業火(6)

 王都レーデ。住民は避難して建物の明かりもなく厚い雲の下で暗闇に包まれていた。

 その中の道路を車が一台走っている。

「こんな風にお前といるのは久しぶりか」

 ブレッツォが運転しながら言った。

「そうですね。いつも誰かいましたからね」

 ゼイアが助手席に座って答えた。

 車はレーデの正門で止まった。二人は車を降りて門の前に立った。

 二人の前には荒野が広がって地平線が赤く輝いていた。

「もうすぐレーデに全てを焼き尽くす炎が来る。本当にいいのか。私と共に死んで」

「今さら何を言うのです。王、いえブレッツォとずっといると言ったじゃないですか。今は共に死ねる事を幸せに思うわ」

 ゼイアがブレッツォの手を握った。

「死を幸せに感じるか。お前は本当に強い。この体が灰になって土に染みる事に幸せを感じる自信がない。泣き言を言うのは久しぶりだ」

「いいのよ。今は王ではなく私だけのブレッツォでいて欲しいから」

 ゼイアは微笑んだ。

「そんな事を言うのは久しぶりだな。若い頃を思い出す」

「ええ。いいじゃない。共に思い出にふける時があっても。誰もいない町で王族だけがいるなんておかしいでしょ。あなたと私。それだけ」

 ゼイアはブレッツォにもたれかかった。ブレッツォはゼイアの肩に手を回した。

 二人は黙って赤く燃える地平線を眺めた。

 雲の中から小型機が音を立てて降りて来た。

「何だ」

 ブレッツォは驚いた。

 小型機が着陸してドアが開いた。ドルギが出てきた。

「愛を育んでいる時にすみませんが補給基地に来て頂きたいのです」

「消火活動はどうした。見ての通り炎がレーデに迫ってきているぞ」

 ブレッツォの口調が威圧的になった。ドルギは頭を下げた。

「残念ながらレーデを放棄せざるを得ません。王には私へ王位の引継ぎをやって頂かないといけません。間違っても仕事をほったらかして身内を助けに来たなどと思わないで頂きたいです」

「ブレッツォもドルギもいいのよ。ここにいるのは私達だけだから」

 ゼイアは微笑んだ。ドルギは頭を上げた。

「私が母と呼ばなくなって随分と経ちましたね。それに父も」

「そうだな。王族とはそういうものだと先代の王から教わった。しきたりだけで星を滅ぼす王族などもはや不要だな」

 ブレッツォはフッと鼻で笑った。

「我々は滅びたりしませんよ。死ぬか生きるか今決める事ではないでしょう。生きて見届けて下さい。周りからどんな目で見られようと。それが王族のしきたりだと私は思います」

 ドルギは燃える地平線を見ながら言った。

「私は逃げたかったかも知れんな」

 ブレッツォは目を伏せた。ゼイアはブレッツォの腕を優しく掴んだ。

「逃げるのはいつでも出来るでしょう。ドルギの言う事もわかります。私はブレッツォの意思に従います。ドルギの前でこんな事を言うべきでないとわかっています。でも私はブレッツォを愛しているの。今までブレッツォに従ってきた訳ではない。私が選んだ道にいつもブレッツォがいた。これからも」

 ゼイアの口調に女らしさを感じたドルギは目を伏せた。

「お互い押しの強い妻に苦労しますね」

 ドルギはフッと笑った。

「それを心強いと思うかは自分の気持ち次第だな。この災厄を見届けてお前に王位を譲る事が私のやるべき最後の仕事になるか。行こうか」

 ブレッツォは赤い地平線を見てゼイアと共に小型機に乗り込んだ。

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