第15話 エルフの里を傘下に加え、エルから『報酬』をもらう
里のエルフたちも動員し、巨木の消火活動とナイジェルたちの死体の処分が終わる頃には、すっかり夜になっていた。
「ナザロ殿……いや、ナザロ様っ! この度のご厚情、誠に感謝申し上げますっ!」
里のエルフや妻子が見守る中、
エルとフェリーナは「やっと決断したか」と言いたげに苦笑し、里のエルフたちはシディアスにならって俺に向かって土下座してくる。
……大勢の人を見下ろすのは悪い気分じゃないが、土下座で感謝されたところで一銭の得にもならない。
俺は嘆息をもらしてから、シディアスに言った。
「顔を上げろ、シディアス」
「はっ」
顔を上げたシディアスの目に、覚悟の炎が宿っているのが見えた。
「正直、俺にはお前らを助ける義理なんざなかった。ただ、エルとフェリーナは俺にとって貴重な人材だ。お前らを見殺しにしてあいつらのモチベが下がっちまったんじゃ、俺も困る。だから仕方なくお前らを助けただけだ」
「それは重々承知しております。だからこそ……今度こそ、正式に我らエルフ一同をナザロ様の傘下に加えていただきたく」
「俺の傘下に加わるってことは、
一度傘下に加わったら、裏切りは絶対に許さんぞ――と暗に告げるが、シディアスは
「無論です。我らの全身全霊をもって、里を救っていただいた恩に報いたいと存じます」
「……そうか。なら、これから遠慮なくこき使ってやる」
「はっ」
言って、再度シディアスが頭を下げてくる。
他のエルフたちも一斉に頭を下げてくるが、頭を下げる前に俺を見上げる目には敬意と
俺が解散するように指示すると、エルフたちは立ち上がって各々の家に帰っていく。
――とりあえず、これでエルフの里を味方につけられたか。
この組織強化によって、
とはいえ、本人がそれを望んでいるかはわからんが……
俺は背後を振り返ると、シュリとアイラ、エルとフェリーナの顔を見回した。
シュリとアイラ、フェリーナはエルフ族の組織参入に素直に喜んでいるようだったが、エルは相変わらずの無表情でなにを考えてるかわからない。
俺は内心で嘆息をついてから、四人に向けて言った。
「さて、ぼちぼち村に帰るか」
「あらあら。ナザロ様、エルフ族が正式に傘下に加わったことですし、せっかくですから今日は里に泊まっていってくださいな」
「もう日も落ちていますし、わざわざ夜の森を移動する危険を
フェリーナとエルの提案に、俺は思わずあごに手を当てて思案する。
……まぁ確かに、結構暴れて体力使ったし、ここで一休みできるならそれに越したことはないんだよな。
意見をうかがうためにシュリとアイラを見ると、二人も疲労がにじんだ顔で肩の力を抜いた。
「あたしも賛成〜。さすがに疲れたぁ……」
「す、すみません……あたしも、今すぐ布団にダイブしたいです……」
「では、私が皆さんの寝室を調整してきますね」
エルはそう言うと、まだ巨木の上に戻らずに数人のエルフと
俺たちが宿泊すると聞いてか、シディアスはむしろ嬉しそうに顔をほころばせて、他のエルフたちに指示を出し始める。
そこにフェリーナも加わり、親子三人で久々に親愛のこもった会話を繰り広げている。
それをぼんやりと眺めていると、シュリが隣に寄り添ってきた。
「よかったね、ナザロ。エルのお父さんや里が無事で」
「やつが死んでいたら、こんなに簡単に里ごと傘下に加えられなかったからな」
「もぉー、ちょっとは素直に喜べばいいのに。ホントにひねくれてるんだから」
シュリが呆れたように苦笑するのに、俺は肩をすくめた。
俺がそんな善意で人助けをするなんて思われたら、今後の
カルテルの存在が脅威であり続けるためにも、俺は徹底的に利害で動かなければならないし、情で動いたせいで味方を人質に取られるような間抜けな事態も避けなければならない。
人質を取られても、人質ごと皆殺しにする化け物――そのくらいに恐れられていなければ、犯罪組織のトップなど務めてはいられない。
――俺の真意なんて、お前だけが察してりゃそれでいいんだよ。相棒。
胸の中で
シュリは鋭敏な狼耳をピコピコと動かしながら、俺を見上げてきた。
「ん? ナザロ、今なにか言った?」
「……いや、なにも」
不思議そうに首を傾げるシュリを見て、俺は浮かびかけた笑みを隠すために口元を手で押さえた。
◆
シディアスの家に迎え入れられると、そこでは宴会の準備が待っていた。
里の住民が狩った動物の肉に、里の周辺で採れたきのこや果物を中心に、数々の料理がテーブルに並べられており――なにより目を引いたのは、ボトルに入ったワインだった。
人狼族の村に移住してからは、なかなか
シュリとアイラも初めて飲んだ酒が気に入ったらしい。
疲労と酒の酔いもあってか、一時間ほど飲み食いすると二人ともソファで眠りこけていた。
「あらあら。こりゃ朝まで目を覚ましそうにないわね。シュリとアイラちゃんは布団に移動させておくから、エルはナザロ様を家に案内してあげて」
「わかりました」
言って、エルは立ち上がると家の外につながるドアに近づいた。
