呪縛(4)

 基地の格納庫にはヴァンジュの残骸が山積みになっていた。

 ブラーゴ軍の解析により更にバラバラになって首のない上半身に右手がついているのが一番大きな部分だった。

 シャルンがヴァンジュの腹部に繋いた計器を見ていた。

「誰か乗りましたか?」

「こんな状態で乗る訳ないでしょう。暴走して死ぬかも知れないのに」

 整備士が笑ってシャルンに答えた。

「そうですよね」

 シャルンは無表情で言った。

(何かに反応している。どこか壊れているのか)

 計器を見るシャルンの表情が険しくなった。

 交渉の為、ドルギとザッズがメイセアの城を訪れた。

「遅くなりました」

 シャルンが席に座った。隣にはレナンとダンルが黙って座っていた。

「ギリギリだったな。何かあったのか」

 ジェイスが訊くとシャルンが「いえ。大丈夫です」と答えて扉を見た。

 部屋にドルギとザッズが入って来た。

「これは、女王自ら……わざわざありがとうございます」

 ドルギが一礼した。

「捕虜と亡き王のヴァンジュを返して下さったのでお礼を申し上げたくて」

 レナンは微笑んで答えた。

 ジェイスは会談に初めて参加したので自己紹介をした。

「貴殿がアンカム……地球の方ですか。トオヤは元気ですか」

 ドルギは上品に訊いた。

「はい。話せるようになりました」

「ほお、あの状態から。地球の種族は回復が早いのですね」

「……若いからでしょう。自分があの状態なら死んでいました」

 ジェイスは間を置いて答えた。ザッズは無表情でシャルンを見た。

「トオヤに会わせてくれませんか」

 ザッズが丁寧に言った。

 ダンルが「まだ療養中ですので」と言った途端、ザッズはテーブルを乗り越えてシャルンの頭に光線銃を向けた。

「動くな! 撃つぞ」

 ザッズの一瞬の行動に皆驚いた。

「やめろ!」

 ドルギがザッズに銃を向けた。

「トオヤに会わせろ!」

 ザッズは叫んだ。

 護衛の兵が一斉に光線銃をザッズに向けた。

 室内が静かになった。

「お望み通り会わせてはいかがですか」

 シャルンは頭に銃口を突きつけられたまま冷静に言った。

「私は構わないが女王はどう思います?」

 ダンルはため息をついて訊いた。

「構いません。ジェイス、同行して下さい」

 レナンはジェイスに顔を向けて落ち着いた口調で言った。

 あまりの穏やかな雰囲気にザッズは戸惑った。

「すまない。会談を進めてくれ」

 ザッズはシャルンに銃を向けたまま部屋を出た。

 ジェイスが車を運転して後部座席にザッズとシャルンが座った。

「すまない。手荒な真似をして」

 ザッズは銃を下ろした。

「いえ、気にしていませんから。記憶が戻ったのですか?」

 シャルンが訊いた。

「ブラーゴで戦った時に頭を打ったのが効いたようだ」

「そうですか。良かったですね」

「忘れていた方が良かったかもな」

 ザッズの言葉にジェイスは運転席のモニターで二人を見た。

 病院に着いて三人は車を降りた。

 病室に入りザッズは起きているトオヤを見るなり光線銃を発砲した。トオヤの頭の横の壁が小さく焦げた。

 トオヤは驚いてザッズを見た。

「誰だ! 何をするんだ!」

「うるさい! この化け物が」

「お前、ザッズか。何の事だ。ジェイス、説明してくれ」

 トオヤが戸惑いながらジェイスに言ったがジェイスはそれ以上に戸惑った。シャルンは無表情で見た。

 ザッズは何度もトオヤに光線銃を発泡した。トオヤの頭の周りの壁に小さな焦げ跡がついた。

「ザッズ、いい加減にしろ! 子供相手にみっともないぞ」

 ジェイスが言うとザッズは振り返った。

「お前、こいつが普通の子供だと思っているのか」

「世界連盟の政治家の子供。普通じゃないのはそれ位だろ」

 ジェイスが答えるとザッズはフッと鼻で笑った。

「そうか。お前は知らないのか。特殊部隊にいてもわからない事があるんだな。トオヤ、お前の識別番号を言って見ろ」

「えっ……AX515327」

 トオヤが答えるとザッズは再びトオヤの頭の周りに連射した。

「やめろ!」

 トオヤは叫んで前かがみになった。

「俺を見ろ!」

 ザッズは怒鳴った。トオヤは顔を上げた。

「俺はガキの時、過激派の奴隷だった。奴隷の男はこき使われて女はどうなったか想像できるよな。俺は隙を見て逃げてアフリカ軍に助けられた。それから軍に入って恋人が出来た。だがアフリカ軍にクーデター疑惑が起きて連盟と戦うはめになった。その時、恋人は死んだよ。誰のせいだと思う」

