第5話 激突! アイル戦闘団
午前十二時四十分。防衛省・庁舎A棟・オペレーションルームで、朝霞駐屯地を交えた魔王対策会議が執り行われ、アイル、五郎、心陽も出席した。
『――台場周辺を戦闘エリアとした作戦についてですが、
『木更津からヘリコプター団を出動させ、地上部隊を掩護させます』
『横須賀からは、護衛空母のF−35を
『加えて、多機能護衛艦(FFM)の艦隊を中ノ瀬航路に展開。対障壁ミサイルと
幕僚幹部らが急ピッチで立案した作戦案を述べ、それを大臣らが検討する流れである。
「作戦に参加するヒーローは、ナックル・スター、サン・アロー、ピンポイント、そして私の四名です」アイルが付け加えた。
『作戦は概ね良いが、戦闘エリアはかなり広範囲だ。ナックル・スターを始め、ヒーローたちはどこに配置する?』
『範囲に対してヒーローの数が少なすぎる。体調不良を訴えて参加を辞退する者、音信不通の者も出ているそうじゃないか! 我こそが魔王と戦うと挙手した者は他にいないのか⁉』
虹村官房長官に続く形で、鳩羽総務大臣が指摘した。
ヒーローたちは各自のSNSで、今回の魔王に対する作戦への参加の意思表明を行ったのだが、想定外の相手を前に、全員が集まったわけではなかった。
「魔族だの魔物だのが暴れ出して三十年。ヒーロー庁が設立され、今のヒーローの仕組みができてから二十年だ。悪い意味でみんなそれに慣れてきて、ビジネス感覚でヒーローをやりだす奴も増えてきたって聞くし、それが今回の意志表明で露呈したようだな……」
と、職員が隅で囁いているのを耳にしつつ、アイルは虹村官房長官の発言に応じる。
「我こそは、という声は多く挙がりましたが、今回は無駄な犠牲を避けるためにも、作戦に最も適した者のみを起用する形を取りました。スターは魔導ブースターによる超音速での移動が可能なので、戦闘エリアのほぼ全域をカバーできます。他の者については、個々人の得意な魔法に合わせた配置を私が指示します」
「選ばれなかったヒーローも、警察と共同で国民の避難活動に参加させています」
五郎が添えた。
『……高峰さん。いや、ナックル・スター。日本を守ってくれるか?』沖田首相の声。
「はい、総理。全力で臨みます!」
心陽は眉宇を引き締めて頷いた。
「まとめますと、部隊の総称を【アイル戦闘団】とし、前線指揮所は芝浦海岸・ケープタワーに設置。前線指揮はアイル意見役と
富岡副防衛大臣が、沖田首相に確認する。
『よし、準備を始めてくれ。どれくらいでできる?』
という沖田首相の問いには、統合幕僚長が答える。
『自衛隊法の改定に伴い、装備の見直し、配置変更などが行われたこともあって、戦車大隊は都内の地下ベースから出動する流れとなりますので、九十分ほどで展開が完了します』
『わかった。鈴木警視総監、民間人の避難誘導と確認も徹底してくれ』
『わかりました、総理』
『一つ進言させて頂きたく思います。準備開始に際し、日本国民へ向け、そして世界へ向けて、アイル意見役から激励の言葉を頂戴できればと思うのですが、いかがでしょうか?』
『賛成です。今回は前例の無い、国の威信が懸かった作戦で、世界中が注目します。作戦に参加するヒーローや隊員の士気を高めるためにも、ぜひやるべきです』
と、虹村官房長官と石井補佐官が言った。
『アイル君、いいかね?』
「私でその役が務まるのであれば、引き受けさせて頂きます」
沖田首相に聞かれ、アイルは首を縦に振った。
☆
午後一時二十分。(魔王による攻撃開始まで、残り五十二分)
防衛省の儀仗広場には、集結した自衛官たちと、駆け付けたヒーローが整列していた。
彼らが傾注する先で、アイルが壇上に上がる。
心陽はそんなアイルを、学校から直接ここまで来たというキリエや誓矢と共に見守る。
魔族・ドリィの話を信じるところから始まったこの状況は、未だどうなるかわからず、緊迫したままだ。
