漂流の果て(5)

「またここか……」

 目覚めたトオヤは見覚えのある部屋にいる事を気づいた。最初に目覚めた場所だった。

 入隊する時にここが病室だと聞かされたのでひとまず安心した。

 薄い服を着ている事に気づいて軟らかい肌触りを確かめている時に青い服を着た医師が入って来た。

「気分はどうだね」

「はい。何か急に疲れて」

 トオヤは立ち上がった。

「仕方ない。かなりの体液を吸われたからな。生きているのが不思議な位だ」

「そういえば血の色がどうとか騒いでいたようだけどここの住民の血は違うのですか」

「ああ、これが我々の血液だ」

 医師が端末で血液の写真を見せた。

「そうなんだ……」

 紫色の血の写真を見せられても大して驚かなかった。

「あのまま死んでも良かったのに」

 トオヤは病室の壁を見て呟いた。

「孤独な状況には同情するがそれは自分で何とかするしかないな。それにしてもゴレットを動かせるとはな」

「それも必死でわからなかった。セルセと似ていたからやれたと思う。あとヴァンジュに乗れって言われた。何ですそれ?」

 トオヤの問いに医師は「ヴァンジュだと! 本当か」と驚いた。

 あまりの驚き様にトオヤは戸惑って「はい」とだけ答えた。

「取りあえずもう少し検査が必要だから今日はここで泊まってくれ。用があればそこの無線機で呼ぶように」

 医師はそう言って部屋を出た。

「何だよ、あんなに驚いて。そう言えば何ともないな」

 何となく自分の手足を見た。刺された跡は残っていなかった。

 翌日、検査を終えたトオヤは寮で休んで一日を終えた。


 その翌日、城に呼ばれたトオヤは王子でありメイセア軍将軍のダンルと会った。

「まさかアンカムがヴァンジュの適合者とはな。それも子供とは」

 ダンルがトオヤを見て呟いた。

「何ですかヴァンジュって。ゾレスレーテですか」

「そうだが……」

 トオヤの問いにダンルは説明を始めた。

 《ヴァンジュ》──先代の王エルトが乗っていた機体で基地の倉庫に何年も放置されている状態だった。

「ふ~ん、王が乗った機体だから誰にも乗せなかったのか」

「いや、適合者がいなかったんだ。だから皆驚いているのさ。アンカムが乗れるってな」

「でもゴレットが俺に乗れると言っただけだから本当に乗れるかわからないでしょ。未知の種族のアンカムだっけ、アンカムの体を調べた事はないだろうし」

「儀官にヴァンジュと君の体の適合度を調べてもらった。間違いなく乗れると言われた」

 ダンルが微妙な表情で答えた。

「そっちの事情は知らないが俺が乗れるのはわかった。それでどうしたらいいのですか。俺に乗れって事ですか」

「まずは実際に乗れるか試して欲しい。先に基地で待っていてくれ。儀官を連れて来る」

 トオヤは「わかりました」と立ち上がって部屋を出た。

「女王、よろしいですね」

 手首に着けた通信機でダンルがレナンに訊いた。

「構いません。シャルンを連れて行きなさい」

 通信機越しに聞こえたレナンの声にダンルは「わかりました」と答えて立ち上がり部屋を出た。

 基地に戻ったトオヤは兵士に案内されてゾレスレーテの格納庫に入った。

 数機のゴレットと奥にヴァンジュが立っていた。

「あれがヴァンジュ。乗れるのか」

 紺と灰色の無骨なゴレットと違い、白に近い銀色の機体のヴァンジュは王が乗っていたと言われたら納得できる上品で美しい姿をしていた。

 程なくしてダンルと奇妙な服を着た小柄な男が入って来た。

「はじめまして。儀官のシャルンです」

 青い目のシャルンは無表情で挨拶した。トオヤは「どうも」とだけ答えた。

(人種が違う)

 奇妙な目で見るトオヤを察してか「私は古代メイセア族の血筋ですから」とシャルンが微笑んで答えた。

「いや、目が凄く綺麗で……ごめん」

 トオヤは困りながら返事した。

 シャルンは「思った事をそのまま言うのですね」と微笑んでヴァンジュの足元の白い装置へ歩いた。

「これより儀式を行います」

 装置に向いたままシャルンが穏やかな口調で言った。シャルンがいくつかの小瓶を機械に差し込んだ。

 ギーン、ヴォーン──

 機械音と生き物のような鳴き声が同時に響いた。ヴァンジュの全身から振動音がした。

「何か苦しんでいるようだ」

 トオヤは格納庫で鳴り響く音が悲鳴に聞こえた。

「おかしい。適合した筈なのに拒絶している」

 シャルンは装置を見ながら呟いた。ヴァンジュが両手を挙げて動き始めた。

「暴走か!」

 ダンルが叫んだ。

「わかりません。拒絶反応が大きくて」

 シャルンも大声で叫んだ。

「どけっ」

 トオヤがシャルンを横にどけてヴァンジュの前に立った。

 ヴァンジュが両手の拳を大きく振り下げた。

 トオヤは黙ってヴァンジュを見上げた。

 拳がトオヤの顔の前で止まった。

 腹のハッチが開いた。

「だめです。拒絶反応が出ている状態で乗ったら危険です」

「こいつが乗れって誘っているんだ。死んだらそれだけだ」

 トオヤはシャルンに答えてヴァンジュに乗った。

「ほらよ。来てやったぜ。好きにしやがれ」

 トオヤが言うとヴァンジュはハッチを閉めた。コックピットのモニターに次々と文字が映った。

「エルト……昔の王か。これに乗っていたんだよな」

 エルトの画像があちこちのモニターに映った。

「つまりお前はエルト以外の奴を乗せたくないんだな」

『お前はメイセヤやブラーゴの者ではない。なぜだ』

 コックピットに声が響いた。

「ようやく話してくれたか。地球生まれの男だ。ここに来た理由はわからない」

『お前の体は生物として整理しすぎている。なぜだ』

「整理しすぎている? それは……俺が人工授精で生まれたからか」

『人工授精……理解不能。近似値で確認。交配の過程で加工されたのか』

「地球は環境が悪化して殆どの人間は子供を作れない体になった。その代わりに決められた遺伝子を機械で交配して子供を作るんだ。俺の名前はトオヤ、識別番号はAX515327。この記号と数字が俺の製造番号だ」

 トオヤが話すとコックピットは機械音だけが響いた。

「どうした。俺が気に入らないのか」

『レシスのカイキスへ飛行』

「レシスって……おいっ!」

 驚くトオヤを気にせずヴァンジュが格納庫を歩き始めた。

「どうした」

 無線からダンルの声がした。

「そうだ、無線があるんだ。こいつがレシスへ行くんだと。よくわからないが行ってくる」

「無理だ。敵がいるかも知れないのだぞ」

「仕方ないだろ。言う事聞きそうにないから。何かあったらレシスの基地に連絡するから」

 トオヤは答えて操縦桿を握った。

「レシスへ行くんだな。敵が来たら俺に操縦を回せ。いいな」

 トオヤが言うとヴァンジュは『了解』と答えて発進した。

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