呪縛(2)

「降下隊、亜空間航行」

 メログデンを含む少数の艦隊が空間移動に入りブラーゴ付近の宙域に現れた。

 防衛衛星が一斉に艦隊へ光弾を発射した。

 光弾は各船体の薄い光の膜に吸収された。

「おい、大丈夫か」

 ヴァンジュに乗っていても船の震動をトオヤは感じた。

「他の船が盾になっているから大丈夫ですよ」

 格納庫の奥の部屋からシャルンは心配するトオヤに答えた。

 防衛衛星を撃破して艦隊はブラーゴに降下した。

 コックピットのモニターに地図が表示された。

「えっと……バヤナ? の近くに降りたのか」

「先住民のハキ族の町です」

 シャルンが答えた。

「ドレング部隊接近。ヴァンジュ、スパーシュ、本艦のデッキで待機」

 オペレーターの声がした。

「トオヤ、大丈夫だからな」

 ジェイスの声にトオヤは「わかった」と答えた。

 サウレックスからセルセとゴレットが発進した。

 デッキにスパーシュが昇降機で現れた。

 船の横からヴァンジュが飛んでデッキのスパーシュに乗った。

「ゾッロ隊が出たか」

 トオヤがモニターを見ながら言った。

『ドレング部隊接近』

 ヴァンジュの抑揚のない声にトオヤが操縦桿を握りしめた。

 遠くで光弾が飛び交った。

「増援要請。ヴァンジュ、スパーシュ発進せよ」

 オペレーターの声がした。

 ヴァンジュがスパーシュに乗ったままデッキから発進した。

「いいか。地上の町は壊すなよ。敵は飛んでいるヤツだ」

「わかった」

 ジェイスの冷静な声にトオヤは戸惑いながら答えた。

(こういう時は軍人なんだ)

