4 浮気相手
翌日の朝、俺はコンビニで買ったパンを食べながらゆっくり学校まで歩いていた。
そして昨日は柏木と七瀬に慰められたけど……、やっぱり一人暮らしをしているからか。家に帰って、薄暗い部屋で一人になるとまた嫌なことを思い出してしまう。そういうのは早く忘れた方がいいって言われても、俺はそうできなかった。
どうやら、時間がけっこうかかりそうだな……。
でも、悪いことばかり起こってるわけじゃない。
クラスメイトたちと全然話さないあの柏木に「一緒に勉強しよう」って誘われたからさ。そろそろテストの時期だし、成績のいい柏木と一緒に勉強をするのは正直良いチャンスだと思う。知らないことをすぐ聞けるから。
そして昨日電話を切った後、すぐ柏木に返事をするつもりだったけど、なんか恥ずかしくなって結局学校で話すことにした。
時間も遅いし、それに忙しそうに見えたからさ。
そういえば……、俺……七瀬のラインにも全然返事してないよな。
いろいろ話してたけど……、何を言えばいいのか全然分からなくて返事するのを諦めた。
そして下駄箱の前に着いた時、誰かが俺の背中をつつく。
「薫〜」
「うっ———」
やばっ。パン咥えていたのをうっかりして、そのまま床に落とすところだった。
すると、さりげなく俺のパンを食べる七瀬。取られた……。てか、それ食べかけのパンだけど、なんで美味しそうに食べてるんだろう。そして食べるんだったら、口をつけたところじゃなくて反対側を食べた方がいいと思うけどな……。
「美味しい〜。私もこのパン好きだよ〜?」
「そうですか? それはよかったですね」
そしてこっちを見てニヤニヤする七瀬に、どう反応すればいいのか分からない。
「…………」
「ねえ、薫はドキッとしないの?」
「えっ? どうしてですか?」
「間接キスでしょ? 今の……」
「ああ……、お願いしますからそんな恥ずかしい発言はやめてください」
「なんで〜?」
「おっ? あかりちゃん〜。こんなところで何してるの?」
その時、あの人が七瀬に声をかけた。
そう、昨日下駄箱の前で澪とくっついていた浮気相手。そして近いところで見るとなぜか納得してしまう。平凡な俺と全然違って、イケメンとしか言えないほどカッコいい人だったからさ。そして偏見かもしれないけど、女の子は多分あんな顔が好きだと思う。
アイドルみたいな顔———。
「あっ、先輩! おはようございます!」
「隣の人は?」
「あっ、薫ね! 薫は私の友達!」
「そう? よろしく、俺は二年六組。
「あっ……、はい。二年一組……青柳薫です」
どういう状況だ……、これ。
どうして俺が澪の浮気相手と挨拶をしているんだろう。
でも、七瀬がこの人とけっこう仲良さそうに見えて、一応あの時のことは言わないことにした。
「あれ? 二年生? あかりちゃん、二年生にため口で話してたの?」
「うん! 薫とは同じ中学校出身だからね! 私たち仲がいいの、すっごく!」
「そうなんだ……。じゃあ、俺は先に行くから」
「うん!」
北山の姿が消えた後、やっと息ができる俺だった。
吐き気がして、ずっと我慢していたからさ。
消せない。二人がラブホに入るあの時の記憶を消したいのに、どうしても消せないから……、その場で精一杯我慢していた。我慢するだけだった。
そして俺の腕をつつく七瀬。
「薫! どうしたの?」
「い、いいえ……。ちょっと……、あっ。あの……、七瀬さんは北山さんと仲がいいですか?」
「ううん……。仲がいいっていうより、同じテニス部だったからね! 私はあまり興味なかったけど、先輩の方から声をかけてきてたまに挨拶をする関係になったの」
過去形……? そういえば、澪も……テニス部だったよな?
今もテニスやってるのか分からないけど、付き合っていた頃には部活が終わるまで待っていたからさ。
「そうですか、カッコいい人でした」
「そう? 確かにあの先輩は女の子にめっちゃ人気あるけど、私は……薫の方がもっとカッコいいと思う!」
にっこりと笑う七瀬がさりげなく俺のことを褒めてくれた。
なんだろう。後輩にそんなことを言われるほど、俺……可哀想に見えるのかな。
でも、そう言ってくれて嬉しかった。
「じゃあ、後でそっち行くからね〜。薫〜」
「はいはい……」
「そしてパン! ありがとう〜」
「…………」
あのパンは半分しか食べてないけど、全部持っていくのか……。
まあ、七瀬は電車に乗って学校に来るから朝ご飯を食べる暇がなかったかもしれない。それは仕方がない。あげよう……。
(七瀬) 言うの忘れたけど、ラインの返事もちゃんとしてね!
(薫) はい、すみません……。
……
そして席に着いた後、すぐ机に突っ伏した。
ずっと澪だけだった俺に……、友達なんかいるわけないからさ。
それに柏木もまだ学校に来てないからそのままじっとしていた。
「…………」
北山涼太だったっけ。
浮気現場を自分の目で見た時は相手の名前がずっと知りたかったけど……、名前を聞いた今は一秒でも早くその名前を忘れたかった。いけない、感情のコントロールができなくなる。そしてあの人……、俺を見て全然動揺しなかった。澪とラブホであんなことまでしたのに、俺の前で笑っていた……。あの人———。
「うっ……」
「大丈夫? 青柳くん」
その時、そばから女の子の声が聞こえてきた。この声は……。
「か、柏木さん……?」
「どうしたの? そんなにびっくりしなくても……」
「あっ、いいえ。す、すみません……。ちょっと悪い夢を見たようです」
「寝不足?」
「は、はい! そんな感じ……です」
「そうなんだ。ねえ、ちょっと話があるけど、いいかな?」
「は、はい!」
「でも、ここじゃダメだから場所を変えよう」
「はい」
そんなことより……、周りの視線がすごく気になるけどぉ。
まあ、柏木も俺と同じくクラスメイトたちとあまり話さない人だからさ。
そして俺たちはこそこそ話しているクラスメイトたちを後にして、一緒に教室を出た。
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