第14話 エルフの里を襲う軍勢と戦う

 エルフの里襲撃の報を受けて、俺とシュリは即座に家を飛び出した。

 シュリとアイラにエルとフェリーナを背負わせ、俺たちは全速力でエルフの里へと向かう。


 里への道中、森の向こうから大量の煙が立ち昇るのが見える。

 それが、エルフの里から上がっている火の手なのは明らかだった。

 フェリーナは肝の据わった目でそれを見上げていたが、エルはさすがに不安を隠しきれない様子で、俺に視線を向けてきた。


「あの……里に救援に向かっていただけるのはありがたいのですが、この人数で向かって大丈夫でしょうか?」

「俺たちが返り討ちになるんじゃないかって心配なのか?」

「それは、その……」


 エルが口ごもるのを見て、俺は苦笑して持ってきた革袋から薬を取り出した。

 攻撃力、防御力、素早さを向上させる薬の瓶をシュリとアイラに放ると、俺も同じ薬を飲み下す。

 俺が飲んだのは当然として、シュリやアイラに渡したのも俺が作った薬――ユニークスキルで効果が五倍に増幅された薬だ。


 彼女たちは薬を飲み干すと、向上した身体能力で凄まじい速度で森を駆け抜ける。

 二人に置いていかれないよう、俺は薬で風魔法を付与して、風魔法による効果で移動スピードを上げる。

 二人に追いつくと、エルもフェリーナもシュリたちの身体能力に驚愕した様子だった。


「い、一体どうしたの……っ!? 獣人族の身体能力が優れているのは知ってたけど、村で生活していた時はここまでじゃなかったはずよね……?」

「……もしや、先ほどの薬の効果ですか?」

「うそっ!? 私たちが作ってる薬じゃ、こんな効果は出ないわよ!? そもそも、これほど劇的な効果のある薬なんて聞いたこともないわ!」

「悪ぃな。これが俺の隠し玉だ」


 俺が言うと、エルもフェリーナも信じられないと言いたげに目を丸くした。


 ――ま、論より証拠だな。ここまで協力してもらったわけだし、こいつらも完全に抱き込んでおこう。

 俺は革袋から薬を取り出すと、エルとフェリーナに二つずつ手渡した。

 ペドロから購入した薬の素材をもとに作った、MPと魔力増強の薬だ。

 彼女たちは恐る恐るそれを飲み干すと、自身の内から湧き上がる魔力に愕然がくぜんとしたようだった。


「こ、これは……っ!」

「なんて凄まじい魔力……これなら確かに、たった五人でも軍隊を相手にできるかも……っ!」


 エルとフェリーナは自身の魔力にひとしきり感動したあと、尊敬のこもった視線を俺に向けてくる。

 そこらの連中に尊敬なんぞされても一銭にもならんが、エルとフェリーナはすでに村で大きな戦力になっている。

 二人が「俺の元を離れるのは損だ」と思ったなら、それだけで十分、俺の能力を明かした価値があるというものだ。


 俺はにやりと邪悪に笑ってから、全員に告げた。


「さっさとエルフの里を救って、連中に恩を売りつけるぞ。今度こそ、里ごと味方に引き入れてやる」

「……もぉー。素直に『エルたちを不安にさせたくないから、エルフの里を助けに行こう』って言えばいいのに……」


 シュリが呆れたようにため息をついていたが、俺は聞かなかったことにした。


   ◆


 エルとフェリーナの道案内もあり、俺たちはあっという間にエルフの里にたどり着いた。

 エルとフェリーナを地面に下ろし、里の付近の濃霧にまぎれながら、里の様子を静かにうかがう。


 エルフの里は、二百人近い武装した兵隊で埋め尽くされていた。

 エルフたちは住居でもある巨木の上に立てこもり、地上を占拠した兵隊たちに矢や魔法を撃っているが、いずれも兵たちの盾に弾かれて損害は出ていないようだ。

 巨木にはすでに火が放たれており、時間が経てば経つほどエルフたちが不利になっていくことが明白だった。


 兵たちに守られながら、ヒゲを生やした恰幅かっぷくのいい男――俺の叔父おじであるナイジェル・アーガイルがエルフたちにえる。


