第20話 人狼族の村に帰り、ホムラを味方に引き入れる

 人狼族の村に帰ると、村人たちはみな、ホムラを見て目を丸くしていた。

 だがホムラのほうはまったく気にした様子もなく、村の様子をつぶさに観察している。


「ほぉー……ここが人狼族の村でござるか。数十年前に視察に来た時と比べて、格段に文明レベルが上がっているでござるな」

「これも、ナザロがお金を稼いでくれてるおかげなんだよ! あと、エルのお母さんが家の建て方とか色々教えてくれたおかげだね」


 ホムラの隣で、シュリが村のことを説明している。

 その顔が妙に嬉しそうなのは……村のことを褒められたのが族長として嬉しいのと、俺の功績を語るのが嬉しいからだろう。

 ホムラはしきりにうなずいてから、ふと疑問に思ったように言った。


「ちなみに、いったいどういう手段でお金を稼いでいるのでござる? あの腕前からして、拙者と同じく冒険者稼業でござろうか?」

「あー……それは……」


 急に歯切れが悪くなったシュリを見て、ホムラは首をひねって俺のほうを見てくる。

 俺は気まずい気分でほほをかいてから、シュリの家のほうを指さした。


「立ち話もなんだ。まずは俺の家に行こう」


 俺の提案にしたがって、全員でシュリの家に入る。

 俺は全員を囲炉裏いろりの周りに座らせてから、キッチンスペースで茶をれてから全員に配った。


「最近、街で仕入れた茶をれるのにハマっててな。まぁ飲んでくれ」

「ん? ナザロ、普段そんなこと――あ痛っ」

「ありがたくいただくでござる」


 エルがシュリの脇腹をひじで小突くのをよそ目に、俺はホムラがコップに口をつけるのを見届けてから、話を切り出した。


「俺たちの組織のことを正直に話そう。気に入らなかったら正直にそう言ってくれ」


 そう前置きしてから、俺は話を始める。

 俺たちの経緯をざっと説明すると、ホムラは目を丸くしたり目を据わらせたりしながら話を聞いていた。

 すべての話を聞き終えると、彼女は腕組みしながらうなり始めた。


「う〜ん…………情報量が多すぎて、少々頭が混乱しているでござるな……まとめると、ナザロ殿は不当に人間社会から追放されてから、放浪しているところを人狼族やエルフを傘下に加えて、魔薬まやくカルテルを立ち上げた、と?」

「そんなところだな」

「それにしても、カルテルとはまた……どうしてそこまで思い切った行動に出たので?」

「俺はのせいで、人間社会じゃ生きられないからな」


 言って、俺は両手の甲に刻まれた重犯罪者の烙印らくいんを示す。

 魔薬まやく取引で金を稼ぐようになってから、様々な素材をペドロから買い漁って調合を繰り返しているが、この烙印らくいんを消せる薬はいまだに完成していない。


「だからといって、言いがかりみてえな罪を着せられて野垂のたれ死ぬ気もない。俺なりの方法で暴れ回って、俺の人生を取り返させてもらおうと思ってるだけだ」

「う〜む……確かに、ナザロ殿の境遇には同情すべきところも多いでござるが……シュリ殿やエル殿は構わないのでござるか?」


 ホムラが問うと、シュリとエルは顔を見合わせてから答える。


「もちろん。ナザロが組織を作ってお金を稼いでくれなかったら、村はとっくに魔物に滅ぼされてたし、そうでなくても人間のに対抗できなかったと思う」

「実際、エルフの里は新領主の手で焼き尽くされるところでした。ナザロ様を領主の座から引きずり下ろし、あのような愚かな新領主を擁立ようりつしている時点で、人間社会にまともな自浄作用がないことは自明です」

