第19話 赤外套と戦い、素性を知る
赤
グレンは一瞬で俺の眼前まで接近し、居合抜きの一撃を放ってくる。
その最速の斬撃を、俺はとっくに予測していた。
斬撃をバックスウェーで避けると同時に、風魔法の斬撃をグレンに放つ。
グレンは襲い来る風魔法を刀を一閃して振り払うと、更に俺の間合いへ踏み込んでくる。
だが、俺はやつの踏み込みを読んでいた。
頭上高くに掲げた長剣を全力で振り下ろし、グレンの脳天に向けて叩きつける。
グレンは俺の斬撃を横に跳んで避けつつ、俺の隙だらけの脇腹に斬撃を放とうとする――
が。
俺が長剣を地面に叩きつけると、その勢いで凄まじい衝撃波が巻き起こる。
グレンは斬撃を放とうとしていたが、至近距離で衝撃波を受けてバランスを崩し、地面を転がっていく。
五メートルほど転がってから、グレンは起き上がって居合抜きの構えを取り直す。
「なんという斬撃……戦技の
「敵に手の内を明かすわけねえだろ」
そう返したものの、グレンの指摘はほとんど合っていた。
資金力をフルに活用し、ペドロの商会網を通じてかき集めた素材によって、俺は自身の基礎ステータス――主に攻撃力、防御力、素早さ――を上げる薬のグレードアップを
対ユキヤ戦において、魔法スキルをすべてカンストしているユキヤ相手に、魔法戦を挑むのは無謀極まりない。
にも関わらず、剣技や体術スキルを付与するような薬のレシピは今のところ発見できていない。
消去法で考えると、俺の対応できる戦い方は「ステータスを上げまくって超肉弾戦を仕掛ける」ことに限られてしまっていた。
俺は自身のステータスを『鑑定』で確認する。
レベル:140
スキル:鑑定(レベル90)、調合(レベル90)
ユニークスキル:薬聖、薬の王
付与状態:風魔法(レベル50)、HP+5000、攻撃力+5000、防御力+2500、素早さ+2500、器用さ+1500、魔力+1000、魔防+2500、獲得経験値+100%、知覚超強化
HP :1687
MP :749
攻撃力:407
防御力:289
素早さ:547
器用さ:739
魔力 :719
魔防 :558
…………このバフのかかり具合、下手すりゃ
俺は長剣を
「来ねえなら、俺から行くぞ」
宣言とともに、俺は地面を蹴る。
凄まじい跳躍力と強化されたスピードで一直線にグレンに接近し、
グレンは刀で受けるのを諦め、真上に跳んで斬撃を逃れると、木々の幹を跳び回って俺から距離を取る。
十分に間合いを取ったあと、グレンは遠くから居合抜きを放つ。
「戦技――
言うと同時に、グレンが連続で八回の斬撃を繰り出し、斬撃から生み出された真空波が俺に迫る。
俺は長剣を一閃し、その衝撃波で真空波の軌道をあさっての方向にねじ曲げてから、グレンに向かって再度直進する。
俺が突進の勢いを利用して右手で長剣の突きを放つと、グレンは突きを真正面から受け止めるように刀を
空気を貫く
俺の突きは紙一重でグレンの首筋からそれ、代わりにグレンの正眼からの突きが俺の喉元に迫る。
「戦技――
グレンの声とともに、やつの突きが俺の喉笛を食い破る――ことはなかった。
鋭く突き出された突きを、俺は左手の甲を割り込ませて左に受け流していた。
「なっ……!」
必殺の一撃がかわされたことに、グレンが驚いた声を上げる。
――あんな見え見えのカウンター技で、俺を出し抜けると思われるなんて……なめられたもんだぜ。
まんまとグレンの罠にかかったと思わせて、俺はやつの反撃を想定した上で、その備えとして左手を攻撃の回避用に残していたのだ。
この一手で、完全に勝敗は決していた。
俺は突き出したままの長剣をグレンの首筋に触れさせているが、グレンの刀は俺の左手で邪魔されており、俺の首筋に触れることはできていない。
俺はにやりと邪悪に笑ってから、グレンに問うた。
「今度もお前の首を斬れないか、試してみるか?」
「……いや、さすがにやめておくでござる。今度こそ首を叩き斬られるのが目に見えているでござるからな」
グレンは言うと、刀を手放して降参するように両手を上げた。
これで無事、格付けは完了ってわけだ。
俺は長剣を首筋に突きつけたまま、グレンに命令する。
「それじゃ、まずはその
「素性を明かすのはなるべく避けたいところなのでござるが、やむを得んでござるな」
そう言って、グレンはトレードマークの赤外套を脱ぎ捨てる。
外套の下から現れた姿に――俺たちは目を丸くした。
腰まで伸びた真紅の髪に、切れ長の真紅の瞳をした顔は控えめに言ってもかなりの美形だ。
外套の下に着ていたのは女性用の
だがそれ以上に目を引くのは――彼女の頭頂から生えた真紅の
グレンの正体を見たシュリとエルが、驚いた顔のまま口々に言う。
