業火(3)

 三十日余り経ってもブラーゴの火災は止まらず、先住民のハキ族が住むバヤナに火の手が迫った。

 ブラーゴ軍のハキ族のドータスが住民に避難船に乗るように説得したが住民は拒んだ。

「我々はブラーゴと共に死ぬつもりだ。構わないでくれ」

 日焼けした小柄の老人が言うと住民達は黙って頷いた。

「長老に従う。俺達は覚悟したんだ。帰ってくれ」

 屈強な男が言うと女や子供達も頷いた。

「ブラーゴは死なない。また戻って町を作り直せばいい。死ぬ必要はない」

 ドータスが住民達に言ったが住民達は黙って長老と呼ばれる老人を見た。

「ブラーゴを離れる事はこの地を捨てる事になる。この地で生まれて死ぬのがハキ族の伝統である」

 奥に立つ長老のホビャルは穏やかに言った。

 ドータスの説得も虚しく住民達は船に乗ろうとしなかった。

 船のそばに立つザッズは舌打ちした。

 遠くに見える黒煙が太く伸びた。風に乗って異臭がした。

 ドータスと住民の押し問答が続く中、ザッズは人だかりに割って入ってホビャルを殴った。一瞬で静まった。

「うだうだ言っていないでお前が船に乗ればいいんだよ!」

 ザッズはホビャルの腕を掴んで歩いた。

「その手を放せ。野蛮な奴だ」

 ホビャルがザッズを睨んだ。

「伝統か何か知らないがお前はここの子供達が焼け死んでもいいのか。おい、お前ら死んでもいいのか。死んだら遊べないし美味い物も食えなくなるんだぞ」

 ザッズは目の前の子供達に訊いた。

「イヤだ!」

 一人の子供が言った。近くにいた親と思われる男が「やめないか」と子供を叱った。

「お前らが伝統を大事にするのは勝手だが何も決められない子供を縛るのは良くないぞ。伝統で子供を殺すのか!」

 ザッズは叫んだ。住民達は黙った。

「ふん。強引なのはメイセアの余所者らしいな」

 目の前の痩せた男が嫌味を込めて言った。

「あいにく俺はメイセア族じゃないんだ。ここやメイセアでアンカムと呼ばれているよ」

 住民達がざわついた。

「俺の事はいいから早く指示するんだ。荷物をまとめて船に乗れってな」

 ザッズは面倒臭そうに言った。

 ホビャルは目を伏せた。

「わかった。皆、荷物をまとめて船に乗るんだ。もう火の手が近づいている」

 ホビャルが言うと住民達は一斉に自宅へ走った。

「お前の星では平気で故郷を捨てるのか」

「そんな面倒臭い話は後でゆっくり聞かせてやるよ。あんたも準備するんだ」

 ザッズが手を放すとホビャルは「ああ」と答えてゆっくり歩いた。

「すまない。余計な手間を取らせて」

 ドータスが頭を下げた。

「お前が謝る事はない。ここの連中が死んでも構わないが子供達がな」

 ザッズは遠くで昇る黒煙を見ながら言った。

 黒煙がこちら側に流れてきた。

「風が吹いてきたな。あっ!」

 ザッズの目が大きく開いた。遠くで炎が波打っているのが見えた。

「ドータス急がせろ。炎が来る」

 ザッズはそう言うと走ってボルザットに乗り込んだ。

「気づいたか」

 無線でシャイザの声がした。

「ああ、消せるとは思えないが時間を稼がないと」

「ドータスを残してシャイザ隊、発進するよ!」

 燃えている土が強風に巻き上げられて空を走る様に町に近づいてきた。

 シャイザ達は炎に消火弾を撃ち込んだ。巨大な炎の波に水を撒いているようで効果は殆どなかった。

「くそっ! 無理なのか。助けられないのか」

 ザッズは叫んだ。

