黒い雲の星(4)

 ザッズは格納庫を出て寮に戻った。

「疲れた」

 消毒液を全身に浴びて服を着てベッドで横になった。ルーシの吐息を思い出した。

 目を閉じると一瞬人影が見えた。輪郭だけの見覚えのある人影が頭を刺激した。知っているが誰なのか思い出せない。頭の痛みより脳に感じる熱が不快で思い出すのをやめた。

 高圧的な態度のブラーゴ軍の兵が嫌になるが食事は口に合うし生活が苦になる事はない。

 翌日、ザッズはボルザットに乗りこんだ。

『適合度計測』

 ボルザットの声と共に針がザッズの首に刺さった。

 チクッとした痛みと脳に走る痛みがザッズを不快にさせた。

「うわあああ!」

 ザッズの悲鳴に驚いた外の兵が「大丈夫か」と無線で話しかけたがザッズの耳には届かなかった。ザッズの目から血の涙が流れた。

『判断機能の同期に問題発生』

 ボルザットの声と共に首から針が抜けた。ザッズは気を失った。

「やめろ。しばらく休ませて地球の宇宙船の調査に回せ」

 基地の将軍室からモニターで見ていたドルギは不機嫌に無線で指示をした。

「使えないアンカムだ」

 呟きながら通信を切った。

 目を覚まして基地の施設から出たザッズは散歩した。

 記憶のない未知の種族(アンカム)という事もあり行動制限が緩かった。

 ドレングが数機並んだ横を歩いていると、

「ちょっと、あんた。ザッズっていうんだろ」

 と女の声がした。ザッズが振り返ると茶色の髪の女が近づいてきた。

「ふ~ん、アンカムって見た目はあんまり変わらないんだね。血の色は違うそうじゃないか」

 女がザッズの顔を凝視した。ザッズは不快に思いながら黙っていた。絡まれるのは慣れていた。

「でも鍛えているね。私はシャイザ。どうだい、ちょっと体を動かしてみないかい」

 強気だが語気が優しいシャイザの誘いにザッズは乗って訓練用の棟に入った。

 部屋の片隅に等身大の四本腕で四本足のロボットがザッズの目に入った。

「これはレゴンゲル。訓練用メロイドだ」

 シャイザはレゴンゲルの四本の腕に模造剣を差して機体を操作した。

「そこから好きな武器を選んでいいよ」

 シャイザがレゴンゲルを起動して部屋の真ん中に運んでいる間にザッズは壁にかけられた武具からナックルを選んだ。

「へえ、珍しいのを選んだね。床の線の外に出たらこいつは攻撃をやめる。じゃあいくよ」

 シャイザは機体を操作した。四本足のレゴンゲルがザッズに近づいた。

「動きが早い」

 レゴンゲルが素早く剣を振り下ろす。ザッズは後退して構える。一本の剣をよけたが二本目の剣が腹に突いてきた。咄嗟に横によけるが三本目の剣が足に当たった。思わず後ずさりして様子を見る。

 剣をよけながら関節部分を殴った。電子音が鳴った。

「うまく当てたら音が鳴るよ」

 シャイザは笑って言った。

 レゴンゲルがザッズに襲いかかる。応戦するがザッズは負けた。

「その程度かい?」

 シャイザが挑発気味に訊いた。

「いや。やってくれ」

 シャイザが「いくよ」とリモコンを操作した。

 レゴンゲルが四本足で走って来た。剣を振り下ろす。よける。二本目の剣が横に振られる。後ろによける。三本目と四本目の剣が両足を狙う。後ずさりして足で剣を蹴る。二本の剣が同時に振り下ろされる。横によける。

「そこだ!」

 ザッズは関節を強く殴った。剣が止まった。他の剣が突こうとする。よけてまた関節を殴る。剣が止まった。無我夢中でレゴンゲルの機体を連打する。電子音が何度も鳴った。機体が止まった。

「なかなかの腕だ。記憶はなくても体は覚えているもんだね」

 シャイザはリモコンでレゴンゲルの動きを止めた。

「これは使えるか」

 シャイザはマシンガン型のレーザー銃を手に取って見せた。ザッズは「わからないが」と答えた。

「今度のレゴンゲルは撃って来る。訓練用だから当たっても死なない。やってみるかい?」

 シャイザの誘いにザッズは間を置いて「ああ」と答えた。

 シャイザは「こっちへ来な」と歩き出した。

 二人は低い土手が並んだ演習場に来た。

「説明した通りレゴンゲルの頭の光る部分を撃ったら勝ち。いいか」

 シャイザが言うとザッズは「構わない」と銃を持って土手に隠れた。

「いくよ」

 シャイザはリモコンのスイッチを入れた。七機のレゴンゲルが四本足でバラバラに移動しながら撃って来た。

 ザッズの頭上を監視用の無人機が空中で止まって撮影していた。

「またシャイザのわがままか」

 ドルギは将軍室で作戦を立てながら端末の隣に立てたモニターで演習場の様子を見た。

 レゴンゲルがザッズの場所に集中砲火を浴びた。

「ほら、隠れてばかりいないで撃ちなよ。死なないんだからさ」

 シャイザが煽ったがザッズはしゃがんで土手の上を通る光弾の道筋を見た。

 銃撃が緩んだ。

 ザッズは土手から顔を出して連射した。

 光弾が一機のレゴンゲルに当たったが頭部の光に当たらなかった。

 ザッズは舌打ちして再び連射した。頭部の光に命中して動きが止まった。再び砲火が始まった。ザッズはしゃがんだまま横に走った。レゴンゲルの攻撃はさっきいた場所のままだった。

 ザッズは連射した。並んだ二機のレゴンゲルの頭部に命中して止まった。一呼吸してまた撃った。また一機の動きが止まった。

「やるじゃないか。次は動くよ」

 シャイザの声と共に三機のレゴンゲルが素早く動きながら撃って来た。

 ザッズも土手を乗り越えてうつ伏せになって連射した。一機の動きが止まった。

 半かがみになって走り抜けて連射すると一機の動きが止まった。

「あれで最後か」ザッズは近くの土手に隠れてレゴンゲルの動きを見た。

「よくやった。最後は潔く散りな!」

 シャイザが言うとレゴンゲルの胴体が開いて三機の小型機が飛んだ。

「くそっ。嬉しくないご褒美だな」

 小型機が上空から光弾を撃った。

 ザッズは小型機を撃ったが素早くよけた。

「それなら」

 ザッズは走りながら連射した。レゴンゲルに命中した。レゴンゲルと小型機の動きが止まった。

「やったか」

 息を荒くしながらザッズは呟いた。辺りが静かになった。

「惜しかったね。あんたに命中したのが早かったよ」

 シャイザが微笑んで言った。

 ザッズはムッとしてシャイザに銃を渡した。

「照準が左にずれている。実戦でこれを使ったら死んでいた」

 ザッズは不機嫌に言うとその場を後にした。

「面白い戦いだった」

 ドルギは呟いて端末を操作した。

 翌日、ザッズはシャイザ隊に入った。

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