「まさか、正体が女の子だったなんて……」
「それ以前に、
「この外套の認識阻害効果のおかげで、着ている間は角とか尻尾とかも周りに気づかれないのでござるよ。……っと、ナザロ殿? いったいどうしたでござる?」
グレンが女であることよりも、竜人種であることよりも、俺は別のことに衝撃を受けていた。
――原作アニメ『ロスト・エルドラド』にも、まったく同じ容姿の女がいた。
名はホムラ。竜人種の女性で凄腕の冒険者。
北のアルバラード帝国と、更に北にある魔王領域との国境線の山――ストラス火山にある竜人種の里の出身者で、来たるべき魔王軍と大戦に備えて、人間が手を組むに値する種族かを視察に来た竜人種の使者。
そして――『ロスト・エルドラド』の主人公ユキヤ・ハルミネに惚れ、彼のパーティーに加わるヒロインの一人でもあった。
『鑑定』の結果も、彼女が俺の知るホムラであることを裏付けていた。
レベル:250
スキル:剣術(レベル99)、体術(レベル99)、火魔法(レベル99)
ユニークスキル:なし
HP :4250
MP :1489
攻撃力:1288
防御力:1372
素早さ:1013
器用さ:929
魔力 :1246
魔防 :1223
「…………やっぱり、お前がホムラだったのかよ」
「な、なぜ拙者の本名を!? …………あっ、『鑑定』の結果でござるか」
ホムラが勝手に驚いてからひとりで納得していたが、俺には答える余力がなかった。
赤
まさか、こんな形で原作の流れを変えることになるとはな……
俺は額に手を当てて深々と嘆息してから、ホムラに言った。
「……とりあえず、お前の事情を全部話せ」
◆
俺たちは森にとどまったまま、ホムラの話を聞いた。
ホムラが話した内容は、一部をのぞいて原作でユキヤに話した内容と差はなかった。
彼女がおよそ二五〇歳の竜人種であること。
魔王軍との全面戦争に備え、人間族が手を結ぶに足る存在か視察に来ていたこと。
人間族が亜人種を奴隷にして
それでも魔王軍に対抗するには人間族の力が必要なので、人間と亜人の橋渡し的な存在を探して旅をしていたこと。
たまたまアーガイル領の近くに寄ったところ、アーガイル領の新領主が亜人の奴隷を囲っているという悪評と、その領主が行方不明になったという噂を聞いたこと。
奴隷たちを解放するため、夜に領主邸の様子をひそかにうかがっていたところ――俺たちの襲撃とかち合ったこと。
それらをすべて打ち明けてから、目をらんらんと輝かせて俺を見つめてきた。
「そんな時に出会ったのが、ナザロ殿でござる! 閉鎖的なエルフと協力関係を結び、亜人種の奴隷を解放するために領主の屋敷を襲う……これぞまさに、拙者が探し求めていた人物でござる!」
「あー…………悪いが、俺はお前の求めてる存在なんかじゃねえぞ」
「む? どういう意味でござるか?」
本気で不思議そうに問い返され、俺は言った。
「俺は人間族の味方になんてなる気はねえし、敵対する亜人種がいたらそいつらとも戦うつもりだ。両者の橋渡しなんて当然する気がねえ」
「な、なら、どうして人狼族やエルフ族と
「友誼? そんなんじゃねえ。こいつらは俺の部下だ。たまたま命を救ったら、恩義を感じて俺の傘下に入っただけだ」
「そ、それじゃあ……魔王軍と戦おうなんて気も……?」
「まったくねえな。ま、魔族どもが俺の商売の邪魔をするなら、話は別だが」
俺がバッサリ切り捨てると、ホムラはショックを受けた様子でひざから崩れ落ちた。
シュリとエルが同情した様子でホムラを見てから、俺に耳打ちしてくる。
「ちょっとナザロ、なにも全部本当のこと言う必要なかったんじゃないの!?」
「シュリ様の言う通りです。適当なことをでっち上げて、我々の味方に引き入れたほうがよかったのでは?」
「バカ言え。こいつをだましたとして、万が一嘘がバレて村で暴れられたらどうすんだ」
「そ、それは……」
「ですが、彼女ほどの強敵を敵に回すのは我々にとっても危険では?」
「そりゃそうなんだが……」
原作の世界線とは違うとはいえ、ユキヤに惚れるような相手を味方に引き入れるのはどうにも抵抗がある。
敵に回すならこの場で殺すのが正解なんだが……シュリもエルも、やはり貴重な亜人種――しかも種族全体が強力な竜人種――を敵に回すのは避けたいようだ。
それに……俺自身、竜人種を組織に加えることの多大なるメリットに、目がくらんでいた。
俺は色々考えたあげく、嘆息してからホムラに提案する。
「……とりあえず、俺たちの拠点までついてこい。俺たちがなにをしてるか、そこで説明してやる」
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