集った者たちの顔にも、不安や恐怖が否応なく貼り付いている。
「私は十五歳でこの世界へ転移してきて、もう彼此(かれこれ)三十年になる。諸君らに話すのは初めてだが、私が元居た世界は、魔王によって滅ぼされた」
皆、互いに顔を見合わせたりと、僅かなどよめきが起こる。
「私は世界が終わっていくのを目の当たりにし、それから日本へ来て、気丈に振舞う裏で、生きる目的を見失いかけていた。だが、そんな私に共感し、痛みを分かち合う者がいてくれたおかげで、今の私は目的をもって生きることができている」
広場の数多の視線が、そして、カメラ越しに世界中の視線が、アイルへと注がれ続ける。
「そうして私を支えてくれたのは誰か? 二人いる。一人は
勇太のためならば、不老の命を賭して戦う覚悟で、アイルは語る。
「諸君らはそんな私と共に、もう間もなく、今世紀最大の作戦に身を投じることになる。山田勇太という一人の少年が肝要(かんよう)の作戦だ」
アイルは、場の空気がヒリヒリと張り詰めているのを感じるも、怯まない。
「彼の存在によって、ヒーローという言葉は今日、新しい意味を持つ。山田勇太は己の過去を背負い続け、誤解と嘲笑の中、己を見失うことなく、大切な人のために戦うべく立ち上がる」
アイルの意志は固く、眼差し遠く、眉宇は引き締まり、肉声強く、腹の底より出でる。
「今日は奇しくも七月一日! 新しいひと月の始まりだ! 諸君らは新たに始まる日々を、山田勇太と一丸となり、魔王という侵略者の手から守るために戦う!」
彼女の声に感化されたか、人々の顔に覚悟の色が現れる。
口を引き結び、溢れ出んとする恐怖を抑えつけ、断固たる意志を秘めた勇壮たる表情。
「皆に平等に訪れる時間を、平等に生きる。山田勇太がその権利を侵略者から勝ち取ったなら、ヒーローという言葉は、活躍する者というだけでなく、自分の想いに純粋で、その想いを守り貫く者の意として記録されるだろう!」
勇太くん。聞こえる?
みんな、あなたのことを信じて、待ってるよ?
と、心陽は念じる。
わたしも勇太くんのこと、信じてるから!
「山田勇太が戦う限り、我々は負けない! 必ず勝利し、生き続ける! それが今日ッ! 山田勇太という少年が、断固たる意志で立ち上がる日に起こることだッ!」
アイルの演説に、その場だけではなく、世界中の視聴者が盛大な拍手を送った。
☆
二〇〇二年から現在(二〇三〇年)までの間に、都内の数十ヵ所に渡って造られた、戦車・自走砲地下格納庫から、二百
異世界災害への即応力を上げるために取られた処置が、首相の決断によってヴェールを脱いだのだ。
テレビ局がドローン総出で決戦準備の様子を動画に捉え、世界へ向け発信。
その様子を携帯で見ながら、ヒーロー名=【ピンポイント】ことキリエが口を開く。
「やっぱり、わたくしの勘は当たっていましたわね」
「え?」
東京ビックサイト・会議棟の屋上から東京湾を見張る心陽が、隣に立つキリエに振り向いた。
ウェーブ掛かったライトグレーの長髪を潮風に靡かせ、ライダースーツを思わせる、ピンクを基調としたスリムなヒーローコスチュームに身を包むキリエ。彼女の両手首には、射撃のターゲットマークそっくりな円形のマークが取り付けられてあり、彼女の魔法が照準にまつわるものであることが窺える。
「わたくしは防衛省に行く前、学校であなたの動画も見ましたの。転生人(てんせいびと)だったことにも驚きましたけれど、一番驚いたのは、あなたの殿方というのが、あの小さな――」
「み、見たんだったらそれ以上言わないでいいでしょ! 否定はしないから」
両手を振り振り、慌てふためく心陽。
「彼、まだ寝たままなんですの?」
「うん……」
視線を落とす心陽。
「眠れる森の美女。――その逆バージョンをやるしかありませんわね! あなたが彼にキスをするんですの!」
「な、なに言ってるの! もうすぐ作戦始まるんだよ⁉」
