漂流の果て(6)
ヴァンジュが宇宙を出た。
「俺、宇宙服を着ていないけど大丈夫か」
トオヤは不安になった。
『リズメント量、問題なし』
「リズメント。何だそれ?」
トオヤが訊くとヴァンジュが説明を始めた。
「う~ん……この星の大気の成分か。良くわからないが酸素みたいのものか」
トオヤは腕を組んで呟いた。
「ところでレシスまで飛べるのか? ずっと倉庫に寝ていたって聞いたけど」
トオヤが訊くとヴァンジュは『問題なし』と答えた。
「ふ~ん。燃料を気にせず飛べるのは凄いな」
『あっ』ヴァンジュが呟いた。
「まさかここまで来て燃料がないとか悪い冗談はなしな」
トオヤは半笑いになった。
『エルジューディ未装備。推進力低下』
「おい、何だよそのエル何とかってのは」
真顔になったトオヤの問いにヴァンジュは答えた。
「なるほどね。宇宙で飛行する為の推進装置がないって事だな。それでどうするんだ」
『《サウレックス》発見。緊急着艦を指示しろ』
「はあ? 自分でしくじっておいて俺にケツ拭かせる気かよ。しかも偉そうに……わかったよ。こちらヴァンジュ、サウレックスへ着艦したい」
トオヤが無線で呼び掛けると、
「ヴァンジュ、本物か! 了解、着艦を許可する」
男が驚いて答えた。
「ここで死なずにすんだか。じゃあ行ってくれ」
安堵より呆れたトオヤが言うとヴァンジュは『了解』と答えて方角を変えて飛んだ。
ヴァンジュが
「補給してもらうから降りる。開けてくれ」
ハッチが開いてトオヤはヴァンジュを降りた。
「誰だ」「王子ではないのか」
皆が呟く中で初老の長身の男がトオヤに近づいて来た。
「お前がこいつに選ばれたのか。名は」
「俺はトオヤ。知らない星だと思うが地球生まれだ。こいつがレシスのカイキスへ行きたくて飛び出したんだがエル何たらが無くて行けないのがわかったんだ。別に俺のせいじゃないが頼むからそれをくれないか」
トオヤはヴァンジュを見上げて言った。
「艦長のラーズだ。久しぶりに適合者が現れて喜んだのだろう」
ラーズは微笑んでヴァンジュを見上げた。
「あいつは何だ。兵器ではないのか」
「儀官の胡散臭い説明を真に受けると古代メイセア族の意識を兵器に移植したそうだ」
「意識……機械じゃないからしくじるか。わかりやすい説明で助かったよ」
「そういう事だ。予備のエルジューディがあるから補給しよう。その間にちょっと話をしないか」
ラーズの誘いにトオヤは「ありがとう」と答えて一緒にエレベータに乗った。
艦長室で二人は話をした。
「事故で長い漂流の末にここまで来たのか……大変だったな」
「寝ていただけどな。もう地球に帰っても家族も知り合いもいない。諦めたよ。ヴァンジュに乗れて完全に運を使い切ったな。あとは死ぬだけかな」
トオヤは両手を小さく挙げておどけた。
「それにしてもあいつがアンカムを選ぶとは何の意味があるのか。先代の王が乗っていたからダンル王子が乗ると思っていた」
「選ぶ基準は血統じゃないからな。血統ならずっと同じ家系がヴァンジュに乗るだろうし」
「ああ、気まぐれな選択で困っている。地球か……ブラーゴにも地球と呼ばれる星の者が収容されているそうだ」
「えっ?」
トオヤは少し驚いた。
「別の船の奴だろう。ちょっと会ってみたいな」
トオヤの呟きにラーズは「敵になっていない事を祈るよ」と答えていると軍服の通信機が鳴った。
「ああ、ご苦労だった。補給が終わったそうだ。ブラーゴ軍がいつ来るかわからないから我々がレシスまで乗せていく。巡回が終わったらレシスの基地に戻る。しばらく休んでくれ」
「ありがとう」
ラーゼが退室した後、トオヤは長椅子で横たわった。
しばらくして無線でラーゼに呼び出されたトオヤは格納庫へ降りた。
「エルジューディが適合しているか確認してくれ」
ラーゼが指示するとトオヤは「わかった」と答えてヴァンジュに乗り込んだ。
「どうだ。調子は」
トオヤがコックピットで座って話した。
『適合良好』
「そうか。えっと、適合良好だって」
無線でトオヤが言うと「デルクスルパストの状態を教えてくれ」と男の声がした。
「えっ、デルク何とか? いきなり言われてもな。おいデルク何とかの状態だってよ」
『デルクファスト・ザイルゼン、デルクピンキ・ジュルセン、デルクスルパスト・デンニンサ、デルク……』
「ああ、もういいよ! 今の答えに入っていたか」
「あったよ。あと乗っているならその位覚えとけ」
男の怒鳴り声がコックピットに響いた。
「ハイハイ、新人なのですみません。おい、怒られたじゃねえかよ!」
トオヤが怒鳴ったがヴァンジュは何も答えなかった。
「……そこは黙るんだ」トオヤはため息をついた。
『感情への反応はわからない』
「ああそう。古代人は難しいんだな。あと艦長からの命令だ。この船がレシスに着くまで休憩だ」
トオヤが言うとヴァンジュは『了解』と答えた。
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