第21話 マリソルの村に立ち寄り、ペドロの店に行く

 数日が経ってペドロから魔道具の調達ができたと連絡が来たので、俺たち――俺とシュリ、エル、ホムラの四人――はセルロアの街に向かった。


 セルロアに向かう道中、俺たちはマリソルやノーラたちのいる村に立ち寄った。

 セルロアに潜入するためにまたマリソルたちの手を貸してもらうつもりだったのだが、今回の来訪はいつもと様子が違っていた。


「ナザロ様!」


 村に入ると、マリソルとノーラが明るい顔で駆け寄ってきた。

 腰に抱きついてくるノーラの小さな身体を受け止めてから、俺は村を見渡した。


 俺たちが領主邸を襲って奴隷を解放した影響で、マリソルとノーラしかいなかった村には村人が戻っていた。

 頭に手ぬぐいをバンダナのように身につけたり、帽子をかぶったりして額の奴隷紋どれいもんを隠しているが、それをのぞけばみな活気に満ちた顔で村の仕事をしている。

 あの作戦の最中には素顔はさらしてなかったはずだが、奴隷になった村人は俺たちが自分たちを救った人間だと気づいているらしい。

 大方、マリソルかペドロあたりに俺のことを吹き込まれたのだろう。


 俺は抱きつくノーラをやんわりと引きはがしてシュリに渡してから、マリソルに話しかけた。


「思ってたよりも元気そうじゃねえか」

「はい! ナザロ様が村のみんなを助け出してくださったおかげで、村に以前の活気が戻りました!」

「ま、人手が増えたのならなによりだ。うちの組織にゃ、手伝ってもらいたい仕事が山ほどあるんでな」


 ボランティアでお前らを助けたつもりはないぞ――と暗に伝えたつもりだが、マリソルは明るい笑顔のままうなずいてきた。


「もちろんです! ご恩を返せるよう、村一丸になってナザロ様をお支えする覚悟です!」


 …………こっちは一応裏組織のボスのつもりなのだが、こうまっすぐ感謝と忠誠を示されると反応に困るな。

 俺が若干じゃっかん困惑していると、マリソルが疑問をぶつけてきた。


「そういえば、新領主のナイジェル様が行方不明だと噂が立っていますが……」

「あぁ、お前らにはまだ言ってなかったな。あいつは俺が殺した」

「やはり、そうだったんですね!」


 マリソルは顔を一層輝かせて、胸の前で指を組み合わせた。


「ということは、アーガイル領の領主は今空席なんですよね? ナザロ様が領主に戻られるという可能性は……」

「そりゃあねえな。重犯罪者を領主に据えるなんざ、国王が認めちゃくれんだろうよ」

「で、でも、ナザロ様はなにも悪いことはしていないのに……」


 顔をくもらせるマリソルに、俺は嘆息をついた。


「ガキみてえなこと言うなよ。悪いことしてようがしてなかろうが、権力者に『目障り』だって思われたら潰される……ここはそういう国だろうが」

「す、すみません……ですが、ナザロ様ならこの腐敗した国を変えてくださるような気がして……」

「変に期待されちゃ困るな。俺はただ、俺のビジネスのために有益なことをしてるだけだ」


 そこまで言って――マリソルだけでなく、他の村人たちやシュリに抱き上げられているノーラまで暗い顔をしているのに気づき、俺は咳払いをしてから付け足した。


「ま、まぁ……お前らが必死で働いて、俺のビジネスがアーガイル領の外にまで手を伸ばせるようになったら、王都でふんぞり返ってる無能な国王や、商人ギルドのバカどもが邪魔になるだろうよ」

