業火(12)

 メイセアの黒く大きな焦げ跡の縁にある町、パキラ。

 旧ガネロッサ領にあるこの町に今は誰も住んでいない。崩れかけた建物が点在していた。

 道沿いの廃屋にミークとガネロッサの兵がロゼムを拉致して隠れていた。

「カリューダが拘束されたか。わかった。我々は撤退する」

 通信機で話していたミークが通信を切ってロゼムを見た。

「逃げるのですか」

 床に座ったロゼムが訊くと、

「ええ。あなたを殺す理由がなくなりました。後はご自由に。それでは」

 と答えると外に出て行った。

 程なくして外から悲鳴が次々と聞こえた。

 家にドカドカと足音が鳴り響いては悲鳴が聞こえた。

 ロゼムがいる部屋のドアが開いた。

 黒いゴーグルと覆面をした者が二人、部屋に入って黙ったままロゼムの手を掴んだ。

「何をするのです!」

 抵抗するロゼムに一人が針を首に刺した。ロゼムは気を失った。

 ロゼムを連れ出した後、覆面の集団は外に倒れたミーク以外の遺体を廃屋に運んで光熱爆弾を放り込んだ。

 廃屋が大きく爆発して廃屋が激しく燃えた。

 そこから離れた場所に覆面集団の一人がロゼムを寝かせて時限式の発信機を手に握らせると車で立ち去った。

「わかった」

 補給基地の一室でアザレは通信機に答えて切った。

「助けるのはこれっきりだからな。メイセア……レリンデアの王子よ」

 アザレは呟いて部屋を出た。

 ロゼムが持った発信機で居場所を特定したメイセア軍はロゼムを救出、プリアスタの病院に搬送した。

 ミークの遺体以外は光熱爆弾で完全に焼かれて身元の特定は不可能だった。

 メイセア、ブラーゴ両政府はカリューダが旧ガネロッサ軍と結託して起こした反乱と断定した。


 数日後、ダンルはプリアスタの病院でロゼムに会った。

「すまない。辛い目に遭わせて」

 ダンルは頭を下げた。

「謝る事はないわ。護衛の兵は私を守ろうとして命を落とした。誰に対しても謝り切れないわ」

 ロゼムは目を伏せた。

「私も同じだ。空爆で傷を負った者、犠牲になった者……軍を任された者として守れなかった。自分が嫌になる」

 ダンルが言うと二人の間に沈黙の時間が流れた。

「ミッドレが私を探してくれたそうね」

「ああ、ゴシップ記事のネタにされていたよ」

「それでも感謝しかないわ」

「ドルギ王子からミッドレ司令官に新しい恋が始まるのを願っていると言われたよ」

 ダンルは微笑んだ。

「ドルギ王子も大変でしょうね。王も王妃も亡くなってルーシ姫もあんな事になって」

「お互い大変だ。女王は目覚めない。姫は誘拐される……メイセアの民も不安だろう」

 ダンルの表情が曇った。

「ブラーゴの避難民とのいざこざも増えているし何とかしないと」

「消火活動が再開したらドルギ王子と話し合うつもりだ」

「気をつけてね。また狙われるかも知れないから」

「ありがとう」

 ダンルはしばらくロゼムと話して基地に戻りレシスへ向かった。


 ガレミザ宙域の補給基地の病室。

「入るぞ」

 ドルギが入って来た。ルーシはベッドでぼんやりと天井を見ていた。

「何だ。気分が悪いのか」

「……別に」

 ルーシが小声でドルギに答えた。

「お前は悪くない。自分を責めるな」

「そんな事わかっているわ」

「わかっているなら構わない」

「あなたはどうなの? ブラーゴ王もゼイア様も殺されたのよ。それも私の父に……」

「いつでも殺される覚悟はできている。俺は気にしていない」

 ドルギは不愛想に答えた。

「ゼイア様から前に言われたわ。自分が王や王子に殺されても恨まないって」

「そういうものだ。俺はお前から殺されても恨まん」

「そうね。恨まれるのに慣れないとね」

 ルーシが目を伏せて答えた。

「でも父があんな事をするなんて」

「ブラーゴとメイセアの穏やかな関係を望んでいた。ジルマストを手に入れた時から様子がおかしかった。こうなる事を予見していたのか」

「穏やかな関係を築く為に両方の王族を殺すなんて飛躍しすぎよ」

「代々王族に仕えていた家系ゆえに理想を高く持ったのか。死んだ今となってはわからんな」

「私が殺したのよね。嫌いだったけど自分の手で撃つなんて思わなかったわ。自分が撃たれた事より辛いわ」

 ルーシの表情が曇った。ドルギは表情を変えずに、

「後悔しているか。俺と結婚した事を」

 と訊いた

「それはないわ。何よ。私と別れてレジーアと結婚したいの?」

 ルーシが少し怒った。

「それだけ減らず口を叩けるなら大丈夫だ。体を大事にな。あと子供の事、そろそろ考えてくれ」

 ドルギが薄く微笑んで立ち上がった。

 ルーシは「そうね」と目を伏せて小さく手を振った。

 ドルギは「それじゃ」と退室した。

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