業火(9)
メイセアの旧ガネロッサ領にある廃墟の家屋にロゼムは監禁された。
「ミーク大使。ガネロッサを動かしてまでメイセアを乗っ取りたいのですか」
ロゼムは険しい表情でミークに訊いた。
「私はカリューダの考えに賛同しただけです。ラギュンゼをメイセアに撃ち込んで移住したい強硬派の連中よりずっと紳士的ですし」
「つまらない野心を持った政治家は厄介ですね」
「世間知らずなお姫様らしい物言いだ。メイセアとブラーゴの穏やかな関係を望んだ結果ですよ。王族が死ねばいいだけなので」
ミークは微笑んだ。
「それなら私も殺せばいいでしょ。女王を撃ったようにダンル王子も直接その手で殺せばいい」
「王子は王制を解体してから死んでもらいますよ。メイセアを攻撃された罪で裁かれて」
「大使は王家が憎いのですか」
「私の祖先はレリンデアの軍事基地でゾレスレーテの技師でした。大戦の発端になったゾレスレーテが暴走した基地ですよ」
ミークは穏やかに話し始めた。
「ゾレスレーテが暴走したのは事実でした。しかしその基地にラギュンゼを撃ち込んだのはガネロッサではなくレリンデア軍の自作自演だったのですよ。不祥事を隠蔽する為のね。そのせいで祖先は死にました」
「あれはガネロッサの秘密基地から撃たれたと」
ロゼムが驚いて答えた。
「秘密基地? ありましたか? そんな基地が。レリンデアがラギュンゼを運んでガネロッサの領地から撃ったんですよ。もちろん撃った後でレリンデア軍がそこにラギュンゼを撃って焼き尽くしましたけど」
「ゾレスレーテの事故で多くの犠牲者が出たのは知っています。でも基地を撃ったのはガネロッサでしょ。何か証拠があるのですか」
「その証拠を全て潰したのはレリンデアの政府や王家でしょ。ガネロッサから出した資料は全て捏造として済ませた」
ミークがきつく言うとロゼムはまた黙った。
「しかし私は王家を毎日恨んで暮らす程、暇ではありません。王家が滅んでもいい位は思っていますけど」
「あなたと話しても意味はなさそうですね。もういいです。さっさと私を殺しなさい」
ロゼムが怒って言うとミークは笑った。
「あなたを殺すか決めるのは私ではありません。今はせいぜい昔の思い出を振り返っている事ですね。それでは」
ミークは一礼して退室した。外では数人の声が聞こえた。
プリアスタを攻撃したガネロッサ軍はメイセア軍の反撃で撤退した。
プリアスタのあちこちで煙が上り救助活動が行われていた。
「また来ると思うか」
ダンルが基地の窓から外を眺めながらナスラに訊いた。
「警告の意味を込めた攻撃ならしばらく来ないでしょう。敵の目的はプリアスタの制圧ではありませんから」
「そうだな。しかしブラーゴと繋がっているのも明白。どこまで本気かわからない。ブレッツォ夫妻は亡くなった。こちらは女王が重体。ロゼムは行方不明。少なくとも王家を抹殺したいのは本気のようだ。ミッドレもロゼムが心配だろう」
「それは……そうですね。心配だろうと思います」
ナスラは言葉を選ぶように答えた。ダンルはちらっとナスラを見た。
レシスの基地にブラーゴにいた戦艦が続々と着いた。
基地の一角にある研究所ではゾロハと技術者達がジルマストから中和剤を作っていた。
「やはり専用の機材がないと精製は手間取るな」
解析用のゴーグルを着けたゾロハは苛立っていた。
「倉庫から持って来たダイダル鉱石の精製機ですから」
若い研究員が答えた。
「まさかラギュンゼの原料が入っていた機械で精製するとはな。遠い過去の遺物とはいえ使うのはいい気がしない」
ゴーグルに映った機内の温度を確認しながらゾロハは言った。
精製作業を終えてゾロハは別室でロッツから出された茶を飲んだ。
「ロッツ、カイキスに帰っても構わないぞ」
「いえ。母からお世話をする様に言われていますから」
「それだけかな。トオヤが心配か」
ゾロハが言うとロッツは「いえ、そんな事は……」と小声で答えた。
「まあ良い。同じ年頃の子供はカイキスには少ないからな」
「心配です。平静を装っていますが悲しい目をしています。死ぬのを待っているみたい」
「そうだな。生きる理由がない者の目は悲しい。何か生き甲斐が見つかるといいがな」
ゾロハは茶碗を置いた。
「どれ、ハルシスと打ち合わせの時間だな。繋いでくれ」
ゾロハが気を取り直して言うとロッツが「はい」とリモコンを操作した。
壁のモニターに儀官の長のハルシスが映った。
「よお、そっちはどうだ」
ゾロハが訊くと、
「思わしくありません。空爆で城の周辺がかなり破壊されました。女王は重体です」
ハルシスは沈痛な表情で答えた。
「女王も災難だったな。無事を願うしか出来んが」
「いつも訪問する大使だと甘く見て迂闊でした。反省してもしきれません」
「そう責めるな。今はメイセアの民の悲しみと怒りを鎮める為に政府と協力するのだ。ロゼム姫の行方は?」
「捜索に手間取っているようです」
「ダンル王子も辛いだろう。ミッドレ司令官はまだブラーゴか?」
「内乱が鎮まるまで待機中です。シャルン達もです」
「こうなると向こうにいる理由はないな。ブラーゴにいる艦隊は全て撤退か」
「船は徐々に帰還しています。近い内に王子が全艦隊に帰還命令を出すそうです」
「そうなるな……では本題に入ろうか」
二人は研究の状況について話し合った。
「ジルマスト発掘工場と研究所の増設の件は政府に提案します。中和剤がどれ位作れるかわかりませんが仕方ないですね。作らない事には解決しませんから」
「そういう事だ。頼んだぞ」
ゾロハが言うとハルシスが「はい。では」と通信を切った。
「トオヤならどうするか訊いてみたいものだ」
ゾロハが呟いた。
「多分馬鹿にしますよ。そんな程度の事を君は考えられないのかいって」
ロッツが真似気味な口調で言うとゾロハは「そうだな」と微笑んだ。
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