第4話 人狼族の村で救世主になり、シュリから『恩返し』をされる

 日の落ちた森の中を小一時間ほど走ると、ようやくシュリが足を止めた。


「あそこが、あたしたちの村よ」


 そう言って、彼女は夜闇で真っ暗な獣道の先を指差す。

 本来、夜目よめの利く人狼族とは違って、俺に夜の森の奥など見通せるわけがない。

 だが、森のフクロウの魔物を倒して得た素材のおかげで、俺はドーピングにより一時的にとてつもなく夜目よめが利く体質に変化していた。


 獣道の先には、明かりこそともらないものの、確かに生活感のうかがえる村が見えた。

 木材で作られた家は掘っ立て小屋のような粗末な作りで、雨風や魔物の襲撃にさらされてところどころ腐食や破損している。

 村の外周では、何人か守衛とおぼしき人狼族の男が武器を持ってうろうろしていた。


「……なかなか風情ふぜいのある村だな」

「ボロいって意味だよね? まぁ否定はしないけど」


 俺の婉曲えんきょく的な表現を、シュリは直接的に言い直してから苦笑した。


「住めば都……とは言わないけど、あの村での一泊があたしにできる最大の恩返しよ。もちろん、命を救われた恩と比べたら安すぎるだろうけど……」

「いや、そこまでは言ってねえって。ってか、屋根があって毛布にくるまって寝れるなら文句はねえよ」

「それならいいけど」


 そう言ってシュリが村への道を駆け出すので、俺も彼女の背中を追うことにした。


 村へ近づくにつれ、村の守衛たちがこちらに気づいてなにやら騒ぎ立てる。

 武器こそ違えど、守衛の男どもはほとんどシュリと似たような露出の多い格好をしていた。

 彼らは俺を見るなり殺気立って武器を構えながら、動揺した様子でシュリに向かって声を張り上げる。


「シュリ、お前無事だったのか!?」

「一体どうやってジャイアントホーンから逃れてきたのだ!? 村の男どもが総出で戦っても、まるで歯が立たなかった相手だぞ!? いくらお前が村一番の戦士でも、ただで済むわけがない!」

「そんなことより、後ろの人間はいったいなんだ!? どうしてそんなやつをここまで連れてきた!?」


 ……話を聞いてる感じだと、もしかしてあのジャイアントホーン、もともとこの村を襲いにきてたのか?

 村の家があちこち破損しているのも、ジャイアントホーンの襲撃を受けた直後だからなのかもしれない。


 シュリは彼らの近くまで歩み寄ると、俺のほうを手で示して言った。


「この人はあたしの命の恩人、ナザロよ。人間族だけど、我々人狼じんろう族に害意はないわ。客人としてくれぐれも丁重に扱うように」

「命の恩人? 一体どういうことだ」

「あたしはおとりになってジャイアントホーンを村から引き離したあと、角で腹を貫かれて死ぬ寸前だったのよ。そこにナザロが通りかかって、傷を治癒してくれた上、ジャイアントホーンまで仕留めてくれたの」