「乙女たるもの、いつ如何なるときであろうとも、情熱とロマンを忘れてはいけまんわ! 魔王などワンパンで倒して、殿方を起こして差し上げなさいな。わたくしの魔法は、あなたのワンパンのためにあるんですから」
人類の存亡を懸けた戦いを前に、微塵の怯えも感じさせないキリエ。
「ほんと、マイペースだね。キリエは」
エルフの友人に勇気をもらって、心陽は思わず、困ったような笑みを溢した。
そしてできることなら、自分が起こされる側が良いと思った。
☆
午後二時十二分。(魔王による攻撃開始時刻)
「ときは来た。一度しか聞かぬ。山田勇太はどこだ?」
東京湾一帯へ魔王の声が響き渡り、その巨体を中心に、さざ波が波紋の如く広がる。
『魔王に注ぐ。山田勇太は我が日本国民の一人であり、差し出すわけにはいかない。これに対し、そちらが敵意で以って攻撃に臨むなら、我々も武力で以って防衛措置を取る!』
魔王へ向け、首相官邸の沖田総理の声が、コミュニケーション・ドローンから発せられた。
その様子を、アイルは芝浦海岸・ケープタワー屋上の前線指揮所から見守る。
「この世界の人間も愚かであったか。この魔王に逆らうことの罪を、身を以って知るがいい」
低くおぞましい魔王の声が、ドローンの動画によって世界中へ轟く。
「魔王から大規模魔力反応あり! 何らかの魔法を使う模様!」
魔力レーダーを睨む自衛官が声を上げた。
「各隊、報告!」
アイルの隣に立つ宮木大隊長が無線で言うと、各方面で配置についた部隊から返信。
『護衛空母第一飛行隊、横須賀離陸
『戦車大隊、攻撃準備よし』
『特科連隊、攻撃準備よし』
『飛行ドローン群、攻撃準備よし』
『ヒーローチーム、戦闘準備完了です!』
『第一から第五ヘリ小隊、現着。
『護衛艦隊、展開完了。攻撃準備よし』
『偵察ドローンによる威力偵察、準備完了』
東京湾上空から無数のジェット音。
計二十機の戦闘ヘリに加え、さらにその上空で旋回するF35の編隊が発する高音だ。
「首相。戦闘準備完了です!」
と、大柄な宮木隊長が、精悍な浅黒い顔を東京湾の方へと向ける。
『国民の避難も完了との報告を受けている。魔王がその気なら、徹底的にやってくれ!』
沖田首相が言った直後、東京湾の方からダンプカーほどもある黒い球体が飛来。新木場周辺の空をとてつもない速度で通過し、アイル戦闘団が陣取る遥か北東――東京スカイツリーへ。
「心陽! スカイツリーだ!」
『っ⁉ りょうか――』
アイルと心陽の通信を遮るほどの爆発音が墨田区方面から轟き、次の瞬間、スカイツリーの巨塔が傾ぎ始めた。
「そんなのありか⁉」青ざめた通信士が溢す。
唖然として見つめるしかないアイルたちの視界を、有明の方から飛来した白い光が横切る。
瞬間、超音速のロケット噴射音が到達。アイルたちの耳を劈(つんざ)いた。
「心陽、頼む! 間に合わせろ!」
『はい!』
アイルのインカムに、心陽の声が届く。
ドゴォ! という、重厚な衝突の如き音が響き渡り、真ん中辺りから直角に折れ曲がったスカイツリーの動きが止まった。
『――っく! ぐぅううううううううう‼』
心陽の唸り声。恐らくは彼女がスカイツリーの倒壊に間に合い、下から支えているのだ。
「ナックル・スター、ゆっくりだ! 北十間川(きたじゅっけんがわ)にゆっくり降ろせ!」
宮木大隊長の指示が飛ぶ。
前線指揮所の屋外モニターに、心陽のところへ遅れて現着したドローンからの映像が映る。
アイルたちがそのモニターを見守る中、心陽はスカイツリーの上半分を、川へ寝かせるように降ろしていく。
「対策室へ、こちら前線指揮所(CP)! 魔王による攻撃を確認! これより反撃を開始する!」
宮木大隊長は心陽をアイルに任せ、部隊に指示を出す。
「各隊に通達! 防衛作戦を開始する! 射撃開始!」
「各隊指揮官、こちら前線指揮所(CP)。防衛作戦を開始。射撃開始。繰り返す、射撃開始。送れ!」