 いつも聞いているジェイスの声と違う冷たさを感じた。

 セルセとドレングの数は変わらなかったがドレングの細かい光弾を大量に発射する新兵器(ザイデロン)によってセルセは次々と撃墜された。

「あんなの前になかったのに」

「機体は変わらなくても細かく改造しているんだ。前と同じだと思うなよ」

 ジェイスはトオヤに無線で言うとモニターで敵をロックオンした。

「いくぞ」

 ジェイスは操縦桿のボタンを押した。

 スパーシュから光弾が発射された。二機のドレングに命中して撃墜した。

 その後ろからドレングが飛んで来た。

「こいつは俺が」

 トオヤがボタンを押した。ヴァンジュが右手首から細い光線を発射して二機のドレングを撃墜した。

「来てくれたか」

 前方にゴレットが見えた。ヘイズの声だった。

「無事で良かった」

 トオヤが呟いた。

「戦いが終わってから言ってくれよな」

 ヘイズが言うとゴレットが前に飛んで行った。

「とにかくドレングの数を減らす。いいな」

「わかった」

 トオヤは答えた。ヴァンジュとスパーシュは更に前進した。

 セルセとドレングの交戦は続いた。その間をゴレットが応戦して遥か向こうから敵艦の太い光弾が飛んで来た。

 ヴァンジュは数機のドレングを撃墜したが数は減らなかった。

「あれがバヤナという町か。人がいるのか」

『生命反応を確認』

 トオヤの呟きにヴァンジュが答えた。

「逃げていないのか」

 町のあちこちの建物が壊れて黒煙に混ざって火柱が立っていた。

 その上空でもセルセとドレングが交戦していた。

「やめろ! 町に墜落したらどうするんだ」

 トオヤはスパーシュを離れて飛んだ。

「おい!」

 ジェイスの声を聞く事もなくヴァンジュが背中と足に紫の光を出して飛んだ。

 セルセがドレングを撃墜した。ドレングが町の中央に落ちて行った。

「まずい。加速しろ。ドレングを捕まえる」

 トオヤの声にヴァンジュは紫の光を更に放ちドレングに向かった。

 ドレングが高層の建物に差し掛かった時、ヴァンジュがドレングを下から両手で掴んだ。

「くそっ、重い」

 ヴァンジュは仰向けになりドレングを腹に抱える形で飛び続け、町の外れにそのままの姿勢で落ちた。

 コックピットが大きく揺れた。

 トオヤは歯を食いしばって堪えた。

「危なかった」

 トオヤは大きく深呼吸をした。

『両手両足の関節が破損。高負荷で折れる可能性有』

「仕方ないか。ドレングを置いたら帰艦してくれ」

 ドレングを横に置いてヴァンジュが紫の光を出して宙に浮いた時、頭部が光弾に撃たれて吹っ飛んだ。

「えっ」

『頭部被弾。指示系統遮断。判断機能停止……』

 異常を伝える内容をヴァンジュが話し続けた。

「どうなるんだ」

『知能機能が止まると本機は完全停止。適合者との記憶消去』

「お前が死ぬって事なのか」

「死の定義は不明。しかし完全に停止」

「どうしたらいいんだ。お前、前の王との記憶も無くすのか」

『王……エルト……カイキスの木……記憶機能の停止……忘れる……』

「だめだ! 覚えていたいだろ? どうしたらいいんだ。どうしたら……」

 トオヤは焦った。ヴァンジュが王を忘れない手段を必死に考えた。

「記憶を移植。どこにだ。機体ではない。どこか。どこだ。手の端末は?」

『容量に限界があるので不可能』

「くそっ。他にないのか。他に……あっ!」

 光弾が次々と命中してヴァンジュの左手首が落ちた。被弾する度にコックピットが揺れた。

「いいか。俺の頭の中の翻訳機に転送しろ。翻訳用のエリアを全部消しても構わない。そこに移せ」

『身体に障害の恐れあり』

「いいから、やるんだ。あとはシャルンが何とかしてくれる」

『了解』

 ヴァンジュは答えるとトオヤの首筋とこめかみに針を刺した。

「うわあああ!」

 トオヤは悲鳴を上げた。

「急ぐんだ。うわあああ」

 頭の内側で電流が這い回る感覚でトオヤは意識を失った。

 次々と光弾が命中したヴァンジュは装甲が外れてボロボロになりながらうつ伏せに倒れた。

「味方を助けてくれてありがとうな」

 ザッズはにやけて言った。

 ボルザットが持っていた長距離砲を背中に着けた。

 長距離砲の銃身を太い光弾が破壊した。

 思いがけぬ衝撃にザッズは「うわっ」と叫んだ。

 高速で飛んで来るスパーシュがモニターに映った。

「ちっ、見つかったか」

 ボルザットが光弾を連射した。

 ジェイスのスパーシュが高速でよけながらボルザットに攻撃した。

『同期停止』

「くそっ、オートは使えないな」

 ザッズは苛立ちながら操縦した。

 ボルザットの赤い光が増してスパーシュに向かった。

 両機は光弾を撃ち合って空中戦になった。

「やるじゃないか。オートで動いていない」

 ボルザットの攻撃をスパーシュがかろうじてよけた。

「この機体の動き。戦闘機乗りか。そうか、もう一人のアンカムか」

 ザッズは言いながら攻撃した。

「くそっ、こいつでもゾレスレーテには敵わないか」

 ジェイスは両手の操縦桿を動かしながら機体を旋回した。

「ふん。二人でよその星で仲良く戦ってご苦労な事だな」

 ボルザットの右手がスパーシュを掴もうとした。

「なめるな!」

 スパーシュの上部から砲門がせり上がって太い光線を撃った。

 ボルザットの胸を貫いた。

「うわっ」

 ザッズの頭上にコックピットの天井が落ちた。頭から血が流れた。

 ボルザットは仰向けに砂漠に落ちた。

 ブラーゴ軍の艦隊とドレング部隊の攻撃が増してきた。

「トオヤ、必ず助けるからな」

 ジェイスは沈痛な表情でモニターに映るヴァンジュの残骸を見て撤退した。

 降下したメイセアの艦隊は進撃をやめて宇宙へ上がった。

「ヴァンジュが落とされたか」

 報告を聞いたミッドレはうつむいた。

 戦艦にボルザットが回収されるのをザッズは眺めていた。

「大丈夫か」

 ドータスが歩いて来た。

「ああ、目が覚めた気分だ」

 ザッズは頭の包帯を押さえて答えた。

「そうか。見ていたがあいつは町に落ちそうになったドレングを持ち上げたんだな」

「あんな事をやっても無駄な事がわからないんだよ。他にも落ちた機体があるし」

 ザッズはバヤナを振り返って見た。

 バヤナはあちこちで黒煙を上げていた。

「バヤナの連中はあの子供とうちの軍、どちらに感謝するかな」

 ドータスはそう言うと船に戻って行った。

「皮肉かよ。面倒くせえな」

 ザッズはため息をついた。

「お手柄だね」

 シャイザが歩いて来た。

「ああ、隊長のフォローでうまく撃てた。ありがとうな」」

「うまくいって良かったよ。ドータスと何を話したのかい」

「ただの雑談さ」

「あいつはハキ族だからバヤナがあんな風になって辛いだろうねえ」

「ああ、そういう事……」

 ザッズは船をチラッと見て呟いた。

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