呪縛(3)
数日後、メイセアの城でレナンはブラーゴの大使ミークを呼んだ。
「ヴァンジュは損壊。トオヤは重傷。返してもらえないのですか」
「ブラーゴ政府で協議中です。恐らく交換条件にジルマストの採掘許可を求めるでしょう」
「メイセアを滅ぼす兵器を作る為か。我々王族だけ殺せばいいのに」
レナンは吐き捨てる様に言った。
「その様な事はしませんよ。しかし先の大戦の遺族が恨みを抱えて生きていますからね」
「ミーク殿も大戦で身内を亡くされたのですか」
「ええ。ですが女王を殺したいとは思いませんよ。そんな事やっても生きて帰ってきませんし」
「そんなに聞き分けが良さそうに見えませんが」
「ええ。メイセアが砕けて消滅したら気が済むかも知れません」
「素直な方ですね。要求が来たら知らせて下さい」
レナンは淡々と答えて部屋を出た。
「ううううっ……」
ブラーゴの王都レーデにある病院の一室でトオヤは目を開いて唸っている。
眼球の動きは定まらず口からよだれが流れている。
手足は金具でベッドに固定されてたまにカタカタと音を立てている。
「聞いてはいたが酷いな」
ドルギはトオヤを見て憐れんだ。
「同族としてどう思うか」
「……」
そばに立つザッズは黙った。
「そうか。記憶がないから何も言えないか」
「普通じゃないのはわかる」
間を埋めるようにザッズは答えた。
「同じ考えだ。ここに置く意味はない」
「ヴァンジュはどうするのか」
「あんな飾りだけのゾレスレーテなどいらん。それに返さないとレナン女王が怒り狂って何をするかわからんからな。愛する王が遺した物だからな。分析が終わったら返す」
ドルギは不機嫌に答えた。手首の端末が鳴りドルギは話し始めた。
(俺もこいつみたいになるのか)
ザッズは唸り続けるトオヤを見て思った。
「帰るぞ。王の答えも政府の答えも出た」
「結論は」
「トオヤも捕虜も返す。ヴァンジュも返す。但し我々が破壊したゴレットはもらう。ジルマストの採掘許可と交換でな。それとメイセアとの交渉にお前は護衛として同行してもらう。いいな」
ドルギはそう言うと歩き出した。
「わかった」
ザッズはトオヤを見て何気なく答えるとドルギは足を止めた。
「地球は滅びたと思うか」
ドルギがゆっくり歩きながら訊いた。
「誰も救われない世界なら滅びた方がいい」
ザッズの口調に少し力が入った。
「そうか……」
ドルギは振り返らずに答えて部屋を出た。
ガレミザの宙域でトオヤら捕虜とヴァンジュがメイセア軍に引き渡され、ジルマスト採掘の交渉を後日行う事になった。
メイセア軍の本部基地にトオヤを乗せたメログデンが到着した。
トオヤは救命カプセルに入った状態でプリアスタの病院に搬送された。
「どうだ。容態は」
駆け付けたジェイスが医師に訊いた。
「外傷は軽いですが頭の神経がかなりやられています。症状がわかり次第手術をします」
「そうか……」
ジェイスは沈痛な表情で答えた。
「取り出した翻訳機は私に送って下さい」
後ろに立っていたシャルンは医師に言うと部屋を出た。
「あいつ、いたのか」
ジェイスは不審に思った。
(ヴァンジュの適合反応が急激に上がった。何が起きたのか……)
シャルンは無言で病院を出て車に乗った。
それからトオヤの脳の手術が行われた。
脳に埋め込まれた翻訳機を摘出しその周辺に起きている炎症を消毒してひとまず容態を見た。
トオヤは昏睡状態のままだった。
トオヤの体と比較する為にジェイスは軍務を休んで検査を毎日受けた。
ある日、ジェイスが医師にトオヤの容態を訊くと原因はわからないが脳細胞の再生が早く順調に回復しているとの事だった。
ジェイスは病院を出て基地にある地球の宇宙船に乗った。
カプセルの上の収納庫からアタッシュケースを下ろした。ケースの中はボロボロに崩れた衣類や錆びた日用品が入っていた。
ジェイスが小物入れに手を入れて引っ張ると底が持ち上がりシートに包まれた物が現れた。
「メイセアの技術でも反応しなかったか。地球の技術もなかなかだな」
ジェイスはシートを取った。薄型の端末があった。バッテリーも入っていた。
「どれどれ」
バッテリーを端末に入れ電源ボタンを押すと起動した。
「やったね! まあ百五十年前の情報を他の星の連中に見せても軍規違反にならないか」
ジェイスは喜んで端末を持って病院へ戻った。
ジェイスが持って帰った端末には医療分野の機密情報も入っていた。
軍が内容を翻訳して研究所でトオヤが目覚めるのに必要な薬を作った。しかしトオヤに効果があるのか保証できなかった。
治療を続けて十日余り経ちトオヤは目覚めた。
翻訳機が無い状態で話は通じなかったが医師達はホッとした。
壁際に立ったジェイスは微笑んで軽く手を振った。トオヤは横になったまま手を振った。
(目覚めて良かったが、あいつの体はどうなっているんだ)
トオヤを見るジェイスの表情が少し曇った。
トオヤの脳に異常がない事がわかると再び翻訳機を脳に埋め込む手術が行われた。
「あ~よく寝た」
翌日、トオヤは病室で目覚めた。
「やっと言える。助けてくれてありがとう」
トオヤは医師達に礼を言った。
「良かったな。ミッドレ司令官からしばらく安静する様にとの事だ」
「わかったよ」
トオヤは微笑んだ。
トオヤがメイセアに戻って三十日余り経っていた。
その間、メイセア軍とブラーゴ軍は休戦して両政府の間でジルマストの採掘について交渉が行われ工場の建設が進んでいた。
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