通信士が復唱し、戦いの火蓋が切って落とされた。
湾内に
矢の如く突き刺さる弾丸、数十回に及ぶ爆発を受け、しかし魔王はビクともせず、その巨体を再び動かし始めた。
『前線指揮所(CP)、こちら第一ヘリ小隊。二〇ミリ弾、魔導弾、すべて命中。目標、魔法障壁と思しき防御膜を展開中! 送れ』
前線指揮所(CP)のモニターにも、魔王の様子が映し出される。
黒き鎧で覆われた巨体に弾丸が着弾する度、半透明の膜のようなものが黄緑色の光を放ち、爆発のダメージを軽減、分散させている様子だった。
「威力偵察第一波展開中。目標の移動再開を確認。目標は健在。攻撃の効果を認めず!」
遠隔で偵察ドローンを操縦する観測員が報告。
「こっちに来るか。戦車大隊、彼我の射程が詰まり次第、射撃せよ!」
宮木大隊長の指揮が続く中、アイルはドローンの映像から、心陽がスカイツリーを無事に降ろすのを確認する。
「心陽⁉ 大丈夫か⁉」
『な、なんとか、できました!』
川沿いの車道に着地して、肩で息をする心陽。
「魔導ブースターの残量に気をつけろ? 使い過ぎると、お前の力技が出せなくなる!」
『了解。まだまだ平気です!』
心陽が顔を上げた次の瞬間、
『目標、海中より大きく跳躍ッ! 海の森公園に着地ッ!』
「なんだと⁉」
観測士の突然の叫びに、前線指揮所(CP)にいた全員の視線がモニターへと向けられた。
海の森公園は、東京ビックサイトから東京湾を一・五キロほど南下した場所に広がる埋め立て地の広大な公園で、第一防衛ライン――
「魔王め。たった一度のジャンプでそこまで飛ぶのか!」
『わたしが行きます!』
唇を噛むアイルに心陽が言う。
「待て心陽。まだ奴のステータスが見えてこない。自衛隊の火力で分析を続ける!」
アイルはそう返し、宮木大隊長に頷く。
「こちら前線指揮所(CP)。作戦をフェイズ2に移行! 戦車大隊、特科連隊は直ちに射撃! 送れ」
『了解、こちら戦車大隊。各車、射撃開始! 射撃開始!』
『こちら
『距離よし。撃て!』
戦車大隊の隊員たちの声が無線越しに響く。
着地後すぐさま立ち上がった魔王目掛け、第一防衛ラインの新木場若洲線、第二防衛ラインの湾岸線に展開する戦車大隊が砲撃を開始。
合わせて葛西、若洲、有明、台場、品川シーサイドに展開する一九式自走榴弾砲が砲撃。
数百の砲弾が魔王に集中。魔法障壁発動時の黄緑の波紋が、巨体の上半身で光り続ける。
そこへさらに、
『弾着十秒前……八、七、六、五、四、三、弾着、今!』
観測員の声の直後、海の森公園から移動を開始した魔王の巨体に、空から榴弾とロケット弾の雨が注ぐ。
爆炎に次ぐ爆炎が、魔王の巨体を赤と白の光で包み込んだ。
「威力偵察班、状況を報告せよ」
『戦車大隊、特科連隊、攻撃続行中。爆炎にまみれ不明瞭ですが、目標は尚も健在の模様』
通信士と観測員のやり取りを聞いて、宮木大隊長が拳を握りしめる。
「くそ! どの弾頭も障壁貫通の魔法付きだぞ! なぜ効かない⁉」
「魔王の魔法障壁が強固すぎる。文字通り規格外のレベルってことだ……」
と、唇を噛むアイル。
自衛隊の魔導兵器は、防衛省に魔法の知識と技術を提供したアイルの魔法障壁を基準に製作されたものであり、それを遥かに凌駕する魔力を持った相手の場合、狙い通りの効果が得られないことを意味する。
「まだ終わらんぞ! こちらには
「心陽聞いたな? 宮木大隊長が口にした対障壁ミサイルは、魔法障壁を、それの耐久度を上回る衝突エネルギーで貫通するという榴弾の考え方から、一変して造られたものだ。魔法障壁と喧嘩することなく、弾頭に仕込まれた私のお札によって別の魔法作用を起こし、中和して消滅させる仕組みになっている。お前の出番は、このミサイルで魔法障壁が相殺された瞬間だ!」
『了解!』
アイルの指示に、心陽が答える。
「戦車大隊第一班、こちら