 上空から無数の消火弾が飛んで来た。地表より少し上で弾が破裂して霧状に消火剤がばら撒かれて炎が薄らいだ。

 ザッズは上を見た。

 ペルトーレを先頭にセルセやゴレットの部隊が降下して来た。

「それに乗れた君が泣き言を言っているようでは誰も助ける事はできないよ」

 無線でトオヤの声がした。

「何だ盗み聞きかよ。性格悪いガキだな」

「盗んで改造したゴレットに乗っている君に言われたくないね」

「デカい口叩くのなら何か方法はあるのか」

 ザッズの口元が緩んだ。

「援軍と協力してくれ。それじゃ」

「おい、お前はどうするんだ」

「悪の根源の掃除ってところかな」

 トオヤの乗ったペルトーレは赤く変わって飛んで行った。

「勇ましいな。あれには町にドレングが落ちてきた時に助けてくれた奴が乗っているのか」

 ホビャルが空を見上げてドータスに訊いた。

「そうだ。奴もアンカムだそうだ。しかも子供だ」

「ほう。いつか話してみたいものだ」

 ホビャルは呟いて船に入った。

 ペルトーレが爆心地の工場に着いた。

 ブラーゴ軍が完全に鎮火できずに放置された工場は青い燐光をばら撒いて燃え続けていた。

 場内に残ったジルマストを始末するのがトオヤ達に与えられた作戦だ。

 しばらくしてジェイスとシャルンが乗ったスパーシュが追いついて工場の上空で止まった。

「始めましょう」

 シャルンの声と共にスパーシュから冷凍弾が大量に発射された。

 着弾すると霧状に冷凍剤がばら撒かれ工場は薄い氷に覆われた。

 ペルトーレが工場に降りてジルマストの倉庫を探した。

 氷の隙間から煙が所々で上がっていた。

 続いてスパーシュが工場の前に着陸した。スパーシュから無人機が飛んでペルトーレの上空で止まった。無人機からの映像をシャルンとジェイスがコックピットのモニターで見た。

「ここだな」

 工場の見取り図を元にトオヤは倉庫を見つけた。

 ペルトーレは倉庫の屋根をゆっくり壊して中を見た。

「情報通りですね。その隣と奥の施設も見て下さい」

 ペルトーレから送られてくる映像をモニターで見たシャルンはトオヤに指示した。

「わかった」

 トオヤは答えてペルトーレを操縦した。

「あのデカい機体でよく細かい作業が出来るな。トオヤの腕が上がったのか」

 ジェイスがモニターを見ながら驚いた。

「技術よりペルトーレとの適合度の高さですね。私も驚いています。足りない者同士が補っているのか」

「足りない者?」

「高度な知能が蓄えられたが何かが欠けた者同士でしょ。共鳴しながら探しているのでしょう。そこにいる意味を」

「へえ。お前でもそういう考えをするんだ」

 ジェイスは少し驚いた。

「お忘れですか。私は儀官ですよ。ゾレスレーテの研究ばかりやっている訳ではないので」

 シャルンは計器を見ながら答えた。

「研究ねえ」

 ジェイスは疑いの目でシャルンを見た。

「何を言いたいのですか」

「お前、兄貴がゾレスレーテの実験中に事故で死んだそうじゃないか。いいのか」

「噂を聞きましたか。その事を私に言うのはあなた位ですよ。軍では儀官は司令官と同じ地位ですからね」

 シャルンはフッと微笑んだ。

「えっ、お前がミッドレと同じ階級!」

 ジェイスは驚いた。

「そうですよ。軍にいるならその位知っておいて下さい。お返しに言わせてもらいますが、あなた、自分が野放しになっているからって好き放題やって良い訳じゃないですからね。陰で色々調べているみたいですが」