「そうなんでござるよなぁ……」


 二人の言葉を聞いて、ホムラは深々と嘆息した。

 しばし眉間にシワを寄せて黙考してから、ようやくホムラは決断したようだった。


「……よし! わかったでござる! 拙者もしばらくここに滞在させていただいて、この組織の実態を把握させてもらうでござる!」

「おい、こっちは腹を割ってアジトまでさらしてんだぞ。その上、なんのメリットもないのにお前の衣食住まで面倒見ろってのか?」

「もちろん、住まわせてもらう代わりに、拙者も組織の仕事に力を貸すでござるよ。それに、これでも冒険者として稼いでいるでござるから、衣食もなんとかするでござる」


 言って、ホムラは「任せろ」と言わんばかりに胸を叩いてみせた。


 …………まぁ、現状ではここらが妥協点か。

 俺はホムラの結論に納得すると、立ち上がって冷め切った茶をれ直した。

 ホムラが茶を飲んだのを確認して、俺はひそかにほくそ笑む。


 シュリもホムラもなにも気づいていないようだが、エルだけは俺にだけわかるように目配せをしてきた。

 ――俺が最初にホムラに飲ませた茶には、遅効性の麻痺毒が仕込まれていた。

 もしホムラが魔薬まやくカルテルの存在を受け入れられず、俺たちと敵対する選択をした場合、戦闘中に全身が麻痺して動けなくなるようにするためだ。

 そして、今度の茶には即効性の麻痺毒治癒の薬を仕込んである。


 これで、俺たちは安全にホムラと交渉ができ、ホムラから俺たちに対する印象も悪くならないという寸法だ。

 毒を飲ませずに真っ向からやり合っても勝てるのだが……その場合、せっかくマシになってきたこの村がぶっ壊されて、また再建し直しになりかねないからな。


 ホムラはなにも気づいた様子もなく、俺のれた茶を美味そうに飲んでいた。


   ◆


「そういえば、ナザロ殿は冒険者をやるつもりはないんでござるか?」


 夕飯時、シュリの家で飯を食っていると、ホムラが唐突に提案してきた。

 食卓には俺とシュリ、エルとアイラというこの村の首脳陣がそろっている。

 ホムラが俺たちと夕食をりたいというので、ホムラの監視も兼ねてエルとアイラもついてきたようだ。


 俺は口の中のパンを飲み込んでから、ホムラに答える。


「言ったろ。俺には重犯罪者の烙印らくいんがあるんだよ。冒険者登録どころか、普通に街に入ることもできねえ立場だぞ」

「そのくらい、ナザロ殿の調合のスキルがあればなんとかなりそうでござるがなぁ……」

「なんとかって、いったいどうするんだよ。烙印を消すための薬を模索してきたが、まだいとぐちもつかめてないんだぞ」

「簡単でござる。今の姿とは別の姿に変身すればいいんでござるよ」


 ……変身? また妙なことを言い出しやがったな。

 俺が胡散うさん臭そうにホムラを見ていると、ホムラは慌てた様子で言った。


「い、言っておくでござるが、変身の術は上級の冒険者の間では結構知られた技術でござるよ!? なんでも、光魔法で光を屈折させて周囲からの見え方を偽装するとか。両手の甲や顔だけ隠しておけばいいのなら、簡単にできるはずでござるよ」

「そんな怪しげな魔法を使ってるやつを、ギルドの連中は冒険者として認めるのか?」

「冒険者は完全実力主義でござるからなぁ。五十年間も素性不明の拙者が認められているので、そこは大丈夫だと思うでござるよ」


 ……言われてみれば、ホムラもめちゃくちゃ不審人物だったな。


「冒険者も玉石混交ぎょくせきこんこうでござるからな。スネに傷があるものも多いでござるよ。もちろん、目立ちすぎると他の冒険者に狙われるので、注意は必要でござるが」

「『鑑定』スキルはどうなんだ? あれで素性がバレることはないのか?」

「拙者の場合は外套がいとう……『身暗みくらましのクローク』で『鑑定』も回避していたでござるが、回避方法なら他にも色々あるでござるよ」

「それって、やっぱ魔道具を買うことになるのか?」

「それが一番てっとり早いでござるな」

「……なるほどな」


 ホムラの話を聞いて、俺は思わずあごに手を当てて考え込んでしまった。


 ――異世界で冒険者生活なんて、もし可能なら一度は絶対にやってみたい。

 烙印らくいんの件もあるので、人間社会で自ら行動を起こそうとすると、リスクは相応に高いが……リスクを背負ってでも、正直やってみたい気持ちが強い。

 それに、冒険者の身分証が手に入れば、いちいちセルロアに入るための検問を気にする必要もなくなる。

 更に言えば――今の俺の実力で冒険者をやれば、相応に金も稼げるはずだし、Sランク冒険者ユキヤ・ハルミネの情報も得られるかもしれない。


 俺はしばし黙考してから、シュリたちのほうを見やった。


「面白い話だと思うが、お前らはどう思う?」


 話を振ると、シュリとエルとアイラは三者三様のリアクションを返してくる。


「面白そう! あたしが人間社会でどのくらいの強さなのか、確かめてみたい!」


 シュリはナイジェルとの実戦経験で自信を得たのと、ノーラやペドロとの交流で人間への恐怖感が薄れたようだ。

 両手で拳を作って、わくわくしたように目を輝かせて尻尾をブンブンと振り回している。


「人間社会に溶け込めれば、ペドロ様から情報を買わずに済むようになりますし、組織の行動の幅も広がります。確かにリスクは高いですが、得るものも大きいかと」


 エルはあくまで冷静沈着に、メリットとデメリットを天秤にかけていた。


「あ、あたしは絶対に無理です! に、人間の街に行くのも怖いのに、冒険者の中にまぎれるなんて……っ」


 アイラはあれほど人間をぶっ倒してきたというのに、いまだに臆病さが自信を上回っているようだった。

 その臆病さのおかげで訓練に真面目にはげみ、部隊も堅実に指揮しているのだから、それも彼女の美徳だろう。


 俺は最後に全員の顔を見回してから、うなずいた。


「んじゃ、明日ペドロに魔道具の手配を依頼しておこう。準備が整ったら、俺とシュリとエルで冒険者ギルドに行ってみるか。ホムラ、悪いがお前には引率いんそつを頼むぞ」

「任せるでござる」


 ホムラはうなずくと、自分の胸をぽんと叩いてみせた。

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