第13話 商売が繁盛し、人狼族の村が栄える

 エルとフェリーナとともに人狼族の村に戻ってから、二週間が経った。

 流行り病の薬と身体強化の薬は飛ぶように売れ、魔薬まやくの利益はかなりの額になっていた。


 パブロ暗殺の報酬も加えて、人狼族の村には大々的な設備投資が行われた。

 まずは村の周囲をさくで囲み、魔物や人間の接近を知らせるための罠も周囲の森に張り巡らせ、村の防御を固めた。

 俺やシュリも含め、村人たちの装備も整え、外敵への備えは万全な状態になっている。

 当然、調合用の道具や薬を詰めるための瓶も買いそろえ、魔薬まやく製造の効率も大きく向上した。

 服や布団、調理道具や家の内装などもペドロに馬車で運んでもらい、住環境もかなりまともになってきた。

 更に、家の建て方などの知識をフェリーナから伝授され、より頑丈で暮らしやすい家への建て替えも進めているところだった。


 暮らしやすさが格段に増した人狼族の村を、俺はシュリの家の前に立ってゆったりと眺めていた。

 村人たちは当番制でシフトを組んでおり、武芸の訓練にはげむ班、肉や水や薬の素材の調達をになう班、洗濯や家の建て替えなどの家事を取り仕切る班に分かれている。

 生活水準が上がったのもあってか、村人たちの顔には以前より笑顔が増えているように見えた。


 ……ついでに言えば、俺の装備もかなり改善されていた。

 腰にはそこそこいい値段がした長剣を帯び、ベルトの背中側には各種魔薬まやくびんが入った革袋を下げている。

 服もマリソルの亡夫ぼうふのものではなく、防刃性と魔法耐性のある黒装束に変わっていた。


「いい村ですね」


 背後から声をかけられ、俺はそちらを振り返る。

 見れば、そこにはエルの母親のフェリーナが立っていた。

 エルに似た金髪碧眼へきがんの美女だが、エルとは違って顔には基本的ににこやかな笑顔が浮かんでる。

 彼女はいたずらっぽく笑ってから、俺の隣に歩み寄ってきた。


「あ、一応言っておきますけど、午前中の調合のノルマは終わってますよ?」

「いや、そこは疑ってないが」


 実際、エルとフェリーナの尽力は凄まじいものがあった。

 薬の調合においては俺の指示に従って質の高い薬を調合してくれているし、エルはペドロとの交渉に随行ずいこうして交渉に口を出してくれており、フェリーナは長命種ちょうめいしゅとして得た知識を人狼族の村に還元してくれている。

 エルはともかく、なぜフェリーナまで?――と最初の頃は思ったが、彼女の意図を推察して納得した。


「それで、俺たちはあんたのお眼鏡めがねにかなったのか?」

「なんのことかしら?」

「とぼけなくてもいい。あんた、旦那の代わりに俺たちが協力者に相応ふさわしいか視察しに来たんだろう?」

「……あらあら。ナザロさんは頭の回転もいいんですね」


 頬に手を当てて困ったように笑ってから、フェリーナは続ける。


「ごめんなさいね。あの人は頑固で保守的だから、大事な決断ほど慎重になっちゃうのよ。本当はあの人も、ナザロさんたちと手を組んだほうがいいって思ってるはずなんだけど、里長さとおさとしての責任感が強くて決断できないのよ」

「ハッ。惚気のろけか? あんた、旦那のそういうところに惚れたんだろ?」

「そうなのよ〜。あの人ってばもう、プロポーズの時もものすごくぐだぐだと前置きして大変だったんだから。でも、そういうダメなところが愛おしいのよね〜」


 イヤミを言ったら、両手を頬に当てて盛大に惚気のろけてきやがった。

 話を本題に戻すため、俺はせき払いをしてから言う。


「まぁこっちとしては、あんたとエルっていう労働力を得られただけで十分だ。協力者が少ないほうが、分け前も減らずに済むからな」

「ふふっ。ナザロさんも旦那と同じで、素直じゃないのね。そういうところが、エルも気に入ったのかしら」

「は? 何の話だ?」

「あら。もしかして気づいてなかったのかしら」


 フェリーナは意外そうに目を丸くしてから続ける。


「あの子がエルって愛称を許すなんて、今まで家族以外にいなかったんですよ? 次期里長さとおさとして厳格に育てられてきたせいか、公平であろうとして里でも友達を作らないくらいで……だから、あなたやシュリちゃんと親しげに話してるところを見て、私びっくりしちゃったわ」

「親しげ……?」


 エルのやつが親しげに見えたことなんてないが……エルの基準だと、あれが親しげの範疇はんちゅうに入るのか?

