業火(13)

 ガレミザの宙域でペルトーレと数機のセルセ部隊がサウレックスに帰艦した。

 その後、ザッズのボルザットが着艦した。

 補給基地でミッドレを助けた礼でボルザットのパーツを引き取る事になった。

 ザッズが降りると整備士がパーツを渡しに来た。

「何であいつがいるんだ」

 ザッズがペルトーレを見上げて訊いた。

「メログデンは他の作業をしているからな。ジェイスがもうすぐ来るよ。来たか」

 ジェイスが神妙な表情で昇降機に乗ってペルトーレの腹の前に立った。昇降機のそばに医師が待機していた。

「どういう事だ」

 ザッズは怪しく思いながら様子を見た。

 ペルトーレの腹部のハッチが開いた。整備士がトオヤを引き摺り出して昇降機で降りて来た。

「おい!」

 ザッズは思わず叫んで駆け寄った。

 トオヤは車輪がついた担架に乗せられた。医師が口に吸入器を着けた。

「どういう事だ。これは」

 ザッズがジェイスに訊きながら顔色が悪くやつれたトオヤを見た。

「脳に負担がかかっているんだ。前は大丈夫だったが膨大な処理をする機会が増えてこんな状態になるんだ」

 ジェイスの表情が曇った。

「それがわかっているのに何で乗せているんだ」

「ブラーゴの消火が行き詰っている。それはブラーゴ軍も同じだろ。決定的な方法を探す為に模索している。俺だって乗せたくないさ」

 横たわっているトオヤを見てザッズは子供の時に見た同じ年頃の奴隷だった子供の死体を思い出した。ザッズは強く目を閉じて、

「ガキに重たいモン背負わせてんじゃねえよ!」

 吐き捨てる様に言うと横たわっているトオヤの吸入器を外して背負った。

「おい、何するんだ」

 ジェイスが叫んだ。

「ここにいたら死ぬ。行くぞ」

 ザッズがトオヤに言って歩こうとすると背後でざわついた。

 二人の目の前を大きな手が遮った。

「何だ!」

 ザッズが振り返るとペルトーレがしゃがんでいた。

「こいつは勝手に動くのか」

 ザッズが驚いた。

「無理だよ。あいつは僕を必要としている。僕もあいつが必要なんだ」

 荒れた息遣いでトオヤが囁いた。

「このままだと死ぬぞ」

「いつ死んでもいい。でも今はあいつが作戦の為に僕を必要にしている。その為に今は生きたい」

 トオヤが静かに言った。

「本当、お前変わったな。生きたいなんて言い出してさ」

 ジェイスが穏やかに言った。

「ヴァンジュと意識を通わせていると刷り込まれた事を思い出す。薬漬けの賢者は長く生きられない。二十一才で廃棄される。長く生きても廃人になるだけだからね」

 トオヤが言うと周りが静かになった。

「聞いた事があるが悪い噂だと思っていた」

 ザッズが呟いた。

「やっぱりここから出るぞ」

 ザッズが歩こうとしたがペルトーレが手を動かして邪魔をした。

「無駄だ。俺も何度もやった。メログデンから一緒に逃げた時は暴れた。ついてくるんだよ。だから治療をする時も一緒にいるんだ」

 静かに話すジェイスの表情に苦渋が滲んた。

「誰もトオヤに重責を押し付けていると思っていない。これしか方法がないんだ」

 艦長のラーズがザッズに話しかけた。

「僕は大丈夫だから……ようやく最後の作戦が決まったんだ。この前の基地に侵入した作戦から閃いたんだ。僕はね。雪を見たいのさ」

「雪? 地球では山でしか降っていなかったな」

 ザッズは思い出しながら答えた。

「そう。雪を見たいんだ。ずっと前から。僕は大丈夫だから……おろしてくれ」

 トオヤは息を切らしてうわ言の様に言った。

 ザッズはしばらく黙って「クソッ!」と吐き捨てるように言ってトオヤを背中から下ろした。

「お前ら絶対死なせるなよ……っておい!」

 ザッズをペルトーレが掴んで腹に引き寄せた。

「俺に乗れというのか」

 ザッズはペルトーレのコックピットに入った。

 ザッズが座ると針がザッズの頭や首を針で刺した。

「いてっ! またこれかよ」

 モニターにザッズが乗ってきたボルザットが映って次々と図形や記号が表示された。

 ザッズの体から針が抜けてハッチが開いた。

「適合するか調べたのか。だがその様子だとフラれたか」

 ザッズが呟いてコックピットから飛び降りた。

「君も気に入られたようだな。あいつからボルザットを改造しろと指示が来た。メログデンへ行ってくれ」

 ラーズが端末を見せた。

 ザッズは「えっ?」と驚いた。

 ザッズとジェイスはメログデンへ行った。


 メイセア軍旗艦プレリーゼの艦長室でミッドレはモニターを見た。

「思いつかない作戦だ。俺の権限では決められないな」

 トオヤから送られて来た作戦を見てミッドレは端末に承認の印を入れると耳に着けた通信機を操作した。

「ミッドレだ。今の文書を次の便で王子に送ってくれ」

 ミッドレは通信を切って腕を組んだ。

 メログデンの格納庫に入ったボルザットからザッズが降りた。

 スパーシュが昇降機から降りて来た。奥のエレベータからジェイスが出てきた。

「ボルザットを改良するよりゴレットを改良した方がいいと思うが」

 ザッズはボルザットを見上げて呟いた。

「お前に合わせたのだろう」

 ジェイスは歩きながら言った。ザッズはムッとした。

 シャルンが工具箱と端末を持って格納庫に入って来た。

「仲良さそうですね。ここにいても邪魔ですから船室で地球の思い出話をされてはいかがですか」

 二人を見るなり不機嫌そうに言うと整備士を呼び集めた。

「何だあいつ」

「まあまあ。長く帰れなくて気が立っているんだよ。怒鳴られないうちに行こうぜ」

 ジェイスはなだめるようにザッズの肩を叩いて言った。

「ガキの体は何とかならないのか」

 ザッズが沈痛な表情で言った。

「医者が調べているがここの連中の体と違うから難航している」

 ジェイスも重たい口調で答えた。

「俺達と違ってあいつはただのガキだ。普通の体にしてやりたい。俺の体を調べてもいい」

「随分肩入れするな。嫌っているんじゃなかったのか」

「確かに憎い連盟の賢者だ。でも雪が見たいと言うあいつはただのガキなんだよ。薬漬けにされて早死にするのがわかっていても今は生きたいと言う。賢者に似つかわしくない矛盾だらけのガキじゃないか。地球に帰れなくてもここで普通に暮らして欲しい。あんなゾレスレーテに乗らずにな」

 淡々と話すザッズにジェイスは「それは俺も同じさ」と答えてドリングを飲んだ。

 格納庫で二人の様子を端末で見ていたシャルンは黙って画面を切り替えて整備士にボルザットの装甲を外ように指示した。

 ミッドレからの命令でザッズを乗せたメログデンはメイセアへ帰還した。

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