 ザッズは血走った目でトオヤを見た。

「俺のせいだと言うのか」

 トオヤはザッズに圧倒されながら呟いた。

「連盟はクーデターの首謀者が軍のある幹部だと判断した。だから幹部の部隊の連中を全員殺した。俺の恋人もその幹部の部隊だった。だから殺されたよ」

「それと俺とどんな関係があるんだ。俺が連盟の政治家の子供だからか」

「そうだ。逆恨みにも程があるぞ」

 トオヤとジェイスは反論した。

 ザッズは銃を連射した。トオヤの髪先が少し焼けた。そしてトオヤの頬に弾がかすった。

 トオヤは思わず頬に手を当てた。血が微かに掌についた。

「おい、やめろ。殺す気か!」

 ジェイスがザッズに駆け寄ろうとした時、シャルンがジェイスを止めた。

「何をする。あいつは殺す気だぞ」

 シャルンはジェイスを見て首を横に振った。

「気が済むまで撃ったらどうですか」

 シャルンが冷たく言った。

「そうさせてもらうぜ!」

 ザッズは銃を連射した。トオヤは「やめろ」と何度も叫んでうなだれた。

 トオヤの息が荒くなった。

「ここで殺してもいいんだぜ。どうせお前も一人だろ」

 ザッズの手が震えた。

「……それで気が済むのかい?」

 トオヤの口調が変わった。

 トオヤは顔を上げた。子供らしさを失って達観した表情になった。

「やっぱりそうか。連盟の賢者」

「連盟の賢者? 何だそれは」

 トオヤを睨むザッズにジェイスは訊いた。

 子供の時から膨大な知識を刷り込まれた《賢者》と呼ばれる連盟の一部の者が知る存在。

 賢者になる者は胎児の段階から脳細胞を活性化させる薬物を投与され生まれてからは睡眠中に大量の情報を意識下に刷り込まれ一定の年齢になると覚醒処置を施されて知識を開放する。

 覚醒後は記憶も感情も身体機能も失い質問に対して知識を組み合わせて答えるだけになる。公平中立な人工知能と違い世界連盟が有利になる答えを導く識者。歩く事も食事や排泄も一人で出来なくなる賢いだけの人形──

「それがAXの番号を持つ者なのさ」

 ザッズは淡々と説明した。

「そんな馬鹿な。頭のいい人間を作るのか。出来たら俺もそうして欲しいな」

 ジェイスは半笑いで答えた。

「残念ながら誰でもなれないんだよ」

 トオヤは無表情で言った。ジェイスはハッとトオヤを見た。シャルンは黙ってトオヤを見ていた。

「記憶力が優れた遺伝子でないと駄目なのさ。その遺伝子の組み合わせは非常に限られて簡単に量産できない。ザッズ、よくわかったね。ジェイスさえわからなかったのに。君も特殊部隊の兵か諜報員だったのかい?」

「裏の情報屋と知り合いでね。仕事柄、正規軍では知り得ない事を知る必要があった。アフリカは政治家も軍も混沌としていたからな」

「混沌していたのはアフリカだけでない。他の大陸も資源をめぐる紛争が続いて疫病や異常気象で住む場所を追われた人間が安全な場所を求めて更に争いを起こした。近い内に大陸間で大きな戦争が起きる事になった。人口抑制も兼ねてね」

 トオヤの言葉にジェイスとザッズは頷いた。

「だから政治家達は火星に逃げた。クズ共が」

 ザッズが吐き捨てる様に言った。

「だから君は護衛で火星行きの宇宙船に乗った。ジェイス、君もそうだろ」

 ジェイスはトオヤに「ああ」と答えた。

「僕も火星で覚醒処置をする為に乗った。火星で世界連盟を運営する為にね。しかしこうして他の星に来てしまった。どうせどこかのテロリストがエンジンに細工したのだろうけど全く迷惑な話だ」

 トオヤは落ち着いた口調で言った。

「おい、事故じゃないのか」

 ジェイスが驚いた。

「二機の宇宙船が違う時期に事故を起こして同じ宙域を漂流していたのは偶然ではあり得ない。月から出発して光速モードになってから時限式でエンジンが異常に加速するようにしたのだろう」

「さすが賢者。見事な推察だ」

 ザッズは冷たく答えた。

「恐怖を与えて僕の脳の活動を活発化させた君もすごいよ。だけどここでは僕の知識は役に立たない。でもこの星の歴史もなかなか面白い。誰かに仕組まれたように戦火が広がった先の大戦の経過は特にね。これは公表されていないか。ごめん、勝手に読んじゃったよ」

