業火(14)
メイセア軍の本部基地でダンルはミッドレが承認した作戦を端末で見た。
「これは軍のゾレスレーテを総動員しないと無理だぞ。ガネロッサから押収した物もあるが、残りは作戦通りに簡易型のゾレスレーテを作るにしても本当に動かせるのか」
ダンルは腕を組んで考えた。目の前に座ったナスラは黙ったまま端末を見た。
「作戦はともかくドルギ王子に了解を得ないと。何せブラーゴ全体に影響が出ますから」
儀官の長のハルシスが穏やかに言う隣でシャルンは黙って端末を操作していた。
「そうだな。向こうの理解を得ないと出来ない作戦だ。すぐにファスラ外務官に行ってもらおう」
ダンルが通信機でファスラに指示している間もシャルンは黙々と端末を操作していた。
「シャルン、何か気に入らないのか」
ハルシスが訊くと、
「いいえ。素晴らしい作戦です。私には思いつきませんでした」
と素っ気なく答えた。
「お前は最近、よく顔に出るようになったな。トオヤのせいかな」
ハルシスが淡々と訊いた。
「確かに彼に振り回されて鬱陶しいです」
シャルンがきっぱり答えるとダンル達はシャルンを見た。
「ですが、ゾレスレーテに乗っている時の彼の判断力には間違いがないので従います」
シャルンは薄く微笑んだ。
「それでは地球という星の政治家と変わらんな。自らの手で作りし者に従うだけ。用が済んだら捨てるだけ。お前はトオヤを道具としか見ておらん」
ハルシスの口調が僅かにきつくなった。
「道具として作られたのだから道具として使うのは当然です。その道具が生きているかどうかの違いだけでしょう」
シャルンの口調が更に淡々となった。
「だから研究所の情報を提供させたのか」
通信機で会話を終えたダンルが話に入って来た。
「ええ。ブラーゴの基地に侵入する作戦を思いついたのはその成果でしょう。地球で刷り込まれた知識だけでは思いつきませんから。良かったですね。ロゼム姫の居場所もわかって。私を咎める前に褒めて欲しいです」
「王子に対してその言い方は何ですか」
ナスラがきつい口調で言った。
「失礼しました。ですがいくら説教されても私の彼に対する考えは変わりませんから」
シャルンの口調も次第に強くなった。
「ロゼムの件は感謝する。トオヤの話は終わりだ。作戦の進め方に戻る」
ダンルが言うと気まずい雰囲気の中で話し合いが行われた。
ガレミザ宙域の補給基地でドルギはファスラから受け取った作戦の文書を見た。
「思い切った作戦だ。俺の承諾が必要になる訳だ」
ドルギが重い口調で答えた。
「メイセアはブラーゴを本気で潰す気か。断じて受け入れられんぞ」
同席したアザレが怒鳴った。
「確かにブラーゴ全域の気候に関わる作戦です。しかし我々もゾレスレーテを総動員して挑むのです。成功しても失敗しても今回の作戦で大量のゾレスレーテを失います。メイセア軍も多大で無駄な損失が生まれるのです。そこはご理解の程を」
ファスラが穏やかに言うとアザレは「無駄か……恩着せがましいな」と言い放った。
「作戦の提案に感謝するとダンル王子に伝えてくれ。セリック大使を通して返答する」
ドルギが穏やかに答えるとファスラは「わかりました。それでは」と一礼して退室した。
「さてどうするか……」
ドルギが文書を見て呟いた。
「避難先で暮らしている民の事を思えばやむを得ないでしょう」
アザレが渋々と言った。
「ほお。賛成するのか」
「邪魔なゾレスレーテが大量に消えるならメイセアへ攻めやすくなります。私が望むのは祖先が追われた地の奪還ですから。施しは受けますが感謝の気持ちは全くありません」
「お前の考えが変わらないのはわかった。この作戦を承認する。詳細は議会で検討してくれ」
ドルギが言うとアザレが「わかりました」と一礼して退室した。
この後、ドルギは自身が王位に就く為にバラル司令官を司令長官に任命して軍の将軍職の権限の大半をバラルに委譲した。
議会は作戦を全面的に認めてバラル司令長官の下で動く準備が整った。
ブラーゴ政府による承認の連絡を受けてメイセアでも作戦の準備が始まり、今行っているブラーゴの消火活動はブラーゴ軍に任せる事になった。
メイセア軍の基地にある地球の宇宙船のそばでジェイスとザッズが立っていた。
「消火に地球の酸素を使うとはトオヤの知識でないと思いつかなかっただろうな」
ジェイスが言うとザッズは「ああ」と答えて宇宙船を眺めた。
「さて始めるか」
ジェイスは機体の真ん中の装甲を外し、ザッズは作業用アームが着いた車に乗って中の圧縮酸素タンクを取り出した。
「これにまだ入っているといいがな」
ジェイスはメーターを見た。殆ど無かったがゼロを指していなかった。
「ギリギリって所か」
ザッズは無言で残り十本程度のタンクを取り出した。どれも殆ど空っぽだった。
「これで全部だ」
ザッズは車を降りた。
「こんなものか。地球の酸素と違うのに俺達よく生きていられるな」
ジェイスが笑って言った。
「酸素とよく似たリズメントのおかげだな。本当に何もかもが奇跡的なめぐり合わせだ。どれかが欠けていたら死んでいた」
ザッズは呟いて宇宙船を見た。