 シュリが説明すると、村人が驚愕した様子で目を見開いた。


「ジャイアントホーンを一人で、だと……?」

「なんという戦闘能力、ほとんど化け物ではないか」

「ジャイアントホーンに貫かれた傷を回復させただと? まさか、相当高位の神官様なのか……?」


 ……ざわざわとうるせえやつらだな。

 俺が煙たそうな顔をしているのに気づいたのか、シュリは集まってきた守衛たちを押しのけて道を作った。


「とにかく、あたしたちはこの人に恩義がある! 誇り高い人狼族の戦士として、絶対に粗相そそうのないように!」


 シュリはそれだけ言い捨てると、村の中でもひときわ大きな平屋に向かって歩き出す。

 俺は守衛どもの疑念の視線を無視しながら、シュリの背中を追いかけた。


 平屋の中に入ると――広い板張りの一室に、おびただしい数の負傷者が寝かされていた。

 負傷した部位に薬草を貼って治療をしているようだったが、ケガの重さに対して治療行為が到底釣り合っていないように見える。

 治療にあたっている人々の顔も暗く、せわしなく動き回ってはいるものの、自分たちの行為が延命処置にもなっていないことには気づいているようだった。


 シュリは沈痛な面持ちで彼らを一望してから、俺に視線を向けた。


「あの人たちは、あのジャイアントホーンに襲われた村人たちよ。このまま放置すれば、きっとみんな助からないと思う」

「それで、お前は俺になにが言いたいんだ?」


 俺が露骨に無愛想に問うと、シュリは一瞬だけ萎縮いしゅくしたようだったが、覚悟を決めた顔で俺の目を見つめてきた。


「お願い! あたしにできることならなんでもするから、みんなの命を助けて!」

「そうは言うが、お前一人で一体なにができるんだよ」

「あたしは人狼族の族長よ! キミが望むなら、人狼族の力も族長の座も、全部キミにあげる! それだけじゃない……あたし自身がキミの奴隷になってもいいし、奴隷としてあたしを人間に売っても構わない! お願いだから、みんなを助けてっ!」


