呪縛(9)

 レシスの基地からジェイスのスパーシュとヘイズのゴレットがカイキスへ飛んだ。

「全く人使いが荒いな。メイセアで観光旅行でもしたいのにさ」

 ジェイスが呆れた口調で言った。

「アンカムには珍しい所ばかりだしな。俺が案内してやろうか」

 隣で飛ぶゴレットのヘイズが笑って答えた。

「いや、いいよ。一人でのんびりしたいからな」

 二人で雑談していると座っているペルトーレが見えた。

「さて、やりますか。本当に無線であれと話せるのか」

「シャルンが大丈夫と言っていたから出来るだろう」

「最近あいつカリカリしているな。まあいいか。えっと……ペルトーレ様、ペルトーレ様、こちらジェイスです。聞こえますか。どうぞ」

 ジェイスの声に反応はなかった。

「もう一回やってみるか。ペルトーレ様、ペルトーレ様聞こえますか」

『様はいらない。それに私はヴァンジュ。用件は?』

 無機質な声が返ってきた。

「あっそう。推進器の交換に来た。エルジューディってやつだ。ここに来るまでに燃料を使い切っただろ。また勝手にゴレットを使って交換されたら迷惑だからな。交換していいか?」

『了解。交換を認める』

「それと地球の言語をまた翻訳したんだ。トオヤが使いやすいようにな。ペルトーレの言語機能を更新したい。許可できるなら更新の仕方を教えてくれ」

 ジェイスの問いにしばらく沈黙した。

 ジェイスが手にした小型メモリーはジェイスの軍事用端末をメイセア軍の技師に頼んで翻訳してもらった内容だった。前にトオヤが宇宙船の端末を回収して翻訳してもらった時と同じ手順でデータを作ってもらった。

