黒い雲の星(3)
ドルギは将軍室で作戦を立てていた。
「ドルギ、入るわ」
若い女の声と共にドアが開いた。シンプルな紺色のワンピース風の服を着た女が入って来た。妻のルーシだ。
「着替えを持って来たわ」
端末を見ながらドルギは愛想なく「すまない」と答えた。
ルーシは呆れて「ずっと帰れないほど忙しいのね」と皮肉交じりに言った。
「すまない。大きな作戦があって」
「メイセアに攻めるのでしょ。王族なのに率先して攻めるなんて」
「メイセアもダンルが軍を仕切っているんだ」
「メイセアの真似事をしても勝てないわ」
端末に顔を向けたまま愛想なく答えるドルギにルーシの皮肉が更に増した。
戦火を逃れてブラーゴに移住して来たメイセアの民はブレッツォの祖先が王都レーデを中心に都市国家を築いた。当初は穏やかに暮らしていたがブラーゴの厳しい環境で暮らすうちにメイセアの王族に対する憎しみが国民の間で増していった。
王のエルトが亡くなりレナンが女王になって以来ブラーゴではメイセアへ攻める気運が高まった。
ブラーゴの軍事増強がメイセアにとって脅威となりその結果、双方で兵器の増産が行われ緊張関係が続いていた。
「メイセアと平和的に問題を解決したい穏健派の家のお前が言うと皮肉を通り越して罵倒に聞こえるな」
ドルギは微笑んで言った。
「家は関係ないわ。それにあなたの家族を悪く言うつもりもない。まあ年の離れた小娘を見るゼイア様の目はたまに怖くなるけどね」
無骨な中年のドルギと幼い顔のルーシはかなり年の離れた夫婦で周囲から好奇の目で見られる事が多かった。
「俺は構わない。お前を愛しているから」
ドルギが愛想なく言った。
「私もよ。周りは王族を乗っ取るつもりだとか色々言っているけど単純にあなたの体も心も好きだからそばにいるのよ」
物怖じせずあけすけに言うルーシにドルギは呆れる事がよくある。またそれが面白いと思う時の方が多い。
ドルギは立ち上がってルーシを優しく抱きしめた。
「作戦を立てたら帰る」
「期待しないで待っているわ」
ルーシはドルギに口づけすると荷物を持って部屋を出た。
「素直なのはいいが……」
席に戻ったドルギは呟いて端末を操作した。
司令塔を出たルーシは車で基地の敷地を走った。
ギーン──
奇妙な金属音がした。
音がしている棟に入って車を下りた。
「確かボルザットだったかしら。動けるのね」
仰向けになったボルザットの機体から奇妙な音が響いていた。
「おい、降りていいぞ」
男の声でボルザットの腹のハッチが開いてザッズが出てきた。
「ふ~ん。あれがアンカム」
ルーシは梯子を上った。
「これはルーシ様」
気づいた兵達は敬礼した。ルーシは「気にしないで続けて」と手を挙げて答えた。
「あなたがアンカムのザッズね。私はルーシ。ドルギの妻です」
ルーシの自己紹介にザッズは無表情で「どうも」と答えた。
「その様子だとまだ思い出せないのね」
ルーシはザッズの胸を軽く撫でた。ザッズは動かなかった。
「肌の色、目の色、似ているけど微妙に違うわね。血の色が違うって聞いたけど」
ルーシはザッズの腕から肘を人差し指でさすった。そばにいた兵達は見て見ぬ振りをして作業をした。
「ねえ。あなた、恋人はいるの?」
ルーシはザッズに顔を近づけて訊いた。ザッズの眉毛が動いた。
「わからない」
「そう? 目を閉じて」
ザッズは目を閉じた。ルーシはザッズの耳に息を吹きかけた。
「こんな事されたの覚えていない?」
ルーシの言葉にザッズの閉じた目の裏で何かが映った。
「あるのね」
「わからない……」
ザッズは目を開けて弱い口調で答えた。
「そう。いつか思い出せるといいわね」
ルーシは微笑んで梯子を下りていった。
「やれやれ、相変わらず奔放なお姫様だ。王子に殺されたくなかったら惚れるなよ」
兵の一人が作業しながら言った。
ザッズはまたボルザットに乗り込んだ。
王宮に帰ったルーシは荷物からドルギの服を取り出して侍女に渡し軽装に着替えて庭に出た。
庭の片隅にある物置から闘技を練習する為の四本足の訓練用ロボット(この世界ではメロイドと呼ばれている)《レゴンゲル》を引っ張り出して模造剣を持たせ、ルーシは長い杖を持って機体の電源を入れた。
レゴンゲルが二本の腕に持った模造剣を振り回しながら四本足でルーシに近づいて来た。
「いくわよ!」
剣をかわしながら杖で機体の頭を叩く。電子音が鳴る。レゴンゲルが剣を次々と振り回す。ルーシは剣を杖で受けながら後退する。杖を振り下ろすが剣で受けられてもう一方の剣で突いてくる。サッと横によけながら杖で突く。レゴンゲルの頭に命中する。電子音が鳴る──
交戦しながら隙をついてレゴンゲルの機体を叩いては高い電子音が鳴った。
ルーシは背後から視線を感じて戦いをやめてレゴンゲルの電源を切った。
回廊でブレッツォが微笑んで様子を見ていた。
「ブレッツォ王、ごきげんよう」
ルーシはブレッツォに一礼した。
「邪魔したかな」
「いえ、ちょっと体を動かしかったので」
ルーシは杖を回して地面に置いて答えた。
「ドルギが帰らなくて寂しいのか」
「仕事ですし気にしていませんから」
「それならいいが。荒れているように見えたな」
「戦う時は冷静でいられませんよ」
ルーシは微笑んだ。ブレッツォはうむと頷いた。
「相変わらず穏健派の娘とは思えない程勇ましいな」
「父の考えは尊重しますが私は私ですから。どの考えにも縛られるつもりはないです。自由という事ですかね」
「そういう所をドルギが好きになったのか。私も若かったら姫に魅かれていたかもしれないな」
「あら、体は相性がありますが好きになる気持ちに年齢は関係ないですよ。私と王子の年の差がそうですし」
「何だか誘惑されている気になるな。ゼイアに聞かれたら殺されそうだ。ドルギとうまくいっているなら安心だ。姫としての所作がどうこう言う輩がいるが気にせずに自由にやりたまえ」
ブレッツォはそう言うと「それでは」と手を振って歩いて行った。ルーシは会釈した。
「王妃に相手にされなくて寂しいのかしら」
ルーシは呟いてレゴンゲルを相手に格闘を始めた。
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