黒い雲の星(6)

「ザッズは戦えたのか」

 ドルギは報告を受けてモニターに映るバラル司令官に訊いた。

「ゴレットを撃墜。しかしボルザットとの相性は不安定です。戦闘の記録を分析中ですが整備班からはボルザットの実戦投入は厳しいと」

「引き続き分析を。それと防衛の強化を」

 ドルギはモニターを切って部屋を出た。

「向こうは使いこなせている。急がないと」

 ドルギは呟きながら車に乗り込んだ。

 灰色の小さな建物の地下に車が滑り込んで止まった。

 ドルギは車を降りて家のドアを開けた。

「王子はドアの開け方も知らないの」

 ドルギと同じ年頃の金髪の女が呆れた口調で言った。

「すまない。色々あって」

 ドルギは軍服のままソファ状の軟らかい椅子に座った。背もたれと腰かけが一体になってフワフワとした椅子に座って天井を眺めた。

「着替えたら」

「いや、すぐ帰る。ずっと帰っていないんだ」

「ちょっと汚れるじゃない」

 ドルギと話す女はレジーア。ドルギの幼馴染だ。二人はたまに会って肉体関係はあったが愛人関係とはいえない。よく噂になるが周囲は黙認していた。

「ルーシに怒られるわよ」

「だから早く帰るんだ。少し休むだけだ」

 レジーアは水の入ったグラスをテーブルに置いた。

「そんなに忙しかったら子供を作る暇もなさそうね」

「そうだな。あいつが望んでいるのかわからなくなる」

「変わっているわね。本当に体目当てなの。子供を産んだら正式に王族になるのに」

「本当は望んでいるが周りから色々言われてうんざりしているのか」

「それとも私に遠慮しているのか」

 レジーアは微笑んだ。

「どうして遠慮するんだ。お前の事を話した時にはお互いに干渉しないからいいと言ってたぞ」

「言う事と思う事は違うのよ。私は別にいいけど。今日はさっさと帰ったら」

 呆れた顔をしたレジーアにドルギは「そうだな」と立ち上がって部屋を出た。

 王宮に帰宅すると回廊でブレッツォと会って軽く挨拶して自室に入った。

「おかえりなさいませ」

 ルーシがいつもの口調で迎えた。挨拶だけは丁寧にする様に決めた。

 ドルギは「ああ」と答え軍服を脱いで入浴した後、軽く食事して端末を操作した。

「明日は大変ね」

 ルーシが食器をキャビネットに積みながら言った。

「今回の戦いで犠牲者が多く出た。葬儀もだがその後の議会も大変だ」

「だから気晴らしにレジーアと会ったの」

 淡々と言うドルギに微かに挑発を込めてルーシが答えた。

「今さら妬いているのか。偵察機を飛ばして覗き見するのはあんまりいい趣味じゃないな。会うなと言うなら会わないが」

「そういうつもりはないわ。別に独占したい訳じゃないし。詮索したい連中が追っていないか見ていただけ。悪い噂を流すのがいるから」

「そうか。それでいたのか? 悪い噂を流しそうな連中は」

「沢山ね。物好きよね。王子に愛人がいても不思議じゃないのに」

「報告ありがとう。先に休んでくれ」

 素っ気なく言うドルギにルーシは「わかったわ」と寝室に入った。

「本当に気に入らないのか」

 ドルギは呟いた。

 翌日、基地で戦死者の葬儀が行われた。この日はブレッツォも参列した。

「今回は多くの命が失われた」

 ブレッツォが席で呟いた。

「ゴレット相手によく防ぎました」

 隣に座ったドルギが正面を向いたまま答えた。

「アンカムのザッズの力か。しかしもう乗れないようだな。機体がおかしいのか」

「機体の調整は続けます」

「メイセアは待ってくれないぞ。向こうのアンカムはヴァンジュに乗っているからな」

「あんな古い機体が攻めて来ても我々の敵ではありませんよ」

「そうだといいがな」

 ブレッツォの言葉に皮肉を感じたドルギは黙って式を見た。

 レーデから北にある山に遺灰が撒かれた。

 ブラーゴやメイセアには宗教は存在しない。王族も民衆も死者は平等であるという考えから誰の遺灰であろうと同じ場所に撒いてその地を死者が眠る場所として定めていた。

 そして死者の体は誰の物でもなく大地の物という古くからの教えにより墓もなかった。

 葬儀の後、ブラーゴ政府の会議が開かれた。ドルギも出席した。いつもの強硬派と穏健派の罵り合いにドルギは前の席でうんざりした。

「王子はこのままメイセアと戦いを続ける気ですか」

 穏健派のリーダーでありルーシの父親のカリューダが厳しい口調で訊いた。

「そうだ。今、本格的な侵攻作戦を立てている」

 ドルギが言うと、

「それで全てが終わるのですか」

 カリューダが穏やかな口調に変わった。

「終わらせるのだよ。その為の兵器も作らせている」

 強硬派のアザレがにやけて言った。

「メイセアの大戦を嫌ってブラーゴへ逃げた我々の祖先を蔑む連中など皆殺しでも構わん。大戦では同盟を盾に戦わせて敵軍が攻めて来ても知らんふり。そればかりか逃げたら攻撃して来た連中だぞ。許せるか!」

 野太い声で怒鳴るアザレにカリューダは、

「それを今の王族の責任にしてどうする。昔の話だぞ」

 面倒そうに答えた。

「もういい。今回の戦いで大勢の優秀な兵を失った。兵の増員を急いでくれ。カリューダ、言いたい事はわかる。何度も言うが今を変えても過去の痛みは消えないのだよ。ブレッツォ王がレナン女王に頭を下げて和平を頼んだとしても追われて来た民の子孫は納得するか。勝つしかないんだよ」

 ドルギは穏やかに言うと部屋を出た。

 王宮に戻ったドルギは執事からブレッツォに部屋に来るように言われた。

「何でしょうか」

「メイセア侵攻作戦の計画を急がせてすまなかった。しばらく休んでいいぞ。軍はバラルに任せればいい。ルーシと出かけたらどうだ」

 ブレッツォの突然の提案にドルギは顔に出さなかったが戸惑って考えた。

「ルーシが何か言いましたか。レジーアの事など」

「レジーア? それはお前の問題だ。私が口を挟む事ではない。何ならレジーアが産んだ子を王族に入れてやってもいいぞ」

「随分と品のない事を。それがお望みならレジーアと婚姻の儀を致しますが」

「まあいい。早くお前の子供を見たいからな」

「努力はします。休暇の件、わかりました。バラルに任せてから休みます。では」

 ドルギは軽く一礼して部屋を出た。

「ルーシでないとしたら政府から抗議が来たか」

 廊下を歩きながらドルギは呟いた。

 しばらくしてドルギは休暇に入った。

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