『更新作業を認める。コックピットに入れ』

 ペルトーレの返事にジェイスは「わかった」と答えてペルトーレの背後に着陸した。

 ヘイズに推進器の交換を頼んでジェイスはペルトーレのコックピットに乗った。

「更新の仕方を教えてくれ。データはこれだ」

 ジェイスが小型メモリーを見せるとペルトーレの画面に更新の手順が表示された。

「えっと、シートの裏の端子に繋げばいいんだな」

 ジェイスがシートを覗き込んでいると、

「いてっ!」

 尻に小さな痛みが走った。コックピットから伸びた針だった。

「おい、お前。趣味悪いぞ」

 ジェイスが怒って振り返った。

『退屈』と無機質な声が返った。

「だからと言って俺のケツを刺していい訳じゃないぞ。ガキかよ」

 ジェイスがぶつぶつ呟きながらメモリーを端子に差した。

 モニターにアップロードの状況のメーターが表示された。

「へえ。この辺の動きは地球のコンピュータと大して変わらないな」

『更新完了。テスト開始。何か言え』

「そうだな。俺とお前との相性は?」

『全くなし。他のゾレスレーテとも不適合。結論、ゾレスレーテの操縦は無理』

 早口で言うペルトーレに「もういい、わかったよ」とジェイスは答えた。

「それでトオヤとうまくやっているのか?」

 シートにもたれてジェイスは投げやりに訊いた。

『トオヤとの適合は最大レベル。トオヤは脳活動の活発化で身体の負担がかかり至急治療が必要。治療方法は不明』

「えっ……」

 ジェイスの表情が曇った。

『脳活動を鎮静化させる事で短期間負担を減らす事は可能』

「治療しないとトオヤは死ぬのか」

『近い時期に死亡する可能性大。精密検査が必要』

「くそっ! 何て事だ」

 ジェイスは叫んでペルトーレを降りた。

「ヘイズ、悪い。交換が終わったら先に帰ってくれ。俺はゾロハに会いに行く」

 ジェイスは通信機で言うとカイキスの町へ走った。


「おめでとうございます。ご懐妊です」

 メイセアの城で医師がロゼムに妊娠を告知した。

「……」

 ロゼムは黙った。反応が薄かった。

「詳しくは病院で検査を受けて下さい」

「わかりました」

 ロゼムはまるで知っていたかのように答えた。

 医師が部屋を出た後でロゼムはため息をついた。

「大丈夫かしら」

 表情が険しくなった。

 メイセアでは母子の安全を考慮して胎児の手足が出来ると胎児を摘出して栄養分が入ったカプセルに入れて育てた。

 以前、ロゼムが妊娠して摘出した時には胎児は既に死亡していた。

 悲嘆にくれた日々を思い出したロゼムは不安になった。

 食堂でレナンと食事をした。

「どこか具合が悪いの?」

 レナンが訊いた。

 ロゼムは妊娠した事を言った。

「本当なの! 素晴らしいわ」

 レナンは思わず大声で言った。

 すぐにあっと手を口に押さえて気分を落ち着けた。

「検査を受けないといけないわね。時間は空いているの?」

「各地で行事があるので当分は検査に行けません」

「何言っているの。そうだわ。今からどう?」

「今からですか」

 ロゼムは少し引いた。

「検査だけならすぐ終わるわ。結果は後で聞けばいいし。そうしなさい。誰か検査を手配して!」

 レナンの喜びの表情と早口の口調にロゼムは黙っているしかなかった。

 侍女が一人、急いで部屋を出た。

「食事の続きは戻ってからにしなさい。さあ着替えて」

 レナンの手慣れた仕切りぶりにロゼムは「はい」と答えて部屋で着替えた。

「やっぱり嬉しいのかしら」

 ロゼムは呟きながら軽装に着替えて部屋を出た。

 車で病院に出かけて検査を受けた。

 検査はすぐに終わり城に戻ったロゼムは食堂で食事した。

「早かったわね」

 レナンが食堂に入って来て椅子に座った。

「お気遣いありがとうございます」

 ロゼムは軽く会釈した。

「今度はうまくいくといいわね」

(今度……)

 その言葉がロゼムの心に引っかかった。

「そうあって欲しいです」

 ロゼムは小声で答えた。

「昔の事で悩む必要はないわ。今のあなたはメイセアの姫。自信を持って」

 レナンの穏やかだが冷たい迫力を感じる口調にロゼムは「そうします」と答えるだけが精一杯だった。

「検査の結果を聞いてからダンルに言えばいいわ」

「そうします」

「もちろんダンルの子供よね」

 レナンの言い方がロゼムの心に突き刺さった。

「はい。当然です」

「それならいいわ。念の為、親子の鑑定はするけど」

 ロゼムはレナンの言葉に棘を感じた。

「あの……疑っているのですか」

「そういうつもりはないわ。ただ前は……」

「前は鑑定をしなかった。もしかしたらダンルの子供だったかも知れない。そう言いたいのですね」

 ロゼムが口調を強めた。レナンは表情を変えなかった。

「そうだとしても別に咎めないわ。私は別にダンルの恋愛に口を挟むつもりはないの。ダンルがあなたを好きだったのを知っていた。ミッドレと付き合っていた時のあなたを」

「やめてください」

 ロゼムは不快な表情で呟いた。語尾が強まった。

「あの時の子供がダンルだとしても私はあなたを責めなかった。ただね。あなたが隠していたのが悔しいのよ。エルトから絶対に口を挟むなと言われたから黙っていたけど」

「それを知っていたならどうして婚約を認めたのですか。嫌だったのでしょう。それもエルト王の命令だったのですか」

「ダンルが決めたからよ。そして私もエルトも認めた。ダンルがどんな気持ちであなたを姫として選んだのかわからない。ただ何かの責任を感じていたのはわかったわ。あなたを傷つけた事かも知れない。だけどそれは私やエルトが干渉する事ではないから」

 レナンの言葉にロゼムは黙った。

「姫としてのあなたは立派だわ。ブラーゴの姫よりね」

 レナンは微笑んで話を続けた。

「下衆な連中は親友の恋人を奪ったなどと言っているけどダンルは言われるのを承知であなたと共にいる事を選んだ。それはあなたも同じでしょ。だから自信を持ちなさい。誰かに罵られてもね。私なんか罵られてばかりよ。たまには尊敬して欲しいわ」

「ありがとうございます。私。育てます。メイセアの王族としてダンルとの子供として」

「そう。楽しみにしているわ」

 レナンはロゼムの肩を叩いて食堂を出た。


「あんたがゾロハか」

 屋敷に入るなりジェイスはゾロハに訊いた。

「そうだ。随分慌てているようだが。確か、ジェイスだったか」

「あんた、トオヤを眠らせたそうだな」

「普通に見えなかったからな」

「それがわかっているなら治し方を知っているだろ」

 ジェイスはゾロハにトオヤの状態を話した。

「薬漬けで育てて賢くさせる……地球では馬鹿な事をしているようだな。体がボロボロになってすぐに使い物にならなくなる。トオヤがあまりにも可哀想だ。望んでそうなった訳ではないのに」

「なあ、どうにかならないのか」

「わからん。とにかく今は眠っているから記録をメイセアの基地に送る。あとは研究者なり医者なりに相談してくれ。私が出来るのはそれだけだ」

 ゾロハが沈痛な表情で答えた。

「すまない。頼む。出来ればずっと眠らせていたいがな」

「お前はどうなんだ。辛くはないのか」

「俺はただのアンカムさ。今さら地球に帰っても知り合いはいない。妻も子供もな。それに地球に人類がいるのかさえわからない」

「大きな戦争が起きるとか言っていたな」

「文明が進んでも人類が進化しないと歴史に縛られて滅びるだけさ。いくら人間を機械で作っても聞き分けのいい人間は出来ないって事だ」

「今のメイセアとブラーゴの争いを見ると他の星の争いを偉そうに言えないな」

「とにかくトオヤを頼む。手伝える事があったら言ってくれ」

 ジェイスは屋敷を出て行った。

「もう帰られたのですか」

 ロッツが屋敷に入って来た。

「ああ、言いたい事を言ってな。どうしたらいいものか」

 ゾロハは呟いて茶を飲んだ。

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