呪縛(6)
メイセア軍の基地ではシャルンの指示通りペルトーレが倉庫から修理用ドッグに移された。
《ペルトーレ》──細身の白いゾレスレーテは二世代前の機体で初めて疑似知能を初めて搭載した、他のゾレスレートを操作できる指揮官用の機体である。高速で移動する時は機体が赤く変わる。耐久力が低く実戦には向いていないので長い間倉庫に置かれていた。
かつてエルト王が機体に適合し乗っていた。これを元に装甲を強化して作られたのがヴァンジュである。
「準備は出来ましたか」
シャルンが車から降りて整備士に訊いた。
整備士が「はい」と答えるとシャルンは「ありがとうございます」と微笑んでペルトーレの前に立った。
「それでは始めますか」
シャルンはトオヤの脳から摘出した翻訳機をデータ転送する装置に繋げた。
「ペルトーレもトオヤを選ぶのか」
翻訳機のデータがペルトーレに転送していく様子を装置のモニターで確認しながらシャルンは呟いた。
転送が完了するとペルトーレの目が白く光った。
「トオヤの言葉を認識しているのですか?」
整備士が訊くとシャルンは「そうでしょうね」と答えて様子を見た。
キーン──
低い金属音と共にペルトーレが立ち上がった。
「また暴走か! 全員避難を!」
シャルンが叫ぶと警報のベルが鳴り整備士達は走ってドックから出た。
ペルトーレが立ち上がった。
「ゴレットがこっちに来るぞ!」
外から声がした。
シャルンは「えっ!」と驚いて入口を見た。
ゴレットが二機、何かを持って歩いて来た。
「まさか誰も乗っていないのか。あれは………推進器?」
驚くシャルンの目の前でペルトーレの背中に二機のゴレットが推進器を着けた。
「古くて飛べないからか」
シャルンは通信機を耳に着け指輪をペルトーレに向けた。
「どうするつもりですか」
シャルンがペルトーレに訊いた。
「トオヤをレシスへ? 構いませんが施設は壊さないで下さい」
シャルンが答えた。
「《ペルトーレ・ヴァン》……それが機体の名前ですか。わかりました。とにかくトオヤは安全に乗せて下さい。待たせておきます」
シャルンはペルトーレと通信を切って通信機でミッドレにトオヤを病院の外で待たせておくように指示した。
「ゾロハ老師に会わせるのか」
ゴレットがペルトーレの背中に推進器を装着してペルトーレが確認している様子はまるで人間の様な細かい動きをしていた。
「ペルトーレがトオヤを? どうしてゾレスレーテが勝手に動くのか! わかった。暴れないように頼むぞ。病院への指示はそちらから頼む」
シャルンからの報告を聞いてミッドレはこめかみを右手で押さえた。
端末のモニターにダンルが映っていた。
「今度はペルトーレか。騒がしくなったな」
ダンルが言うと「何が起きているのかさっぱりだ」と椅子にもたれたままミッドレは答えた。
「失礼します」
ミッドレの部屋にロゼムが入って来た。
ロゼムの姿が映りダンルは「どうしてそこに」と驚いた。
「工場の完成式典の打ち合わせよ。言ったはずでしょ?」
「あ、ああ。そうだったな」
ダンルは戸惑いながら答えた。
「まさか……」
ロゼムは不機嫌な表情で訊いた。
「いや、妙な事は考えていないぞ。ミッドレ、トオヤの件は頼む」
ダンルは少し早口で答えて通信を切った。
「ダンルとうまくいっていないのか」
「そんな事ないわ。からかっただけよ」
「君もそんな事をするんだな」
「知っているくせに」
「お互いの体もな」
「若い時のね。今の私は知らないでしょ」
「ダンルの方が知っているだろう。昔も今も」
「昔の過ちよ。時々思い出したように言うのね。根に持っているの?」
ロゼムは遠い目で答えた。
「まだ教えてくれないのか。その……子供の事を」
ミッドレの口調が曇った。
「あなたと別れた理由じゃないから気にしなくていいのよ」
ミッドレは立ち上がって後ろからロゼムを優しく抱き締めた。
「それは本心じゃないだろ」
「どうしたの?」
「君の苦しみをわからずに辛い思いをさせているのではないかって」
「あなたも辛いでしょ」
「子供を産んで苦しんだ君に比べたら大した事はない」
「私のせいであなたが悲しむと辛い。ダンルもそう。あの時は過ちだったの。あなたの子だろうとダンルの子だろうと私が産んだ事に変わらない。それは私の決断。名も無く死んだ子には罪はない。悔やむのはどうしようもない。あなたも幸せを見つけて」
ロゼムはミッドレの頭を優しく撫でた。ミッドレはロゼムに回した手を放した。
「すまない。辛くなったんだ。たまには同じ血族として甘えさせてくれないか」
「昔の恋人としてでも構わないわ。議会で会いましょう」
ロゼムは穏やかに言って部屋を出た。
「俺は幸せになれない。戦って死んでいくだけなんだ」
ミッドレは呟いた。
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