「無駄な抵抗はやめて、さっさとあの奴隷を差し出せ! そうすれば、皆殺しだけは勘弁してやるっ!」


 あの奴隷ってのは、間違いなくエルのことだろう。

 ――ナイジェルのやつ、エルをパブロから買うつもりだったのか。

 エルを助けたことで、まさかこんな事態になるとは思わなかったが……魔薬まやくカルテルが勢力を伸ばしていく過程で、どのみちナイジェルとは戦うことになっていただろう。

 多少予定が早まったが、むしろうちの殺し屋シカリオ筆頭どもの実力を見るいいチャンスと思うか。


 エルとフェリーナが今にもエルフたちを助けに飛び出しそうな顔をしている中、俺は小声で全員に告げる。


「エルとフェリーナは濃霧にまぎれて、移動しながら魔法攻撃を。シュリとアイラは俺についてこい。連中の中に突撃するぞ」

「マ、マジですか……? っていうか、つい流れでついてきちゃいましたけど、なんであたしまで……?」


 アイラが長身をちぢこまらせておびえた様子で言うので、俺は彼女に言った。


「お前の実力はシュリからも聞いてるぞ。シュリに次ぐほどの実力者だし、体術や腕力じゃお前が人狼族で一番なんだろ?」

「え、えへへ、それほどでも……」

「お前にゃこれから、幹部として働いてもらおうと思ってるからな。ここらで大きな戦果を上げておいて欲しいんだよ」

「ナ、ナザロ様がそこまでおっしゃるなら……」


 照れたように言って、アイラは嬉しげに黒い尻尾をブンブンと振り回し始める。言っちゃ悪いが、単純なやつで助かったな。

 アイラの怯えが消えたのを確認してから、俺は全員の顔を見回して続ける。


「それと……絶対に死守してもらう命令を二つだけ出させてもらう」


 俺が前置きすると、全員が息を呑んでうなずきを返してくる。


「ひとつは、敵を一人も逃さず皆殺しにすること。エルフの里への到達方法や、俺たちの情報を街に持ち帰られるのは絶対に避けたい」


 冷酷な俺の言葉に、四人は誰一人ひるんだ様子もなくうなずきを返してきた。


「もうひとつは……全員、無事に生きて帰ること。悪いが、うちの組織には貴重な人材を一人だって失う余裕はねえ」

「誰も死なずに敵を皆殺しにしろって? ナザロってば、ホント無茶言うんだから……ま、やってやるけどさ」

「あ、あたしも全力を尽くしますっ」

「あらあら。こんなに期待されてるんなら、お母さんも頑張らなきゃねぇ。あ、ナザロさんもお義母かあさんって呼んでいいんですよ?」

「……お母様、冗談を言ってられる状況ではありませんよ」


 薬の効果が切れた時に備えて、俺は全員にステータス強化の薬を配り直してから、開戦の合図を口にする。


「そんじゃお前ら、行くぞ」


 各々おのおのの返事を背中で聞くと同時に――俺は地面を蹴って天高く飛翔し、兵士どもの真っただ中に落下しながら風魔法を体にまとって加速し、腰に帯びた長剣を抜いて振り下ろす。

 斬撃とともに俺が地上に舞い降りると、その衝撃で周囲の兵が二十人ほど吹き飛んだ。

 唖然とする敵兵に向けて剣を向けると、俺は容赦ようしゃなく敵を斬り刻みながら、ナイジェルのほうへ突撃していく。


「き、貴様はナザロっ!? なぜこんなところにっ!?」

「なぜ? バカなことを聞くなよ。お前らが俺を国外追放したんじゃねえか」

「貴様まさか、こんなところまでわしを殺しに来たのか!? も、ものども、やつを止めろっ!」


 ナイジェルが慌てふためいた様子で指示を飛ばし、周囲の兵が戸惑った様子で元領主の俺に襲いかかろうとする。

 だが――


大嵐閃だいらんせんっ!」

断頭拳だんとうけんっ!」


 俺の背後を襲おうとした敵兵どもは、シュリの三日月斧バルディッシュの凄まじい斬撃に斬り伏せられるか、アイラの高速の体術によって首の骨を折られて絶命ぜつめいしていく。