『こちら第一班。
通信士の声に被さるように、空に航空機の爆音が響き渡る。
『こちら護衛艦隊、
護衛艦隊旗艦・上総の艦長が言った数秒後、
F35による攻撃が始まる。対障壁ミサイルによる、糸目をつけぬ連続爆破。
眩い閃光を伴う大火炎が魔王の上半身を包み込み、爆音と衝撃波が広がった。
「――ほぅ? 少しはやるようだな」
不意に、魔王がそう口にした。
爆炎が包み込んだ魔王の上半身――その頭部から胸まわりにかけて、黄緑色の魔法障壁が輝いていたが、それらの膜がじわりじわりと、解けるようにして消失したのだ。
「褒美に、さらなる破壊をくれてやる」
魔王がその両腕を広げ、天を仰ぐ。すると、その巨体の頭上に、さきほどスカイツリーを倒壊させたものと同じ
それらがすべて放たれれば、さすがの心陽も対応できない。
『威力偵察第三派より
『魔王、新たに黒球を展開! 攻撃してくる!』
隊員たちの声が飛び交う。
「心陽、今だ! ぶちかませ!」
アイルが叫んだ。
☆
「はぁあああああああああああああああああああッ‼」
心陽は、魔導ブースターを全力で噴射。魔王目掛け一気に飛び込んだ。
魔王は黒球を一度キャンセル。右手で打撃を繰り出し、心陽を真正面から迎え撃つ。
心陽の視界を魔王の拳が塞ぎ、彼女の細く小さな拳と激突。衝撃波が散った。
「まだまだ!」
心陽は己の拳と魔導ブースター、それぞれに魔力を増強。魔王の拳を押し返し、その拳を魔王の右頬に叩き込んだ。
メキバキ! と、骨が砕けるかのような音が響き、魔王の右頬が歪む。
ここへ来て初めて、魔王の姿勢が大きく仰け反った。
「――らぁッ!」
心陽は続けて、中段蹴りを魔王の側頭部に打ち込む。衝撃波が魔王の頭部を駆け抜け、反対側の側頭部から弾ける。金属を殴りつけたような反響音がこだました。
心陽が蹴りを打ち込んだ兜――右側頭部が小さく陥没。魔王の頭部全体がさらに傾ぐ。
今度は兜の左側頭部に一本の矢が命中。長さ一・七メートル、太さ十センチを誇るその巨大な矢は命中と同時に魔法陣を展開。傾いだ魔王の頭部を元へと戻していく。
『今のところ、アイルさんの作戦通りだな』
心陽のインカムに、誓矢の声がした。
自走榴弾砲部隊と共に品川シーサイドに陣取っていた誓矢が、魔力を込めた矢を放ったのだ。
『その僕の矢は標的に命中すると、ぐいぐいと押し込む。スターの打撃と押し比べといこう』
「援護感謝です! サン・アロー」
魔王の右側頭部に滞空する心陽は、魔法陣による足場を展開。その上で呼吸を整えつつ、両腕を腰溜めに構え、瞬間、凄まじい威力の打撃を打ち込み始めた。
合わせるように、魔王の左側頭部に、追加の矢が立て続けに命中。心陽の打撃で傾ごうとする兜を押し戻し、位置を固定。打撃が最大威力で命中するよう仕向ける。
「わたしがわかるか、魔王! ココという少女を、覚えてるか!」
心陽は怒りを乗せた拳を放つ。
兜の右側頭部がさらに陥没。サン・アローの矢の力に押し勝ち、魔王の頭が徐々に左へと傾いでいく。
「――ユータンという戦士を、覚えてるかッ!」
爆発音。心陽の
☆
「皆さーん! 狙い澄ませば誰もが釘付け! 美麗ヒーロー・ピンポイントですわ! 今回の敵はなんと、ゲームでもお馴染みの魔王ということで、わたくしピンポイントも命懸けの出動ですの! 見てくださいあのバカでかいボディーッ!」
東京ビックサイト・会議棟の屋上で、狙撃手よろしく足を九十度に開いて俯せる、美麗ヒーロー・ピンポイントこと、キリエ。
中継のために飛来したテレビ局のドローンへ向けたファンサービスも欠かすことなく、しかし意識は前方に聳え立つ魔王から外さない。
手首に装着した魔導具=ターゲットマークをガシャリと起こし、その手を標的へ向け、マークの中心を覗き込む。
「魔王とやら、今の気分はいかがですの? あなたの上半身を集中狙いする作戦は、わたくしがアイルさんに進言したものでしてよ?」