「ナザロ様、こちらへどうぞ」
「え? 俺もこの家で寝るんじゃないのか?」
「ここには来客用のベッドは二つしかないので、シュリ様とアイラ様でベッドは埋まってしまいます。ナザロ様には私の家のほうへご案内しようかと」
「……お前、ここに住んでたんじゃなかったのか」
「二十歳にもなれば、親との同居なんて難儀なことのほうが多いので」
そう言えば、シディアスは相当エルに厳しくしていたらしいな。
間を取り持つフェリーナとしても、仲
俺はエルの案内に従って、家の外に出た。
エルが差し出してきた手を握り、静まり返った夜の森をエルの風魔法で浮遊する。
シディアスの家から少し下りたところにある小さなツリーハウスに入ると、エルは室内の燭台に火を灯した。
その家はシンプルなワンルームだった。
部屋の左手には調理台とテーブルが配置され、奥には
俺が家のドアを閉めると、エルは薄明かりの下でこちらに背を向け、ロングワンピースを脱ぎ始めた。
夜の静寂の中、
ロングワンピースが床に落ち、薄い肌着をも脱ぎ去ったあと――エルはその芸術的な裸身を俺に向けた。
細いが女性らしい丸みを帯びた
食い入るような俺の視線を浴びたせいか、エルの長い耳がほんのりと赤くなっていた。
「…………ナザロ様、絶世の美女の裸を見て興奮しているのはわかりますが、そんなに血走った目でじろじろと見られると、さすがの私も羞恥を覚えます」
「わ、悪い……っていうか、なんでお前はいきなり脱ぎ出したんだ?」
これはどう見ても、俺のことを誘ってるよな?
それともなにか? エルフ族の間では、全裸健康法でも流行ってやがるのか? けしからん。
俺の混乱をよそに、エルはダブルベッドの上に腰を下ろした。
耳どころか目元までうっすらと赤くしながら、エルは言う。
「こ、これは極めて合理的な判断なのですが、エルフ族とナザロ様の結束を固めるためには、やはり強力な
「…………ベッドへの誘い文句としては、最悪すぎるだろ」
相手がエルじゃなかったら、さっきまでの興奮も覚めてただろうな。
俺の言葉にショックを受けたのか、エルは意外にも瞳をうるませて上目づかいに俺を見上げてきた。
「あ、あの……やはり、私ではダメでしょうか? シュリ様のように、素直で明るい子でないと女として見れませんか……?」
「ダメってことはないが……一応言っておくが、俺はシュリともそういうことしてるぞ?」
「それは気にしません。元から、二番目なのは覚悟していますから」
シュリのやつは気にしそうだが……ここで断って、エルとの間に
……いや、言い訳せずに正直に言おう。
正直、エルの裸を見て完全に興奮してしまい、俺自身がこの据え膳を食わないなんて選択肢を選びたくないのだ。
俺がまだ悩んでると思ったのか、エルは俺を説得するように必死で言い募ってくる。
「こ、ここで私を拒否すると、私の仕事のモチベーションが低下して能率が下がるほか、様々な悪影響が発生し――」
こいつ、さんざん俺に下ネタ振ってきた割りに、こっち方面に関しては不器用すぎねえか?
…………いや、むしろ逆か。
俺は今までのエルの言動を、ようやく理解できた。
エルがやたら下ネタを振ってきてたのは、俺に対する超絶不器用なアプローチだったのか。
シュリに対して妙にケンカ腰だったのも、明るくて元気で思ったことをはっきり言えるシュリに対する、劣等感の裏返しだったのだろう。
いまだに早口で「自分と寝るメリット」を語り続けるエルが、なんだかむしょうに可愛らしく思えてきて――俺は苦笑しながらベッドに歩み寄った。
「わかったから、少し黙れ」
「えっ? あっ……」
俺はエルの肩を抱くと、強引に唇を奪ってから彼女を押し倒した。
◆
夜の街道沿いで、野営をする人影があった。
馬車と馬を木に繋ぎ止め、焚き火のそばで
「リーン、メアリ。まだ起きてるか?」
「どうしたんですの、ユキヤ」
「見張りの交代のお時間ですか、ユキヤ様?」
「はは、違うよ」
ユキヤは
「二人はこの間のアーガイル領の事件を覚えてるか?」
「もちろんですわ。あんな最低な領主、忘れたくても忘れられませんっ」
「あの、リーン様と私のことを……え、えっちな目で見ていた方、ですよね?」
「そうそう。あれからしばらく経ったし、アーガイル領がどう変わったのか見ておこうと思うんだけど、どうかな?」
「なるほど。我々の善行の成果を確認しつつ、新領主の働きぶりを視察するというわけですね。いい考えだと思いますわ」
「さ、さすがですっ、ユキヤ様!」
二人の称賛を受け、ユキヤは照れたように笑ってから言った。
「それじゃ……この依頼を達成したら、次はアーガイル領に向かうってことでいいかな?」
「問題ないわ」
「もちろんですっ」
三人はその後も、次の旅への期待感に胸を踊らせながら、和気あいあいと雑談を続けていた。
――アーガイル領への旅が、三人での最後の旅になるとも知らずに。
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