 更に、左右から俺を襲おうとする兵たちも、エルとフェリーナの強力な風魔法で全身を切り刻まれて死んでいく。


 おびただしい数の死者を背後に、俺は敵兵を斬り伏せて返り血を浴びながら、ナイジェルに向かって前進する。

 魔薬まやくによるドーピングに加え、風魔法によるバフがかかった俺は、完全武装した兵隊どもを紙のように簡単に切り裂いていく。

 半分以上の兵が死んだ頃――ついに兵たちの士気が限界を迎えたようだった。


「も、もうダメだっ! 全員退却しろっ!」

「なんでナザロ様がこんなに強いんだ!? ま、まさか……俺たちの裏切りをさばくために、神か邪神でも味方したのか!?」

「ナザロ様、どうか我々の不徳をお許しを――っ!」


 慈悲を請う見覚えのある兵士を斬り殺し、全身に返り血を浴びながら、俺はシュリたちにえた。


「逃げたやつらを追えっ! 誰一人生かして帰すなっ!」


 エルとフェリーナの風魔法が兵を霧の中へ逃げ込ませないように押し戻し、シュリとアイラが逃げた兵たちを殲滅せんめつしていく。

 すがるように俺の周囲にひざまずいた兵たちを、俺は長剣を一閃して斬り殺しながら、ようやくナイジェルの元にたどり着いた。


 血まみれの俺を見て、ナイジェルは恐怖と侮蔑ぶべつが混じった顔で俺を見上げる。


「き、貴様……気でも狂ったか!? 自らの領民を手にかけるなど、領主にあるまじき所業だぞっ!?」

「お前こそ、頭がおかしくなったのか? 俺はとっくに領主じゃねえんだよ。俺を殺そうと剣を向けてきたやつを殺して、なにが悪い」


 まぁ連中も途中で戦意を失ったようだが……自分の命惜しさに寝返るような不忠者ふちゅうものなんて、また裏切るのが目に見えている。

 そんなやつ、味方に引き入れたくもない。


 俺はナイジェルの首筋に長剣を突きつけると、やつは地面に転がって土下座してくる。


「わ、わしが悪かったっ! お前がわしを恨むのは当然じゃ! 領主の座もお前に返す! だ、だから命だけは……っ!」

「領主の座なんてもういらねえよ。それより……俺がお前を恨むのは当然ってのは、一体どういうことだ?」

「な、なに……? 知っててわしを狙ったわけではないのか?」


 黙って吐けというように長剣の刃を突きつけると、ナイジェルは顔面を蒼白にして口を開いた。


「あ、あの気取った勇者……ユキヤ・ハルミネにお前を売ったのは、わしなんじゃ! お前が違法薬物の売買で国外追放されれば、わしが領主の座に座れると思って……つい魔が差してしまったんじゃ!」


 …………まぁ、うすうすそんなこったろうとは思っていた。

 確か原作アニメでも、ユキヤの元にナザロの違法取引の情報を記した書簡が届けられたのがナザロ逮捕のきっかけだったはずだが……原作では誰が書簡を届けたのかは描かれないままだった。

 その書簡を届けさせたのが、ナザロの実の叔父だったってわけか。


 その事実だけでこいつを殺すには十分過ぎるくらいだったが、殺す前にまだやることがあった。


「おいエル、こっちに来い」


 フェリーナやシュリたちと巨木の消火をしていたエルを呼び出すと、俺はエルをナイジェルの前に立たせた。

 ナイジェルは芸術品でも見るように陶酔とうすいした目でエルを見上げるが、エルは逆にゴミでも見るような目でナイジェルを見下ろしていた。


「エル、こいつになにか言いたいことはあるか?」

「そうですね……一応、感謝しておきましょう。あなたに買われると知った時は『豚のエサになるほうがマシだ』と思いましたが、あなたが購入予約をしていたおかげで、あの屋敷に残ってナザロ様に出会えました」

「こいつらがエルフの里にたどりつけた理由については、なにか心当たりがあるか?」

「恐らくですが、里への道順を知っているものを買収したか、拷問ごうもんしたのではないかと」

「おい、ナイジェル。誰から情報を得てエルフの里への道順を知った?」

「な、名前は知らん! エルフとて、水や肉を得るのに外に出る必要があると思って、霧の周囲を兵たちに張らせていたのじゃ! 今朝、たまたま霧の外に出てきたエルフを捕まえて、拷問して吐かせただけじゃ!」

「そいつは今どこにいる?」

「……道順は吐いたが、わしの奴隷の居場所を吐かなかったので……も、もう殺してしまった!」


 ナイジェルの言葉に、エルはかすかに眉をひそめた。

 エルフの仲間を殺されたことでショックを受けたのは間違いないはずだが、それを表に出さないようにとっさに表情を取りつくろったようだ。

 俺はもうひとつ、エルに質問を投げた。


「ちなみに、こいつを領主の座に据え置いたとして、俺に都合よく動いてくれると思うか?」

「……無理でしょうね。すでに一度裏切っていますし、ナザロ様を倒せそうな人物が領内に現れたら、即座にナザロ様を売ると思います」

「そ、そんなことはないっ! わしはもう絶対にお前を裏切らんっ!」


 平然とこれを言えるあたり、相当図太い性格してやがるな。

 俺は目線でエルに「ゆずるか?」と問い、彼女が首を横に振るのを確認してから――ナイジェルの首をねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る