5 浮気相手②

「えっと……、話ってなんですか? 柏木さん」

「さっきからずっとテンションが下がってるように見えたけど。もしかして、あの人のせいかな?」


 そう言いながら、さりげなく俺の顔を触る柏木。体が固まってしまう。

 それにすぐ目の前に柏木の顔がいるから……、目をどこに置けばいいのか分からない。いつも図書館の隣席、あるいは向こうの席に座っていたからさ。こんなに近いところで目が合ったのは初めてかもしれない。


 これ……、図書館で手が触れた時と全然違う。なんか、すごく恥ずかしい。

 そしてちらっと彼女を方を見た。早く何か言わないと———。


「え、えっと……。あの人って……、誰……ですか? よく分かりません」

「下駄箱の前で話していたよね? あの人と……」

「もしかして、北山のことですか?」

「そう……。何を話していたのかは聞こえなかったけど、元カノの浮気相手だったよね? 北山涼太は」

「…………」


 どうしてそんなことまで知っているんだ……?

 じゃあ、七瀬も……それを知っているのか? 柏木と七瀬、俺はこの二人と今までちゃんと話したことがない。なのに、この二人は俺に何があったのかちゃんと知っている。そして澪の浮気相手まで知っている。その目を見て、どうすればいいのかしばらく考えていた。


「…………」


 うわぁ、頭の中が真っ白になっている。


「し、知ってましたか」

「うん。いつも青柳くんとくっついていたあの女が他の男とくっついていたからね」

「バレバレだったのか、見ればすぐ分かることだったのか……」

「あっ、そうだ。私の話は考えてみた?」

「ああ、一緒に勉強をしようってことでしたよね。はい! 実はすぐ返事をするつもりだったんですけど———」

「どうしてしなかった?」

「なんか、忙しそうに見えて学校で話した方がいいと思いました……」

「そう? そんなこと気にしなくてもいいよ、青柳くん」

「はい……」


 柏木に言われた通り、俺はあの人たちを早く忘れなければならない。

 どうせ別れたからワンチャンとかあるわけないだろ。

 でもさ、ずっと好きだった人が急にいなくなるとやっぱり耐えられないな。澪が俺のすべてだったのは否定できないからさ、そんな彼女がいなくなった今の俺は……どうすればいいんだろう。


 心に穴が空いたような気がして、つらい。


「また……、元カノのことを考えているの? 青柳くん」

「い、いいえ……」

「嘘。見れば分かるから、私には嘘つかないで。私はをつく人大嫌いだから」

「あっ、は、はい……。すみません」

「でも、青柳くんの気持ちを分からないとは言えないから、今度は許してあげる。そしてまた寂しくなったら私に連絡してね。電話をかけてもいいし、ラインをしてもいい。分かった? 私にちゃんと話すんだよ」

「ど、どうして……! 俺にそこまで優しくしてくれるんですか? 俺は———!」


 すると、俺の頭を撫でてくれる柏木だった。

 いや、一体なんなんだよ……。どうして俺が柏木に頭を撫でられて、慰められて、そして寂しくなったら連絡してもいいって言われているんだろう。嫌とは言えないけど、こんなことをされるとさすがに頼りたくなる。


 馬鹿馬鹿しい、何を考えているんだ。俺ってやつは。


「それは後で話してあげるから、今は聞かないで。青柳くんはいい子だから私の話、聞いてくれるよね?」

「は、はい……。てか、子供じゃあるまいし……! あ、頭を撫でるのはやめてください」

「嫌だった……?」

「そ、そういう……意味じゃないです。と、とにかく! 勉強の話をしましょう! そろそろテストですよね? えっと、勉強! いつもの通り……、図書館でするんですよね?」


 そしてじっと俺を見つめる柏木が何かを考えているように見えた。

 その間、俺はゆっくり息を吐いて、冷静を取り戻す。

 てか、あの氷姫に頭を撫でられるなんて、これで二回目か。まさか、俺……ペット扱いされてるのかな。そして柏木は表情の変化がほとんどないから感情が読めないっていうか、顔を見るだけじゃ全然分からない。


「…………」


 今の俺に分かるのは、怒っていないってことくらいだった。

 やっぱり、女の子は難しいな……。澪と付き合って女の子について少しは分かったと思ったけど、まだまだだった。


 凍りついたその表情を見ると、やっぱり氷姫だなと思ってしまう。

 そのままちらっとスマホをいじっている柏木を見た。


「カフェはどうかな?」

「カフェ……、いいですね。じゃあ、学校が終わった後……」

「あっ、今日もダメ。予定があってすぐ帰らないといけないの。今週の土曜日はどうかな? 空いてる?」

「は、はい! 空いてます」

「じゃあ、私の方から連絡するからちゃんと返事して。青柳くん」

「は、はい!」

「話はここまで、そろそろ戻ろう」

「は、はい!」


 ずっと緊張していて、やっとあのプレッシャーから解放されたような気がする。


 ……


 なんか、不思議だ。俺があの柏木と並んでいる。

 そして一緒に廊下を歩いているだけなのに……、周りの人たちにめっちゃ見られている。こそこそ話しているのも感じられる。やっぱり、柏木は学校の人気者だったんだ。知っていたけど、今まであまり気にしていなかったからさ。すぐそばで見ると、「綺麗」その言葉しか出てこない。本当に綺麗……。


 そしてみんなに誤解されたらどうしようと俺一人だけすごく心配していた。

 またプレッシャーを感じる。


「あはははっ、そうなの? おもしろ〜い」


 その時、廊下でクラスメイトたちと話している澪の声が聞こえてくる。

 でも、そこには澪だけじゃなく、北山涼太も一緒にいた。そしてさりげなくくっついている。


 廊下でくっついている。

 目を離せない———。


「…………」

「———くん」


 うわぁ、俺は本当にどうしようもないやつだ。

 その笑顔を見て……、すぐ澪とあったことを思い出してしまう。


「———くん? 青柳くん」

「えっ? はい。ど、どうしましたか?」


 そして柏木が何も言わず……、俺の手を握ってくれた。


「えっ!? あっ、その……。えっ? ど、どういうこと? えっ?」

「手が冷えている……」


 それと手を握ることと関係あるのか? 一瞬、頭の中が真っ白になってどうすればいいのか分からなかった。頭を撫でてくれた後は、手を握ってくれるのか? どうして? なぜか、声が出てこない。そしてそのままじっと俺を見つめる柏木だった。


「入ろう、青柳くん」

「は、はい……」


 柏木と手を繋いだまま、彼女は俺を教室に連れていった。

 手を……繋いだ。柏木と———。


「涼太くんは今日予定あるの?」

「…………」

「涼太くん?」

「あっ、う、うん? 何? ぼーっとしてた。ごめんね」

「もう〜!」


 二人が教室に入る前、涼太がちらっと手を繋いでいる二人を見ていた。

 そして自分の方を見ている愛菜と目が合う。


「今日はううん……、予定があるからダメだね。大事な約束があるからさ」

「へえ……」

「ごめんね〜。澪ちゃん〜」


 そう言いながら澪の頭を撫でる涼太だった。

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