 胸にすがりついて懇願こんがんされ、俺は黙考する。

 この村に長期滞在できる大義名分ができるなら、シュリの要求を飲んでも損はないかもしれない。

 素材ならまた森でいくらでも集められるし、族長の座をもらえるなら、人狼族の連中に採取作業を丸投げできる。

 そうなれば、俺は薬の調合に専念しながら、じっくりと今後の計画を練れるってわけだ。


 俺は邪悪な笑みを浮かべると、シュリの肩に手を置いた。


「いいだろう。その取引、乗ってやる」

「い、いいの!?」

「一応言っておくが、治療したあとで取引をご破算にしやがったら、どうなるかわかってるだろうな?」

「人狼族の戦士は、一度交わした約束を絶対にたがえたりしないよ!」


 シュリの威勢のいい返事を聞いてから、俺はポケットに手を突っ込んだ。

 ポケットから上回復薬の素材を取り出すと、手のひらの中で押しつぶして『調合』を成立させる。

 俺が薬とともに負傷者たちの元へ近づこうとすると、治療に奔走していた村人たちが俺の行く手をさえぎってきた。


「あ、あなた、一体なにをする気ですか!?」

「あ? 今から俺が、その負傷者どもを治療してやるんだろうが」

「人間が私たちを助けてくれるわけないわ! どうせ毒でも盛るつもりなんでしょう!?」


 ――人間、マジで亜人に嫌われてんだな。

 まぁ俺は正直、負傷者どもがどうなろうが知ったこっちゃないんだが……

 そう思っていると、シュリが俺と村人の間に割って入ってきた。


「やめて! 今は言い争ってる場合じゃないでしょ!? このままんじゃみんな死んじゃうんだよ!?」

「そ、それは……でも、そいつの手に任せたって助かるとは――」

「絶対に助かるよ」


 シュリが断言すると、村人たちは気圧けおされたように一斉に口をつぐんだ。


「あたしが保証する。この人に任せれば、絶対にみんなの命が助かる。だからお願い、あたしを信じて」


 シュリの懇願こんがんこたえるように、村人たちは苦渋くじゅうの表情で道を開けた。


 シュリは安堵したように表情を緩めてから、両手をうつわのように広げて俺に差し出してきた。


「薬を配るの、あたしも手伝う。患部に垂らせばいいんだよね?」

「あぁ」


 俺はうなずいてから、手のひらにためていた上回復薬をシュリの手のひらに移した。


 俺が薬を調合し、シュリが広間を駆け回って重症度の高い患者に優先的に薬を投与する。

 そうして手分けして負傷者たちに上回復薬を投与していくと、彼らの傷は急激な勢いで回復していった。

 すべてが終わる頃には、広間は命を救われた村人たちの歓喜の声と、治療に奔走していた村人たちの喜びの涙で騒然となっていた。


 全員の治療が完了したのを確認してから、俺はシュリのほうに視線をやる。

 彼女は全員の命を救えたことで緊張の糸が切れたのか、両目からとめどなく涙を流していた。


「ありがとう、ナザロ……あたし、この恩は一生忘れないわ……っ」

「…………いや、取引さえちゃんと履行りこうしてくれんなら、恩なんてさっさと忘れてもらっていいんだが」


 俺のツッコミが聞こえていないのか、シュリはとめどなくあふれる涙を両手でぬぐい続けていた。


   ◆


 負傷者どもが俺に感謝を述べて家に戻っていくのを見届けてから、ようやく俺は寝床に案内された。


 村の奥にある、他の民家より一回り大きな平屋に入ると、シュリは勝手知ったる様子で夕食を作ってくれた。

 夕食と言っても、切った肉に塩と香草をまぶして囲炉裏いろりで焼いただけの料理だったが、空腹もあって妙に美味く感じた。


 ――それにしても、国外追放初日から色々ありすぎて正直くたびれたな。

 明日からは本格的に、俺の野望を実現するために動き出したいもんだ。


 腹が満たされると、居間の奥の寝室に案内された。

 寝室には二人分の布団――魔物の毛皮を二枚組で敷いたもの――が横並びにかれており、その手前には体をくための水桶みずおけと手ぬぐいが置かれている。


「ほー。二人分の布団を使っていいとは、なかなか気が利くじゃないか。これでぐっすり眠れるってもんだ」

「あ、あのっ…………あ、あたし、こういうの初めてで……っ」


 ――は? 何言ってんだ、こいつ。

 シュリのやつ、飯の時からぎこちない感じで、受け答えも噛み合ってなかったが……寝室に入った途端、顔を真っ赤にして急に胸を押さえ出しやがった。


「おい。お前まさか、病気とかじゃねえだろうな?」

「えっ? あっ、いや……こ、これは、そういうんじゃなくて……」

「だったら何なんだよ。はっきりしねえやつだな」


 俺が悪態をつくと、シュリは大きく深呼吸してから――唐突に、身にまとっていた毛皮を脱ぎ去った。

 豊満な胸と細いくびれ、引き締まった尻がすべてあらわになり、その美しい女体に視線が釘付けになる。

 下半身に血が集まるのを自覚するが、この状況できかん坊が暴れ出すことは誰にも責められまい。


 自分の裸体が凝視ぎょうしされているのが恥ずかしくなったのか、シュリは更に顔を赤くして、大事な部分だけを手で隠した。

 それが余計に扇情せんじょう的に見えて、俺は生唾なまつばを飲み込んでいた。


 シュリは悩ましげに体をくねらせてから、意を決したように口を開く。


「ナ、ナザロ。キミはあたしの命の恩人だし、この村の救世主だよ。キミの望むことなら、なんでも叶えるつもり。だけど……」

「……だけど、なんだ?」


 まさか、このに及んで取引をなしにする、なんて言わねえだろうな?


「だけど……キミから受けた恩は、とてもじゃないけど今のあたしに返せるものじゃない。あたしを奴隷として売り払っても、たぶん全然追いつかないと思う」

「それで?」

「あたしは、こんなでも族長だから……村のみんなまで奴隷にしてほしくない。キミがもし、あたしひとりを奴隷にするだけじゃ不満だって言うんなら……お願い。あたしの体を好きにしていいから、みんなのことは見逃して」


 …………こいつ、どこまで自分を犠牲にするつもりなんだ。

 このバカを見てると、昔の――前世の記憶を取り戻す前のお人好ひとよしのナザロを見てるみたいで、だんだんムカついてきた。


 俺は盛大にため息をついてから、口を開いた。


「あのな。俺は別に、お前らを奴隷として売り飛ばすなんて一言ひとことも言ってねえだろうが」

「ち、違うのっ!? じゃあ、ナザロはあたしたちになにを要求するつもりなのっ?」

「それは明日話すが、とりあえず今は……」


 俺はシュリの裸の肩をつかむと、布団の上に押し倒した。

 再びシュリが顔を赤くするが、鼻先が触れ合うくらいまで顔を近づけて問う。


「お前、男の前でそんな格好をするってことは、どうなるかわかってんだろうな? 俺は裸のいい女を前にしてガマンできるほど、人間ができちゃいないぞ」


 というか、前世も現世も童貞なんや! こんな据えぜん食わずにいられるか!

 内心拒否られたらどうしようとビクついていると、シュリははにかむように笑った。


「知ってる? 人狼族って、本能的に強いオスに惹かれるんだって」

「つ、つまり?」

「……あたしだって、したくない相手だったら、いくら恩があってもこんな格好はしないってこと」


 ――その一言で、俺の理性は完全に崩壊した。


 夜が明けて互いの体力が尽きるまで、俺たちは無我夢中で互いの体をむさぼり合った。

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