オッサン、人型の精霊?を拾う。

「ただいま〜。由花〜? いないのか〜?」


 木梨由花きなしゆいかは、ある日突然、俺の前から姿を消した……。


 台所には、カレーライスとポテトサラダが置いてあり、カレーはまだ温かった。


 俺は、そのうち帰ってくるだろうと考えていたのだが、その考えは虚しく。


 結局、木梨由花が帰ってくることは、二度と無かった……。


 由花と過ごした約一年間は、俺にとってかけがえの無い、絶対に忘れることのない思い出として胸に刻まれることとなった。


 俺は、由花がいなくなってから、久しぶりに由花に貸していた部屋へと入った。


 そこの部屋に置かれていた机の上には、由花が使っていたであろう黒色の髪留めリボンが二つ、綺麗にまとまった状態で置かれていた。


 俺はそれを手に取ると、声にならない叫び声をあげた……。


「由花……由花………」


 俺と由花が出会ったのは、ある夏の日の夜だった……。


 ♦︎


 このクソ暑い時に営業の挨拶回りとかほんとどうかしてんじゃないのか?……うちの会社はよ〜。


 俺は、営業先から少し離れているゲームセンターで電子タバコを口にしては財布から100円玉を取り出すと、お目当てのぬいぐるみに狙いを定めた。


「よしっ! ここだ!」


 俺が狙いを定めたクマの可愛いらしいぬいぐるみは、俺の動かすアームを華麗に交わすと、まるでこちらを見ては「ドヤッ」と言っているようだった。


 お前も俺のことを馬鹿にするのかよ……。


 俺は、財布からもう100円を取り出そうとしたのだが……電話の呼び出し音が鳴ったので、慌てて応答した。


「あ、お疲れ様です!係長!挨拶周りですか? はい! コレから行く所っすよ! えっ!?……」


 電話は俺が勤めている会社の上司からのものだった。


 なんでも、"急いで会社に戻ってこい" とのことだったので、俺はゲームセンターを足速に出ては会社へと社用車を走らせた。


 ♦︎


 俺が会社に戻ると、大幅な事業改革が突如進められることが上の意向で決まったらしく、それに基づいて、営業成績があまり著しくない社員達は31日付で切られることが急遽決定したらしい。


 いわゆる、リストラである。


 ちなみに、その社員の中には俺も含まれていた。


 今日が8月21日だから、残り猶予はあと10日間ということになる。


 ふぅ〜。20歳の時に入ったこの会社ともおさらばか……。


 俺は現在32歳で独身。


 貯蓄は300万ちょいあるから、直ぐにリストラされたとしても幸いなことに、まぁ生活が出来なくなるという現象には陥らないのがモノの救いだ。


 俺は自分のデスクに座ると、営業周りに出る時には溜まっていなかった10数枚の書類に目をやった。


 ……何コレ? こんな書類……さっきまでなかったよな?


 俺が周囲を見渡すと、わざとらしく誰も俺と目を合わせようとはしなかった。


 ……またかよ。


 俺がその書類を持ち上げては、渋々枚数を確認していると、背後から上司がやって来ては、俺の肩に手を置いて言った。


「いやぁ〜! 世渡君〜! 暑いのに精がでますなぁ〜! あっ、そう言えば君……今月末までなんだってね〜? いやぁ〜ウチの "元エース" が辞めていくのは非常〜に残念だなぁ〜!」


 この、何処からどう聞いても全く気持ちの困っていない言葉を並べているのは俺の直属の上司である、吾野一あがのはじめである。


 俺が入社した当初、立場が上の自分より圧倒的に俺のほうが営業成績が良かったらしく、それで腹いせとして俺に狙いを定めたのか、俺が言い返さないことをいいことに、毎日のようにパワハラまがいのことを俺に行ってきては、よく俺の営業を妨害をしていた。