言って、ぺろりと舌を出すキリエ。彼女は瞑想によって魔法微生物(マジカリアン)たちと感覚を共有。言葉こそないものの、魔法微生物たちの訴えが【勘】となって沸き上がり、狙うべき場所を察知するという、特殊な魔法を持つ。故に、相性の良いサン・アローと合わせる形で、ヒーローチームに選抜されていた。
「魔王の心臓の部分は、なにやら不明な黒い靄に包まれているイメージが出てきて、嫌な感じでしたの。だからわたくしは、そうした嫌な感じがしない頭部や背面、腹部などの上半身を進言しましたの。今回の作戦は、わたくしナシでは成立しませんでしたのよ? おーほほほ!」
キリエが高貴な笑いを響かせた、そのときだった。
「――っ⁉」
ドクン! と、キリエの胸が強く脈打ち、体内を巡る魔法微生物(マジカリアン)たちが魔力を生成。勘という形でキリエに訴えかけてきた。
【危険だ】と。
はっとしたように、キリエは再度、ターゲットマークの中心を魔王の頭部に合わせる。
「やっちまったですの!」と、キリエは唇を噛んだ。
頭部は狙うべき真の
だが、魔法障壁が消え、魔王の兜に穴が開いた今、
そこには
「心陽さん! ダメですの!」
キリエがインカムに向かって叫ぶのと、心陽が魔王の兜――その右側頭部を強引にこじ開けたのは同時だった。
☆
「魔王! 覚悟!」
心陽は魔王の兜をこじ開け、身構えた。
だが、兜の中は
『心陽さん! ダメですの!』
「――え?」
インカムから響くキリエの声に、心陽が一瞬気を取られた次の瞬間。
「小賢しい虫よ、気は済んだか?」
魔王の左手が心陽を鷲掴みにし、草木が生い茂る海の森公園へと叩き落とした。
「ぐぁッ⁉」
心陽は地面へ背中から激突。衝撃波が拡散。クレーターが穿たれた。
心陽たちの与り知らぬところで、テレビ番組で戦いを見守る司会者が悲鳴を上げ、世界中の人々が目を覆った。
「今度は、俺の番だ」
魔王の声が天に轟き、巨大な足が持ち上げられ、そのブーツの底が心陽に踏み下ろされた。
「くッ!」
どうにか立ち上がった心陽は片腕で足を受け止め、そこにもう片方の腕で打撃を見舞う。
鈍い衝撃音が広がり、魔王の足が僅かに押し上げられた隙に、心陽は転がり出た。
「貴様、ココと名乗ったか?」
心陽を見下ろす魔王。
「知らぬな。そんな者」
ギリ。と、心陽は歯を食い縛り、渾身の魔力を右の拳に込め始める。
心陽を中心に吹き広がる風に草木が靡き、地面が揺れた。
「ナックル・バスター!」
心陽は魔導ブースターで飛び上がり、最大の一撃を再び打ち込む。
魔王が構えた左手を、有無を言わさず突き破り、頭部目掛けて一直線に。
瞬間、魔王の兜全体が眩い爆発に包まれた。
多くの者に、魔王を撃破したと思わせるほどの爆発だった。
しかし。
「弱き者ほど群れる。弱き者ほど足掻く。どの世も同じなら、俺がやることもまた同じ」
魔王は、頭部を失ってもなお、大地に立っていた。
「――な⁉」
心陽は未だ健在の巨体を上空から見下ろし、思わず後退する。
そんな心陽の前で、魔王の鎧――その左胸部が上下に開き、内部に覗く筋繊維と思しき身体の間から、棺にも似た大きな箱が、ずるりとせり出してきた。
ヘドロのように不気味な黒紫の体液にまみれた箱が、紫色の蒸気を噴出させて分解。
そうして箱の中から、心陽の心に深く刻まれた壮絶な記憶に合致する、本来の魔王が姿を現した。その兜の眼孔からは、目と思しき赤い光が覗く。
『心陽さん! 一旦退却ですの!』
『おい! なにが起きてるんだ⁉』
と、インカムからキリエと誓矢の声がするが、心陽は答える余裕もない。
「愚か者には、俺が直に手を下す」
魔王は巨体の肩の上でマントをはためかせ、全身に闇色の暗きオーラを纏い、右手を頭上に、左手を腰の前に、縦一直線となるよう構えると、同時に半円を描くように動かし、位置を入れ替えた。
あの構えは――ッ!