「わ、わかりました! その時のために、全力を尽くして働かせていただきます!」


 再び明るい顔をするマリソルに、俺はいつも通りセルロアに入るための荷車を準備してもらう。

 荷車を運ぶ用の身体強化の薬も預けてからマリソルを見送ると、隣にホムラが並んできた。

 『身暗みくらましのクローク』で全身を包んだホムラは、フードの奥からからかうような視線を向けてきやがった。


「以前に話してもらった内容とずいぶん違うでござるな? 『人間族の味方になんてなる気はねえ』のでは?」

「…………こいつらは味方じゃねえ。俺の部下だ。部下のモチベーションを保つのは、組織として当然だろうが」

「ま、そういうことにしておいてあげるでござるよ」


 ホムラはそれだけ言って、シュリとじゃれているノーラの前にかがみ込んだ。


「おぬしがノーラ殿でござるね? 拙者はナザロ殿やシュリ殿の友人のホムラでござるよ。ぜひ仲良くして欲しいでござる」

「ふぇっ…………お、おかあさんが、にはちかづいちゃダメって……」

「ふ、不審者!? 拙者のどこが不審者でござるか!?」


 ノーラの言葉に、ホムラがショックを受けたように頭を抱える。

 だが、これに関してはノーラのほうが正しい。

 頭のてっぺんから足の先まで赤外套がいとうで覆った上、認識阻害効果のせいで顔も種族もわからないようなやつ、不審者以外のなんだと言うのだ。


 じゃれ合うシュリたちを眺め、俺は口元に浮かぶ笑みを隠すために、口元を覆った。


   ◆


 ペドロの店の地下室に入ると、やつはホムラを見て目を丸くした。


「いやぁ……まさか、あのSランク冒険者グレンを味方につけるとは……」

「『本気で戦ってたら俺が勝ってた』って言っただろうが。俺の言葉を信じてなかったのか?」

「も、もちろん信じてやしたよ! ただ、こうして実際に目の当たりにすると、改めてびっくりしやしてね」


 ペドロは揉み手しながら弁解すると、ホムラの方に視線を向けた。


「念のため確認ですが、Sランク冒険者のグレンさんで……?」

「いかにも。ただ、拙者の本名はホムラでござるよ」


 言うと、ホムラは外套がいとうのフードを下ろして素顔をさらした。

 ホムラの頭頂にある赤い双角そうかくを見て、ペドロは再度驚いたように目を丸くした。


「ま、まさか、竜人種のお方で……? あっしも長く生きてやすが、実物を見たのは初めてでさあ」

「竜人種は基本的に里の外に出ないでござるからな」


 ホムラは答えてから、ペドロをじっと観察し始める。


「な、なんでやしょう?」

「ペドロ殿は商人でござるよね? いったいどのような商売をなさっているのでござるか?」

「主には禁制品の取引でやすが、憲兵の目をごまかすために普通の雑貨なんかも取り扱ってやす。ただ……なにがあっても奴隷取引にだけは手を出さないと心に誓ってやす」

「意外でござるな。闇商人というのは、おおむね奴隷を取り扱うものと思っていたでござるが……」

「女子どもを売り買いするって発想が嫌いでしてね」

「…………ふむ。やはりそうでござったか」


 ぽつりと呟くと、ホムラは横目で俺に視線を向けてきた。

 その視線に過剰な信頼と期待が宿っているのを感じて、俺はホムラが余計なことを言い始める前に口を開いた。


「それで、は?」


 俺がうながすと、ペドロは円卓の下から三つの箱を取り出して円卓の上に並べた。

 アクセサリーが入るくらいの小さな箱を開けると、中には緑色の宝石がはまった指輪が入っていた。


「これが『鑑定阻害の指輪』か」


 俺はさっそく『鑑定』スキルで指輪を見るが、期待通り指輪の『鑑定』はできなかった。

 左手の指に指輪をはめ、特に体に悪影響が出ないことを確認してから、俺は両隣に座ったシュリとエルに言った。


「本当に『鑑定』スキルを防げるのか試したいから、お前らも指輪をつけてみてくれ」

「え、えっと……」

「気持ちは同じです、シュリ様。ここはシュリ様からどうぞ」


 俺の要望に、なぜかシュリとエルはそわそわした様子で互いの顔を見合わせる。

 しばしもじもじしてから、シュリが意を決したように口を開いた。


「あ、あのっ……この指輪、ナザロがあたしの指にはめてくれないかな!?」

「仕方ありませんね。この絶世の美女のたおやかな指に、指輪をはめる栄誉をナザロ様に与えてあげましょう」

「…………は? いいからさっさと――」


 言いかけて、ようやく俺は二人の言わんとするところを理解した。


 ――『ロスト・エルドラド』の世界の文化はゲーム内世界ということもあり、日本の文化と近い部分が多かった。

 オンラインゲームである『ロスト・エルドラド』ではユーザー同士で結婚式を挙げることができ、その際には日本の結婚式のように指輪交換で永遠の愛を誓い合う儀式がある。


 ……要するに、シュリとエルはそれの疑似体験をしたいということなのだろう。

 大方、マリソルかノーラあたりに吹き込まれたのだろうが、ずいぶんと人間社会の文化に詳しくなったもんだな。


 俺は呆れつつ、シュリの額にデコピンをかました。


「痛っ! なにするの、ナザロ!」

「バカタレ。いいからさっさと指輪をつけろ」

「ぶー……だって、こんな機会めったにないと思ったんだもん……」

「まさか、私やシュリ様のような美女たちに指輪をはめるチャンスをふいにするとは……一生の後悔になっても知りませんよ、ナザロ様」

「お前らこそ、その気があるならこんな安い指輪で満足してんじゃねえ」

「えっ!?」


 俺の答えに、シュリどころかエルまで驚きで目をみはっていた。


「ちょっ、ちょっと待ってナザロ!? それって、将来的にツガイになるのを認めてくれるってこと!?」

「ナザロ様にそんな甲斐性があったとは……てっきり、一度抱いた女には興味を失うタイプなのかと思っていました」

「どういう誤解だよ、そりゃあ」


 俺が呆れながら答えると――バターン!という豪快な音を立てて、離れた席に座っていたホムラが椅子から転げ落ちた。

 床に転がって顔を赤くしているホムラを見て、俺は驚き半分で問う。


「いきなりどうした? ホムラ」

「だ、だだだだだ、抱いたというのは……もしや、だだだ、男女の関係になったということでござるか?」

「それがどうした」

「な、なんとハレンチな……っ! そ、そういうのはこんな公衆の面前で口にするようなことではないでござる! エル殿ももっと慎みを持ったほうがいいでござるぞ!」

「すみません、ホムラ様。二五〇歳だと聞いていたので、この手の話題にも耐性があるのかと」

「ね、年齢は関係ないでござる! それとも、これが今の普通なのでござるか……? 最近の若者は性が乱れているでござる……っ!」


 顔を真っ赤にしたホムラが嘆くのと、エルが口元に浮かんだ笑みを手で隠すのを交互に見てしまい、俺は苦笑した。

 ――かわいそうに。こいつはこれから、エルの格好のおもちゃになるだろうな。

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