 そう言われると、絶世の美女だの下ネタだのも、やつなりのジョークだったのかもしれんな……だとしたら、不器用にも程があるが。


 俺が呆れていると、フェリーナが嬉しそうに続ける。


「旦那は本当にエルに対して過保護で、ちょっと厳しくしすぎちゃったのよね〜。そのせいであんな無表情な子になっちゃったけど、あれでもナザロさんたちには相当心を開いているのよ? というか、あの子ったらナザロさんのことをす――」

「お、お母様っ!」


 背後からの大声に、俺たちは驚いて振り返った。

 見れば、エルがほのかに耳を赤らめてそこに立っていた。

 彼女はわざとらしくせき払いをしてから、冷静をよそおって口を開く。


「こほんっ…………お母様、妙な妄想を勝手に語らないでください。私はただ、奴隷の身から救われた恩に報いているだけです」

「も〜。この子も素直じゃないんだから……こんなんじゃ、行き遅れないかお母さん心配よ?」

「それこそ余計な心配です。というか、エルフの寿命なら行き遅れもなにもありません」

「なに? もしかして、シュリちゃんに遠慮してるの? 人間のお貴族様なら、そういうのは気にしないと思うけど……」

「だ、だからっ、勝手な妄想を繰り広げないでくださいっ!」


 エルは母親をしかりつけてから、耳から目元まで赤くして俺をにらんできた。


「母の妄想を鵜呑うのみにして、勘違いしないでくださいね」

鵜呑うのみもなにも、お前らはさっきからなんの話をしてるんだ?」

「それはっ……………………な、なんでもありません」


 明らかになにかありそうなリアクションだったが、踏み込んでも答えが返って来ないのが明白なので、俺はそれ以上の追及を諦めた。


「はぁ……これは前途多難ね」


 隣でフェリーナが、なぜか呆れたようにため息をついていた。


   ◆


 夕刻近くになり、今日の調合が一段落ついたところで、シュリが家に帰ってきた。


「ただいま〜。いや〜、今日もいい汗かいた〜」


 シュリは手ぬぐいで汗をぬぐいながら、居間の座布団に腰を下ろした。

 シュリの服は今までのような毛皮を巻いただけの装備ではなく、鋼鉄製の胸当てをつけ、武器の三日月斧バルディッシュもより切れ味のいい新品に買い替えている。

 この時間まで村人たちの戦闘訓練に付き合っていたらしく、顔には充実した疲れが浮かんでいた。


 俺はなんとなく、『鑑定』でシュリのステータスを確認する。


  レベル:80

  スキル:斧戦技(レベル70)、体術(レベル50)

  ユニークスキル:なし

  HP :1803

  MP :137

  攻撃力:544

  防御力:380

  素早さ:619

  器用さ:384

  魔力 :105

  魔防 :238


 出会った頃と比べると、結構強くなってるな。

 村に経済的な余裕ができて、戦闘訓練を積む時間が取れるようになったり、より優れた装備になったことで森の強力な魔物とも安全に戦えるようになったのも大きいだろう。


 ――村人たちもこのくらい強くなってくれれば、殺し屋シカリオ集団としてはかなり頼もしいな。

 そこまで育つにはまだ時間はかかるだろうが、こればっかりは焦っても仕方がない。


 俺が考え事をしていると、いつの間にかシュリが眼前まで距離を詰めてきていた。

 俺の顔をのぞき込みながら、疑わしげな視線を向けてくる。


「なんだ、その目は」

「お昼に、エルやエルのお母さんとなにか話してたよね? あれ、なに話してたの?」

「特に変わったことは話してないが……」


 フェリーナが里長さとおさの代理として、この村を視察に来てる――とかは、シュリには言わないほうがよさそうなんだよな。

 人狼族ってやつらは性根が真っ直ぐすぎるがゆえに、そろいもそろって嘘をつけない性格をしている。

 下手に話してシュリたちの言動がそらぞらしい感じになり、フェリーナから無駄に警戒されるのも避けたいところだ。


 俺の答えが気に入らなかったのか、シュリは頬をふくらませて更に顔を近づけてくる。


「うそ。エルってば、いつになく大きな声出してたし。絶対なにか変なこと話してたよね?」

「よくわからんが、フェリーナとエルが親子ゲンカしてただけだ。俺は関係ない」

「ホントかなぁ〜?」


 シュリはまだ疑わしげだったが、それ以上は追求してこなかった。

 代わりに、俺の隣に座って体を擦り寄せてくる。


「そ、それよりさ……明日はお休みだし、今日はこのあと……」

「失礼しますっ!」


 唐突に家のドアが開け放たれ、外から人狼族の少女が入ってきた。

 シュリと違って黒い毛並みをした長身の彼女は、俺とシュリの様子を見て瞬時に状況を理解し、一気に顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「あ、あわわ……お、お取り込み中のところ申し訳ありませんっ!」

「……ホントだよ。邪魔しないでよ、アイラ」

「ご、ごめんってば、シュリ……って、じゃなくてっ!」


 黒髪の人狼少女――アイラはぶんぶんとかぶりを振ってから、真剣な顔で報告する。


「森から帰ってきた採取班が、森の中で大勢の人間が移動した痕跡を見つけました! 更に、エルフの里のほうから火の手が上がっています! おそらく、人間の軍勢の襲撃を受けているのではないかと!」

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