 恐らく、目の前にあるこの沢山の書類もこの男が置いたものだろう。


 しかし。それも、もうすぐ終わる……。


 そう考えた時……俺は自分の中で中々踏ん切りがつかなかったものが、「ズバッ」と切断された感覚に陥ると同時に、全身を縛り付けていた鎖が外れて身軽になれた感じがした。


 そして……。


 俺は、その翌日から31日まで、無断欠勤をすることに決めた。


 入社してから12年も経つのにコレが初めての無断欠勤って……俺どんだけ真面目野郎だったんだよ……。


 社会人になって初めてのサボりだ……ワクワクしないはずがなかった。


 いつもなら、もう出勤しないといけない時間になっても布団から出る必要もなく、二度寝だって安心してすることが出来る……。


 ♦︎


 どのくらい寝ていたのだろうか……目が覚めると、俺の枕元に置いていたスマホが激しく振動していた……表記名は上司からだった。


 俺はスマホの電源を落としては、もう一度ゆっくりと寝ることにした……がしかし。


「……」


 寝過ぎていたのかそれ以上寝ることは出来ずに、結局、目を開けたまま、ただ横になっているだけだった。


「起きるか……」


 俺は、起きて身支度を整えると、とりあえず、いつもは多忙で行けなかった美味しいと評判のレストランと、気晴らしとしてゲームセンターへ向かうことにした。


 ♦︎


 レストランに着くやいなや、俺は入り口のドアに掛けてある一枚のA4サイズの用紙に視線を向けては、膝に手をついてため息を吐いた。


 ……まじかぁ〜。こんなことならちゃんと確認しとくんだった。


 当然のことだが、俺は予約もしていなかったので、店に入ることが出来ずに結局レストランを諦めることにし、近くにあったファーストフード店で適当に昼食を済ませることにした。


「やっぱり。ファーストフード店が安定だよな……」


 それから俺は、昼食を取ってからその足で第二の目標地点であるゲームセンターへと向かった。


 ♦︎


 ……は? なんで?


 ゲームセンターに着いてみるや、コレまたレストラン同様に、中の改装工事をするとかなんとかの理由で中に入ることが出来なかった。


 俺は、ゲームセンターで夜まで時間を潰そうと考えていたので、アテが外れてしまい次の行き先に困ってしまった。


 ……さぁ〜て。どうすっかな〜。


 とりあえず俺は、電子タバコを口に咥えると、時計に目を向けた……時刻は午前14時過ぎ。


 まだまだ、夜まで時間はある。


 と、その時だった。俺の視界にふと "ネットカフェ" の看板が目に飛び込んできた。


「おっ!ネカフェか! こりゃちょうどいいや!」


 俺は、ゲームセンターの敷地を出ては、反対側の道路脇にあるネットカフェへと歩みを進めた。


 ♦︎


 ネットカフェに置いてあった、以前から気になっていた漫画の一気読みをし終えた俺は、ネットカフェを出ることにした。


 店を出ると。辺りは、すっかり暗くなっていた。


 俺は、ネットカフェでタクシーを手配してもらい、自宅近くまで送ってもらった。


 ♦︎


「え〜と。1980円ですね!」


「じゃあ、2000円からで……後、釣りはいらないです」


 タクシーが走り去って行くところを横目で視界に入れつつも、俺は、あと少しの帰路に向かって歩みを進めた。


 歩き続けて2分が経った頃、俺は自宅のアパートに到着した。


 ♦︎


 俺が自宅のアパートに着くと、衣服を着た何やら見慣れない生き物が俺の玄関ドアの前で体操座りで「ちょこん」と座っていた。


「え?……は?」


 俺が驚くやいなや、やがて、その生き物は、パチリとした大きなピンク色の瞳を気だるそうに開いては、俺をみてつぶやいた。


「どうも初めまして。人間さん。私は『精霊』……今日だけ、ここに泊めてくれるかしら?」


「は? せいれい? セイレイって言やぁ……あのふわふわした存在の……精霊????」


 俺は、目の前で起こっている突然の出来事に、頭が真っ白になった。


 見た目は、何処からどう見ても普通の女の子……少し色っぽいが、きっとまだ未成年くらいだろう。


 膝まで伸びたブカブカな白Tシャツを着ており、はっきりとした大きなピンク色の瞳に、柔らかそうな桜色の唇……一番印象的なのは、ピンク色の髪が織りなす色鮮やかなツインテールだ……しかも、そのテールの部分が彼女の胸元まで伸びており、まだまだ発展途上中である彼女の胸元で毛先が内巻きにカール掛かっており、コレがまた、より一層色っぽさを漂わせている。


 そして、謎の生き物は、俺の返答に真顔の表情で少しのためらいも見せずに同じ言葉を口にするのだった。


「そう。その精霊…………」


 ♦︎


 結局俺は、家にその精霊を泊めてあげることにした。


 俺自身、まだ状況が理解できていないままなのだが……一つだけハッキリしていることがある! そう!それは!