「なあ」
ジェイスが声をかけるとザッズは「うん?」と振り向いた。
「メイセアに来ないか。別にブラーゴにいなくてもいいだろ。ドルギ王子に頼めばこっちに移してもらえると思うぞ」
ジェイスの誘いにザッズは首を横に振った。
「助けてもらったし仲間もいる。向こうが合っているからな。それに俺はブラーゴ軍だ。いくら地球人でも今のメイセアには居辛いからな」
「そうか。トオヤも喜ぶと思うけどな。正直、俺にはあいつの兄代わりは無理だ。子供の時から苦労したお前なら頼りになると思ったんだがな」
「兄か………俺も無理だな。お前は兄というより親父だろ」
「ハハハ、あいつの親には少しだけ若いかな。俺にも子供がいたがまだ小さかったよ。もちろん実の子じゃないけどな」
ジェイスは笑った。
「そうか。辛いな。会えなくて」
「ああ悪い。気を遣わせたか。今となっては悲しいとは思わないさ。諦めたよ」
ジェイスは車に乗った。
「そうだな。俺も諦めたよ」
ザッズは酸素タンクを荷台に固定しながら答えた。
翌日、ザッズは避難民が住む施設を訪れた。
「よお、長老。元気そうだな」
ザッズは外でハキ族の長老ホビャルと会った。
「おお、あの時のアンカムか。暇なら来るか」
意外な場所であって一瞬驚いたホビャルだったが、すぐに笑顔でザッズを部屋に誘った。
「仮設とはいえ良く出来ているな」
室内の行き届いた設備を見てザッズは少し驚いた。
「昔の戦争で焼け出されたメイセアの民を救った技術を使ったのだろう。割と快適に暮らせているぞ」
「それなら良かったぜ。避難させた甲斐があった」
「殴られたのは痛かったがな。それでも皆、喜んでいる。改めて礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
ホビャルがにこやかに礼を言った。
「よせよ。そういうの慣れていないから。うん? この匂い……」
ザッズはふと黙った。
「ああ、今、薬を調合しているのだよ。すまんな。気になったか」
「いや、どこかで嗅いだような」
「メイセアの軍に薬草を集めてもらってトオヤの為に調合した薬だからな。基地のどこかで嗅いだのだろう」
「ああ、その……ありがとう」
ザッズは最近トオヤと会った時の事を話した。
「あの薬は瞑想に使うもので気分を落ち着かせる効果がある。常に頭を酷使しているトオヤには効果が浅いだろう。少ししか役に立てないのが残念だ」
ホビャルの表情が曇った。
「それでもあいつは助かっているんだ。あんたが気にする事はない」
二人が話していると「長老、いらっしゃいますか」と外から女の声がした。
ホビャルがドアを開けて女を招き入れた。
「紹介するよ。レジーア殿だ。名前は聞いた事があるだろう。レジーア殿、こいつはザッズ。ブラーゴ軍だが良くわからんが今はここにいる」
「雑な紹介だな。レジーア様でいいですか」
ザッズは少し気まずい顔になった。
「フフフ。誰でも私と初めて会った時はそういう顔をするのよ。レジーアでいいわ。よろしく、ザッズ」
レジーアが気さくに握手を求めてきたのでザッズは「こちらこそ」と握手した。
「まさかメイセアにいるとは。ガレミザの基地にいると思っていました」
「基地にいたら兵達が気まずいでしょう。王子の愛人と言われているから」
「なるほど。それでここに」
「今は避難民に支給品を配達しているの。私、どこにいても有名だから普通に暮らせないのよね」
(王子の好みがわかってきた……)
ザッズはうんざりした。
「ごめんなさい、自分の事ばかり話して。はい、薬を調合する道具ね。いつも通りゾロハ様に言っておくわ」
「すまないな。ここから外へは連絡できないからな」
「いえ。仕方ないわ」
二人が椅子に座って談笑している間、ザッズはレジーアを眺めた。
「しかし大変ですね。先程までプリアスタにいたのですか。すみません。何だか焦げ臭いので」
ザッズは何気なく話に入った。
「ごめんなさい、そうなの。まだ空爆の跡が酷くてね。なかなか匂いが取れないのよ」
「そうですか。俺も昔、空爆で焼かれた町で戦った時に匂いが残って大変でした。特に人が焼け焦げた匂いは鼻の奥に残る感覚がして嫌でした」
「あなた、アンカムだったわね。戦場の匂いって本当に嫌よね。私も早く帰って匂いを取りたいのよ」
レジーアは伝票を確認しながら微笑んで答えた。
「じゃあ帰るわ。ザッズ、王子に会ったら元気にしているって言っといて。ああ見えて心配性なのよ」
レジーアは微笑んで立ち上がった。ザッズは「わかりました」と一礼した。
「惚れても手を出さない方がいいぞ」
レジーアが帰った後、ホビャルは笑ってザッズに言った。
「ああ、手を出したら殺されるからな」
「そうだな。王子が知ったら怒り狂ってお前を撃ち殺すかもな。怖い怖い」
ホビャルは笑って茶を飲んだ。
(怖い女だ)
ザッズは黙って茶を飲んだ。
「鼻が利くアンカムね。面白いわ」
車を運転しながらレジーアは微笑んだ。
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