漂流の果て(2)

「月で待っているよ」

 空港で少年は母親に手を振って月へ行く宇宙船に乗った。しかし月で約束の日になっても母親は来なかった。少年は一人で火星行きの宇宙船に乗った。

「母さん……先に火星で待っているね」

 少年は呟いて冷凍睡眠装置に入り横になった。自動で蓋が閉まり心地いい冷気と睡眠ガスで眠りについた。

 瞼の裏に感じる温かさで少年はゆっくり目を開いた。

「火星に着いたか。まだ眠い」

 あくびをしながら周りを見渡すと宇宙船の中の景色と違う事に気がついた。

「どこだ」

 少年はゆっくりと起き上がった。薄い服を着ているのに気づいて不安になった。部屋に痩せた男が入って来た。

「気分はどうだね。名前は?」

「トオヤだ。識別番号はAX515327」

 トオヤが緊張して答えると男は「識別番号はいい。トオヤと呼ぶ。話を聞かせてくれないか」と薄型の端末を操作しながら言った。

「ここはどこだ。火星じゃないのか」

 目的地ではない事に気が付いてトオヤの顔が強張った。

 トオヤから事情を聞いた男は相変わらず端末を操作しながら話し始めた。

「宇宙船で事故が起きて航行不能になり漂流していたところを回収したってところか。航行記録を解析中だがかなり長時間飛んで燃料切れを起こしたのだろう」

「ここはどこだ」

「メイセアだ。少し説明しよう」

 男は説明を始めた。

「太陽系の外に地球人に似た生物が住んでいた星があるなんて……本当に人間に似ている。しかも話が通じる。なぜだ」

「君と似ている理由はわからない。違う点は血液の色だけだな。話が通じるのはメイセアの言葉で会話できる様に手術をしたからだ。自覚していると思うが君はメイセアの言葉を話しているんだ。ここでは君は《アンカム》、メイセアの言葉で未知の種族という意味だ。君の事をそういう風に呼ぶ者がいるだろうから覚えておいてくれ」

「確かにわかる。俺は知らない言葉を話している」

 トオヤは驚いて右手で自分の口を塞いだ。

「しばらく休んでくれ。後はジェイスに話を聞くから」

「ジェイス?」

「君と同じ船に乗っていた生き残りだ。知らないのか」

「知らない。同じ船に乗っていただけだから」

 トオヤが答えると男は「わかった」と言って部屋を出た。

「母さん……」

 トオヤは部屋の片隅にうずくまった。

 翌日、トオヤは男の声で目覚めた。

「女王に謁見する事になった。これに着替えてくれ」

 男はトオヤに水色の服を一式渡した。

 男が端末を操作している間にトオヤは着替えた。

 部屋を出て廊下を歩いていると長身の男と痩せた男がこちらに歩いて来た。

「よお、お前がトオヤか。俺はジェイスだ」

 長身のジェイスが握手を求めて来た。トオヤは「よろしく」と握手した。

「訳のわからない星に来てしまったな。お前、何才だ」

 なれなれしいジェイスにトオヤはムッとして「十五」と答えた。

 建物を出た二人は目の前の光景に驚いた。

 赤い砂漠の向こう側に銀色の大小の建物が並ぶ町が見えた。ジェイスは振り返った。銀色の建物の向こうに戦艦が並んでいた。

「ここは基地で向こうは町だな。確かプリアスタだったか」

 ジェイスが呟いた。トオヤは黙って歩いた。男達に促されて二人は小型飛行機に乗り込んだ。

 飛行機は垂直に上昇してプリアスタへ向かった。

 飛行機が城の庭に着陸した。二人は白い小型車に乗って広い庭を抜けて城に入った。

 二人共見た事がない景色に驚くばかりだった。

 広間に入ると濃い緑で細身のドレスを着た女が立っていた。

「ようこそメイセアへ。レナンです」

 レナンが挨拶すると二人は自己紹介してテーブル席に座った。

「女王というから膝を曲げて挨拶すると思ったけど普通なんだ」

 トオヤが言うとレナンは微笑んだ。

「あなたの星ではそういう挨拶をするのですか。これまでの経緯は聞きました。船が事故に遭って長い間漂流していたとか。お気の毒に」

 レナンは目を伏せた。

「俺達は地球に帰れないのですか」

 ジェイスが訊くとレナンは首を振った。

「残念ながら我々の技術であなたの星へは行けません。あなたに宇宙船の航行記録を取ってもらって軍で計算した結果、地球の時間で出発から百五十年経っていました。生きていただけでも奇跡です」

「えっ……」トオヤは思わず息を呑んで驚いた。

「恐らく暴走して光速を超えた速度でずっと飛んでいたんだな。しかも自動操縦で何もぶつからずに」

「何でそんなに冷静なんだよ。俺達は遠い星にいるんだぞ。しかも百五十年って。母さん……母さんもいないんだ」

 トオヤはジェイスに怒鳴りながら涙を流した。

「こういう時にこんな話をするのはどうかと思いますが、私達はブラーゴ星と交戦状態にあります。出来れば手伝って頂きたいのです」

「いや、いきなり手伝えてと言われても俺達はこの星の武器の使い方を知らないし何の役にも立たないが」

 ジェイスは困惑した。

「武器の使い方なら兵が教えます。どうかお願いします」

「もう帰れないなら仕方ないか。俺は構わないぞ。お前はどうするんだ」

 ジェイスはうなだれているトオヤに訊いた。

「何で俺が戦わなければいけないんだ。地球で戦争が起きて他の星に住もうとしたのにここで戦えっておかしいだろ」

 トオヤはうなだれたまま答えた。

「わかった。俺が戦う。お前は戦わなくていいから俺を手伝え。それで俺達はどうしたらいいんだ」

 ジェイスはサバサバとした口調でレナンに訊いた。

「詳しい話は基地で聞いて下さい。トオヤ、もしかしたらブラーゴの技術で地球行きの宇宙船が作れるかも知れません。しかし期待しないで下さい。可能性の話です」

「騙す気がないのは認めるが子供相手に冷たい言い方だな。意外と嫌われているんじゃないか」

 ジェイスが言うとレナンは微笑んで「嫌われても民衆を導くのが女王の仕事ですから」と答えた。

「大した女王だよ。あんたは」

「ありがとう。トオヤ、自分の生きる道を見つけなさい」

 レナンはそう言うと部屋を出た。

「行くぞ」ジェイスはトオヤの肩を叩いた。

 城を出たトオヤは何気なく振り返った。

 奇妙な色をした空の下で白い城がそびえ立っていた。

「不思議な形の建物だ。俺はアンカムとしてここで生きるのか。アンカム、未知の種族……」

 トオヤは呟いて車に乗った。

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