 まだ未成年とは言え美少女……しかも、これが俺にとっての異性との初めての共同生活だった。当然、興奮しないわけがなかった。


 俺は、彼女からどんどん溢れ出てくる変なフェロモンから野生本能を抑えながら、とりあえず手料理を披露することにした。


メシ……まだだろ?」


 俺の問いかけに彼女は、「コクリ」とだけ静かに頷いた。


「よっしゃ! 精霊さんよ? カレーライスは好きか?」


「カレーライス……えぇ。好きよ? 貴方、作れるの?」


 彼女は、力無くも弱々しく立ち上がると、俺のほうをまっすぐ見据えたまま、そう言った。


「俺を誰だと思ってんだよ?……これでも若い頃、インド料理店でバイトした経歴だってあるんだぜ? よっしゃ! なら精霊さんに、とっておきのカレーライスを用意してやるよ!」


 …………。


 ♦︎


 あれから、一体何日が経ったのだろう……。


 最初、一晩だけ泊めてあげるつもりだったのだが……気がつくと俺は、いつのまにか "由花ゆいか" と同棲をしていた。


 ちなみに、由花とは、彼女の本名らしい。


 初めは、精霊と名乗っていた由花だったが、共同生活を共にしていくうちに、次第に俺に心を許してくれたのか、色々と生い立ちを少しずつ話してくれるようになった。


 毒親からずっと虐待を受けていたこと、学校では薄汚れた身なりで登校していたので、気がつけばヤンキー達からいじめの標的にされて来たこと……。


 そして、まだ由花が未成年だということもそれとなくわかった。


 胸糞悪い話だったが……俺は由花を優しく抱きしめてあげることしか出来なった。


 彼女は、俺を受け入れてくれたのか、そっと俺の背中に恐る恐る手を回しては震えながら俺の背中を把持してくれた。


 その日以来、俺は、彼女と結婚したい。彼女を幸せにしたい……という、そんな気持ちが強く現れるようになり俺は、就職活動を始めると同時に指輪を買う計画も密かに立てた。


 しかし、由花はまだ未成年だ……。


 いつ、毒親の元に連れ戻されるのかは、正直時間の問題だった。


 ♦︎


 そして、その時は前触れもなく突然やって来たのだった……。


 「由花?……いないのか?」


 俺が残業を済ませて帰宅すると、由花の返事は無かった……。


 俺は、明かりの灯っていた台所に向かい、まだ人肌暖かい鍋の中身をのぞいた。


 それは、俺が由花にレシピを教えた秘伝のカレーライスだった……。


 サイドにはポテトサラダも置いてあった……。


 俺は、由花のいなくなった自宅で一人虚しく、食卓を囲んだ。


 由花は、不器用だったけど、由花なりに笑みを浮かべてくれていた。


 何一つ無理なんかさせていないし、喧嘩などもしていない……アイツがいきなり前触れもなく出て行くわけがない……。


 俺は、何が何だか分からなくなった……。


 俺は、ビジネスバッグから由花に渡そうと一月ひとつき前に購入しておいた指輪を取り出した。


 そして……。


「いただきます!」


 俺は無心で目の前のカレーを貪った……。


「なんだよこれ……アイツ。めちゃくちゃ美味うまいじゃねぇかよ……」


 俺の両目からは、しみじみと熱いものが頬にかけて、ゆっくりと伝わり下へと落ちていく……。


 今思えば、由花は本当に人型の精霊だったのかもしれない……。


 あの時、落ち込んでいた俺にしか見えないたった一人の素敵な精霊……。


 俺は、由花の作ってくれたカレーを全身の五感を使って、ゆっくりと味わった……。


〜終〜


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 読んで頂き、ありがとうございます。


 これからも、よろしくお願いします♪




 


 

 

 


 


 




 


 


 


 




 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オッサン、人型の精霊?を拾う。 NEET駅前@カクヨムコン初参加 @eisaku0201

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画