ到着しました」
男の声にシャルンは「こちらに運んで下さい」と答えて通信を切ると立ち上がって搬入の準備をした。
装甲を落としたヴァンジュの頭部は小さかった。シャルンの指示で作業員がヴァンジュの頭部を試験用のゾレスレーテの頭部の横に吊り下げてケーブルで繋げた。
作業員が退室して室内は静かになった。
「始めますか」
シャルンが機器を操作するとブーンと鈍い音がした。
「ミルマルナ、ゼラチス正常。ポレオマスク、ファルミネトク正常……」
モニターに映った結果を確認しながらシャルンは端末を操作した。
試験機側のモニターでアラームが鳴った。
「配列異常?」
端末に映った知能情報を幾つものブロックで表した物の一つが赤くなった。
シャルンが端末を操作した。赤いブロックがズームアップして更に細かいブロックがいくつも表示された。大半が赤くなっていた。
「セルリの実を食べたい。帰りたい。今日は疲れた……雑念の情報が残っていたか。あの事故以来、使っていなかったか」
シャルンは端末を操作しながら呟いた。モニターの赤いブロックが消えた。何気なく端末に入力した。
『ベルックはいない』
モニターに『認識不能』のメッセージが返ってきた。
「当たり前か」
シャルンはフッと微笑んだ。
『近似値 ベルックの指輪』
モニターに映った文字にシャルンは真顔になった。急いで操作した。場所が表示された。
仕事を終えシャルンはその場所へ向かった。
シャルンとベルックが幼い時に住んでいた家の跡地のそばに立つ木を見回した。
幹に傷が入って指輪が埋め込まれていた。
車に乗って指輪を薄型の端末に繋げた。ベルックの姿が映った。
「やあ。もうすぐ僕はゾレスレーテと繋いで実験をするんだ。それで死ぬかも知れない。でも構わない。可愛い弟がそれで出世できるならね。僕と違って頑固で賢くて話したらいつも喧嘩になるけどいい弟だよ。将来は儀官の長になるかな。もしシャルンがこれを見ていたら伝えたい。僕より古代メイセア族の血を強く引いた君は特別な存在だ。それで周りから冷たく見られるかも知れない。でも僕は死んでも君のそばにいる。次の実験で僕の意識はゾレスレーテに吸われる。儀官達が言っていたのを聞いたよ。君がその事を知っているかわからない。いつか知って傷つくかも知れない。でも誰も恨まないでくれ。何度も言う。僕は君のそばにいるから。じゃあ」
映像が切れた。シャルンは表情を変えずに瞬きを二度して車を走らせた。
レシスの基地の研究所でゾロハ達が新たな中和剤と冷凍弾の実験をしていた。
「ラギュンゼを応用して作れとは恐ろしい作戦を立てたな」
ゾロハは実験しながら言った。
「地球の大気の成分を入れると粒子の質量が軽くなって空中で爆発するとは驚きました」
技師が計器を見て感心した。
「全くだ。名前は《ベゼンギア》にするか。冷たい花という意味で」
ゾロハも計器を見て言った。
「ハルシス様からです」
技師がモニターのリモコンを押した。ハルシスが映った。
「どうも。進捗はどうですか」
「順調ってところだな。どうした」
「シャルンがゾレスレーテと同期すると言い出して部屋に籠もっています」
ハルシスが神妙に言うとゾロハは「どうしたのだ」と困惑した。
「わかりません。急に言い出してずっと実験をやっている。作戦が進んでいるのに困ったものだ」
「何か思うところがあるのだろう。進捗に問題がない間は様子を見ていたらどうだ」
「他の儀官も動いているので今のところ問題はありませんが最近は何を考えているのかわかりません」
ハルシスはため息をついた。
「まあ、それはそちらで何とかしたまえ。それで何の用かね」
「はい。ルーシ姫を迎える為にロゼム姫がそちらへ行きます。出来れば少しの間、話し相手になって頂きたいのです。護衛はいますが心配なので」
「そうか。船が着く時間を教えてくれ。迎えよう」
「ありがとうございます。時間が決まったら連絡します」
打ち合わせを終えてハルシスの映像が切れた。
「やれやれ。すっかり巻き込まれたな」
ゾロハは椅子に座って茶を飲んだ。
「うん? いつもと違う味だな」
「はい。ハキ族のホビャル様からです。ゾロハ様が忙しそうだからと。気持ちを落ち着かせる効果があるそうですよ」
ロッツがにこやかに答えると、
「ほお、気が利くな。確かに落ち着きそうだ。ロッツ、ロゼム姫が来られる。私と共に姫を迎えてくれ。こんな老いぼれと話すよりお前となら明るく話されるだろう」
と茶を飲みながら言った。
ロッツは「わかりました。礼服を取りに帰ります」と答えて退室した。
ハルシスがシャルンのいる部屋の前に着いた。
「まだ、出て来ないのか」
部屋の前に立つ兵に訊くと「食事以外はずっと出てきません」と淡々と答えた。
「入るぞ」
ハルシスが部屋に入った。
試験用のゾレスレーテの頭部と自分の頭に着けた機器を繋いで確認するシャルンがいた。
「何をやっているのだ。作戦中だぞ」
ハルシスが言うとシャルンは表情を変えずに見た。
「見ての通りゾレスレーテとの同期を実験中です。ヴァンジュの知能を移植して試したらうまくいきました。トオヤが乗る前と知能の構造がかなり変わっています。おかげで私も同期出来ました」
「無茶な。ベルックの様に……いや、体に負担がかかって命を落とすかも知れなかったのだぞ」
「大丈夫ですよ。そんな事にならないように何度も理論値で試したのですから。ハルシス様はご存知だったのですか? あの実験で被験者が死ぬかも知れない事を」
シャルンが計器を見ながら淡々と訊いた。
「危険があるのは知っていた。ベルックの事で何かあったのか」
「いえ。この機械で兄が死んだ。それを自分がトオヤの為に使っている。少し感傷的になっただけです」
シャルンが薄く微笑んだ。
「そうだったか。すまない。私の気が回らなかった。この作戦から外れても構わないが」
「いえ。やりたい事はもう終わりました。ご心配をかけてすみません。ただ、ペルトーレには私が乗ります。トオヤの作戦の邪魔はしませんから。トオヤを道具の様に見ていた事は反省します」
シャルンが軽く頭を下げて言った。
「そうか。それなら良かった。ペルトーレの件はミッドレ司令官に言っておく。無理するなよ」
ハルシスは明るく答えてドアに向かって歩いた。顔を上げたシャルンに表情はなかった。
「そうだ。その指にはめた物騒な物は私に向けないでくれるか」
ハルシスは振り返らずに言った。
「古代メイセア族を嫌っている者がいると噂に聞いたので護身用です」
シャルンは淡々と答えた。
「覚えているか。タツシアという儀官がいただろう? 辞めてしばらくして病で死んだよ」
ハルシスは振り返らずドアを開けて部屋を出た。
ドアが閉まってシャルンは黙ったまま指輪を天井に向けた。
細い光弾が天井に当たった。
耳に着けた通信機を操作した。
「コルーロの製造は進んでいますか。ええ。そちらに行きます」
通信を切ってシャルンはドアを開けた。
「終わりました」
ドアをロックしてそばに立っていた兵に言うとコルーロを製造している施設へ向かった。
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