業火(5)
レシスのカイキスの広場でいつもの食事会をしていたゾロハの元にハキ族の長老ホビャルが挨拶に訪れた。
「避難所の暮らしはどうかな」
「皆、不満ばかりで大変ですよ。ゾロハ殿」
「不満ではなくて不安なのだろう。いつ帰れるかわからんし。立ち話は何だからどうだね」
ゾロハは空いている席を指差すとホビャルは「それでは」と長椅子に座った。
子供達の笑い声が食卓で響いて和やかな雰囲気に包まれていた。
「こんな穏やかな暮らしが戻って欲しいものです」
「大丈夫だ。ブラーゴもメイセアも力を合わせてやっている。過去の辛さを背負っても未来に同じ辛さを背負う必要はない。両方の王家はその事をわかっている」
「しかし今辛い目に遭っている民はどう思うでしょうか」
ホビャルは目を伏せた。
「そうだな。メイセアも良い噂は聞かないからな。見守るしかない」
ゾロハは果物を頬張った。
「それにしてもよくハキ族がメイセアに来る覚悟をしたものだ。掟より生きる道を選んだ決断は正しかったと思うぞ」
「まあ、アンカムに殴られて痛かったですがね」
「ほお」
ゾロハは興味深くホビャルの話を聞いた。
「ハハハ、面白い奴だ」
ゾロハの笑い声が食卓に響いた。
「地球生まれのアンカムは面白い奴ばかりだ。トオヤといいジェイスといい」
「ゾレスレーテに乗っている子供というのは?」
「トオヤだよ。今はメイセアの基地にいる。まあ事情がある子だがな」
今度はゾロハがホビャルにこれまでの経緯を話した。
「何と言う事だ。それでは知識を詰め込んだ生きた道具ではないか」
ホビャルは沈痛な表情で言った。
「その内、薬で抑えられた体がバランスを崩して崩壊する。地球で賢者と呼ばれる者が皆、短命なのもわかる」
「自らが賢く作ってそれを賢者と呼ぶのは笑わせる。いや、笑えないか。勝手に作って生きらせたのだから」
賑やかな食卓の中で二人の周りは重苦しい雰囲気に包まれた。
「あの子は微力ながらバヤナを救った。何とか助けたい。頭を酷使しているのなら瞑想する時に使う薬草があるが役に立てないか。まだ燃えていない所に生えている筈だから手に入れられるといいが」
「そうか。後で教えてくれ。基地の者に伝えよう」
ゾロハが言うとホビャルは「わかりました」と答えて果物を口に入れた。
「ゾロハ殿は儀官を辞められてからずっとこちらに?」
「元々ここの生まれだからな。エルト王が亡くなって帰って来た。メイセアの知り合いからは良く連絡が来るから穏やかにとはいかんがな」
ゾロハは笑って料理を口にした。
食事を終えて住民が片付けをしている間、二人は屋敷に場所を移して雑談してホビャルはメイセアへ戻った。
「忙しい方ですね。泊まられたいいのに」
ロッツは茶碗を洗いながら言った。
「仕方ない。他の住民の面倒を見ないといけないからな。ハキ族は古い風習に則って暮らしている。それが狂うと不安にある者がいるから説得しているのだろう。大変だな」
ゾロハは書物を読みながら答えた。
後日、ホビャルからブラーゴの薬草の情報が届いた。ゾロハはレシスの基地にこれらの薬草がトオヤの治療に役に立つかも知れない旨を伝えた。
その内容は現地のミッドレに伝わりブラーゴ軍の許可を得て南洋の島でゾッロ隊と研究所の所員が採集した。
「まさかブラーゴで草むしりとはな」
低木が所々で伸びる平原でヘイズは笑いながら薬草を探した。
「いいじゃないか。成果が上がらない任務が続くと腐る連中だっているから、こういう任務をたまにやると気が紛れるってもんさ」
ゾッロも端末を見ながら茂みを探した。
「もしかして俺達、腐っていると思われているのか」
「さあな。おーい! そっちはどうだ!」
ゾッロが叫ぶと他の隊員や研究所の所員から見つかったと声がした。
「ここはハズレだったな」
ヘイズはため息をついた。
「まあ、こんな事もあるさ。行こうぜ」
ゾッロは言って奥の茂みへ歩いた。
旗艦プレリーゼの会議室でミッドレはブラーゴ政府の外交官との会議を終えて端末を操作していた。
「決定的な手段がない今は延焼が止まりませんね」
同席したメイセア政府の外務官ファスラは端末を操作しながら呟いた。
「避難は順調に進んでいるようだがな」
ミッドレが言うとファスラはフッと笑った。
「順調? こちらにとっては迷惑な話ですよ。事が落ち着いたら賠償を考えないといけませんし頭が痛いですよ。政府としては」
痩せたファスラの棘のある口調にミッドレは「そうだな」と素っ気なく答えて端末を持って立ち上がった。
「順調と言えばロゼム姫のお子様は順調にお育ちで安定期に入られたとか」
「それは良かった」
ミッドレは他人事のように答えて退室した。
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