「どうしてそれを?」

 シャルンは驚きながらも表情を崩さず訊いた。トオヤはニヤリとした。

「やっと喋ってくれたね。ヴァンジュはエルト王の機体だからエルト王のセキュリティレベルで記録を見る事が出来るんだ。つまり、ほぼ何でもね」

「そういう事ですか。そのセキュリティレベルとやらを変えないといけませんね。アンカムに見られたら困りますし」

「変えられそうにないけどね。古代メイセア族の意識を記号化したゾレスレーテはなかなか頑固者だから。君もだけど亡くなった君のお兄さんもね。ベルックだったかな」

 《ベルック》の名前を聞いた途端、シャルンは光線銃を撃った。光線がトオヤの左手の手首を細く貫いた。トオヤの手首から血が噴き出した。

「な、何を」

 トオヤは手首を押さえた。

「おい!」

 ジェイスとザッズは同時にシャルンを見て叫んだ。

「ジェイス、医師を呼んで。うん?」

 ジェイスが走って部屋を出た後、シャルンは手首の端末の振動を感じた。

「まさか! ザッズ、こちらへ!」

 ザッズは「えっ?」と振り向いた。シャルンは駆け寄りザッズの手を引いて病室の入口に立った。

 ドーン──

 病室の壁が壊れた。二人は手で頭を覆ってしゃがんだ。

 壁が壊れてヴァンジュの手が伸びた。

 手首を押さえたトオヤをヴァンジュがゆっくりと右手で包むように掴んだ。

 ヴァンジュの胴体が壁の穴にグイグイとめり込んで壁がひび割れた。

「トオヤ……ヴァンジュを呼べるのか?」

 ザッズは驚いた。

「あなたの知りたい事は全部知ったでしょう。ここからは我々の仕事です。あなたの命は保証します。帰って下さい」

 シャルンがザッズを見上げて言った。

「どうするんだ。あいつを」

「こちらで決めます。早く帰りなさい」

 冷たい口調で答えるシャルンにザッズは黙って部屋を出た。

 ジェイスが「おい」と呼んだがザッズは答えず走り去った。

「何だこれは!」

 ジェイスが驚いているそばでシャルンは耳に通信機を着けて左手をヴァンジュに向けた。

 ジェイスは黙って見た。

「聞こえますか。トオヤは怪我をしてこのままでは危険です。解放してくれませんか。必ず助けます」

 シャルンが言うとヴァンジュがゆっくりとトオヤを掴んだ手を放した。

「指輪を通して話しているのか」

 ジェイスはシャルンの左手にはめた指輪が微かに光っているのに気がついた。

「ありがとう。えっ……取り出した翻訳機をペルトーレに繋ぐのですか。わかりました」

 シャルンが答えるとヴァンジュは動きを止めた。

「頼みます」

 シャルンはジェイスに言って部屋を出た。

 ジェイスの指示で医師達が部屋に入ってトオヤを別室に移した。

「この状態で来られるのか」

 頭の無い上半身と右手だけのヴァンジュを見てジェイスは不快になった。

 それは機械というよりグロテスクな異形の人形だった。

 病院に突っ込んだヴァンジュを軍がゴレットで回収した。

「すまない。騒ぎを起こして。殺すなら殺してくれ」

 城に戻ったザッズはレナン達に頭を下げた。

「お前の処分は後で決める。船に帰れ」

 ドルギが言うとザッズは一礼して部屋を出た。

「ザッズの件は後程ブレッツォから謝罪させます。工場の建設は引き続きお願いします」

 ドルギは申し訳なさそうに言った。

「女王、後は私が王子と話を進めます。よろしいですか」

「ええ、構いません。それと記憶を戻したザッズの記録を送って下さい。それでは」

 レナンはダンルに指示して部屋を出た。

 部屋に一瞬沈黙が訪れた。

「ジルマストでメイセアを焼くつもりですか」

 ダンルが端末を見ながら訊いた。

「そんな事はしませんよ。メイセアにはブラーゴと交流が盛んな町があります。戦後のいがみ合いから関係が変わっているのは王子もおわかりでしょう」

 ドルギも端末を操作しながら穏やかに答えた。

「ところでルーシ姫はお元気ですか。ロゼムが会いたいと言っていました」

「会ったら疲れるでしょう。思った事は何でも言いますから。特にロゼム姫に何を言い出すかわかりませんから。昔の話はブラーゴにも伝わっていますし」

「その事ならお構いなく。私もロゼムも散々言われましたから。ルーシ姫も色々言われて大変でしょう」

「たまにはお互いに愚痴を交わすのもいいかも知れませんね。考えておきます」

 ドルギは端末を置いてダンルの顔を見て答えた。

 その後、会談を終えたドルギ達はメイセアを離れた。

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