「それは真面目に勉強していると思って欲しいな」

 ジェイスは笑って答えた。

「全く……」

 シャルンが呆れていると、

「ご歓談中悪いけど指示してくれないかな」

 無線でトオヤの声がした。

「ああ、悪かったな。倉庫に中和剤と冷凍剤を入れてくれ」

「わかった」

 面倒臭そうにトオヤがジェイスに答えた。

 ペルトーレは飛んでスパーシュのそばに着陸した。

 スパーシュの上部に積んだ中和剤と冷凍剤が入ったタンクを抱えて工場に戻り倉庫の中に噴射した。

 ジルマストが化学変化を起こして無害な鉱石に変わり倉庫は薄く氷漬けの状態になった。

「今度は精製場に噴射して下さい」

 シャルンの指示にトオヤは無言で作業を進めた。

 精製場も氷漬けの状態になった。

 シャルンとジェイスはモニターで確認した。

「後は技術者に任せましょう。周辺の土壌を中和して帰ります」

 シャルンが言うとジェイスはスパーシュを上昇させた。

「僕の仕事は終わりだね。他を見て来る。あとブラーゴ軍にブラーゴの地質の情報を送るように頼んでくれ」

 トオヤはペルトーレを上昇させて西へ飛び去った。

「おい!」

 ジェイスが叫んだ時にはペルトーレの姿は遠くにあった。


 任務を終えてスパーシュがメイセア軍旗艦プレリーゼに着艦した。

「あいつはまた勝手に動いているのか」

 格納庫でミッドレは呆れてシャルンに言った。

「ブラーゴの地質の情報を知りたいそうです」

「シャルン、あいつを甘やかしていないか」

「誰の話も聞きませんよ。今のトオヤは」

 シャルンもミッドレに呆れて答えた。

「好奇心が強いのはわかるが足並みを揃えて欲しいものだ」

「知識を求めているのですよ。トオヤはそういう風に作られたのですから」

「作られたか……何度聞いても不愉快な言い方だ」

「それはともかく提案があります」

 シャルンの提案はトオヤをペルトーレで眠らせて軍事研究所のデータをトオヤに学習させるという内容だった。メイセアの軍事研究所の情報は隔離された場所にあり外からアクセスできない仕組みだった。ペルトーレすらアクセス出来なかった。

「トオヤは地球で睡眠中に学習していたのでトオヤが手順を示せばペルトーレがフォローするでしょう」

「ゾレスレーテは何でも出来るのか。兵器として使えるのか怪しくなってきたな。王子に相談しよう」

「トオヤが帰って来たらメイセアに戻るのでそれまでに王子に伝える事があればまとめておいて下さい」

 シャルンが言うとミッドレは、

「わかった。後でメログデンに送っておくから確認してくれ。では」

 と答えて退室した。

 しばらくしてトオヤがメログデンに帰艦した。

「燃え広がり方が早すぎる。町の建物は黒焦げになって崩壊していた。復興が大変だね。中和剤を含んだ土で再建できるかわからない」

 ブリッジでトオヤは艦長のカムダとジェイスに話した。シャルンは通信席でミッドレからのメッセージを見ていた。

「ブラーゴの復興を心配して優しいですね」

 シャルンが席に座ったまま答えた。トオヤは目を伏せて微笑んだ。

「棘のある言い方だね。メイセアに避難した住民が暴れないか心配しているのさ。避難民が避難先でギクシャクするのは地球で良くある話だったからね。そうだろ、ジェイス」

「ああ、全くだ。例を挙げたらキリがない」

 ジェイスは両手を軽く挙げて答えた。

「どこの星も似たり寄ったりですね。言い方が悪かったなら謝ります」

 シャルンが座ったままトオヤを見て軽く頭を下げた。

「謝らなくて構わないよ。気にしていないから」

 トオヤは微笑んだ。ジェイスは二人を見てため息をついた。

「何だか寒いな。これより亜空間航行に入る。各員持ち場に着け」

 艦長席に座ったカムダがマイクを通して言った。

 艦内で人の行き来が激しくなった。

 メログデンは反転して艦隊から離れると細い光を出して消えた。

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