「前線指揮所(CP)! 各隊に退却命令を!」
心陽がインカムに叫んだ、その刹那。
「アイ・ラブ・ジュ!」
魔王がそう言い放ち、世界の時が止まったかのような沈黙が広がる。
魔王の鎧――その両腕側面に描かれた【I・LOVE・呪】の紋様が、炎の如き赤い光を放った。
次の瞬間、各方面に展開していた戦車や自走榴弾砲の車両、空中のドローン、戦闘ヘリ、戦闘機までもが、突如として黒い炎に包まれた。
『緊急! 機体に着火!
『
インカム越しに、隊員たちの悲鳴が上がる。
有明一帯に、数多の爆発音が轟く。次いで、立ち昇り始める数多の黒煙。
それだけではなかった。江東区、港区、品川区の海沿いに面する広範囲の建物にも黒い炎が生じ、瞬く間に燃え広がり始めたのだ。
「――邪魔だ」
と、魔王は振り向くことなく、片腕を南方――東京湾へと向け、ぐっと握りしめた。
すると、海上に展開中だった護衛艦隊――その全艦が空中へと持ち上げられ、エンジン部が爆砕。続けて、船体が海面へと真っ逆さまに墜下した。
『総員退避! 退避しろ!』
宮木大隊長の声。
飛び交う緊迫の無線。戦闘エリアに広がる大火災。
それを動画で見守る人々のコメントも、戦慄に溢れかえる。
《ヤバすぎるだろ》
《アイラブジュって、なんで地球の言葉?》
《そんなん気にする場合か》
《うわああああああ》
戦闘エリアの至る所で立ち昇る黒煙が、青空の半分を覆い隠す。
かつて
魔王の、たった一度の魔法詠唱。それだけで、戦局が逆転していた。
『大丈夫ですか⁉ しっかり!』
と、救助活動に追われる誓矢の声。
『なんてこと! わたくし、とんでもない勘違いを……』
初めて聞く、キリエの怯えた声。
「ピンポイント! あなたは悪くない! 気をしっかり持って、わたしを援護して!」
誰もが絶望に心を蝕まれる中、心陽は気迫に満ちた声を上げた。
そうだ。負けるな! わたしはもう、昔のわたしじゃないんだ!
そんな心陽の脳裏には、勇太の姿。
そこへ、遠くの空から一機のヘリの音が聞こえてきた。
心陽が振り向くと、アイルがヘリから空中に身を躍らせたところだった。
「アイルさん!」
心陽が咄嗟に抱き止めようとするが、アイルは両足の下に魔法陣を生じさせ、空中に着地してみせた。
「前線部隊は壊滅だ。もう私たちしかいない」
「はい……」
『アイルさん! こちら川本! 聞こえるか⁉』
「ああ。聞こえる」
『また想定外の事態だ! 我々の戦局を陰で見ていた米軍が動き出した! 今首相たちが交渉中だが、彼(か)の国は核兵器を撃ち込もうとしている!』
川本の声に、心陽とアイルは焦りの顔を見合わせた。
「なにを馬鹿な⁉ 核の影響範囲には、多くの避難場所も含まれるんだぞ⁉」
『だから今、首相たちが時間を稼いでる! 彼の国が強硬手段に出る前に、なんとかして魔王を倒さなくてはならない!』
アイルと同様に、川本の声にも焦りと思しき震えが混じる。
「俺に逆らう愚か者どもには、我が呪いをくれてやる」
魔王の圧倒的な存在感が、心陽たちを重圧で包囲した。
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