腹黒の隠し合い



 魔道具納品先の子爵邸に、その女はいた。

 雇われている可能性がなくはない、程度の認識だったがまさか本当に居るとはな。

 嬉しいね。思った以上に早く再会することができた。



「魔道具の仕様説明をするついでに、少し今後のことについて相談がある。サシで話したいから悪いが席を外してもらえるか?」


「んー? ……いいよー。それじゃあメディア、ラインちゃんをお茶の間に招いてあげて。お茶菓子はいいのをお願いね」


「……」


「……メディア、聞こえなかった?」


「っ……すみません、畏まりました。こちらへ、どうぞ……」


「どうもー」



 明らかに動揺した様子で俺をガン見するクソメイドことメディア。

 主の命を2度言われなきゃ聞き取れないのか? マヌケ。


 応接室から出て、茶の間に案内されている最中にメディアがこちらを睨み殺す勢いで険しい顔を向けてきた。

 酷い顔だ。醜悪な顔がさらに不細工になって見れたもんじゃない。



「……なぜアンタがここにいるのよ」


「聞いてなかったのか? 店長の付き人だよ」


「公爵家を追い出されてとっくに野垂れ死んでいるかと思っていたのに、どうやってゼリアーヌ様に取り入ったのかって聞いてるのよ……!」



 客人相手にタメ口か。

 そのうえこの言い草は完全にこちらを舐め腐ってるわコイツ。

 いや、納品に来た俺たちは客とは言えないとでも思ってんのかな。



「取り入ったのはお前だろ?」


「なっ、どういう意味よ!?」


「俺の食費の大部分を横領したのがバレてクビにされて、まだ『元公爵家の侍女』の肩書が効いてる間にこの家に売り込んできたんじゃないのか? レオポルド家はこの家とはさほど繋がりが強くないし、取るに足らないお前のことなんかわざわざ伝えないことまで分かっていたからここに雇われたんだろう?」


「お前がっ……!! 元はと言えば、お前が悪いのよ!! お前が無能だから! お前さえもっと使い道があれば、私もあの家に居続けられたのに!!」


「バカかお前。俺があの家でまともな待遇が受けられるようなことになれば、お前みたいなゴミを傍に置いとくわけねぇだろ」



 茶の間までの長い廊下を歩きながら口汚く罵り合う二人。

 ちなみにここまでの会話は全部小声だったりする。

 感情任せに大声で喚かないくらいの理性はあるようだ。



「ああ、そうね。アンタみたいな出来損ないが公爵様に認められるわけないものねぇ。先々代の再来とも言われた兄のグランザリオ様は言わずもがな、魔法を軽視するレオポルド家においてなお魔法の天才と認められたメリーナリス様に比べて凡才、いえ非才そのものなんだもの! あははっ! みっともないわぁ!」


「その非才の出来損ないに出し抜かれてヘソクリ取り返されてるお前はそれ以下の無能だけどな」


「っ……!! 随分と口が回るようになったじゃないの! 屋敷じゃビクビクしてばかりだった臆病者のくせに! あれは私のお金よ! 返しなさい!!」


「もう全部使っちまったよ。それに少しは残してあったはずだ、活きのいい金ぴかのヤツをな」


「あの虫の話はやめろこのクソガキィ!!」


「そんな邪険にすんなよ、踊り食いするほど好きなんだろ? 目の前でゴックンしてただろうが」


「ああああ゛!! お前が投げたんだろうがぁ!!」



 あーたのしー。ゲラゲラゲラ。つーかレスバ弱いなコイツ。

 安い挑発にも全力で乗ってくれるもんだからからかい甲斐がある。


 今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだが、さすがに客人の付き人に手を上げるほどバカじゃないようだ。

 罵詈雑言や態度の悪さくらいならチクられても証拠がないからいくらでも誤魔化しが利くが、暴力沙汰ともなれば話は別だし。


 いくら憎かろうとも、この場では大っぴらに荒事を起こすわけにはいかないってことだ。

 ……お互いにな。




 茶の間に通されたが、たかが魔道具屋の付き人相手に通す場とは思えないほど豪華かつ優雅な部屋だった。

 座る椅子一つとっても、上質の革に包まれたクッションが付いていて座り心地も抜群にいい。

 公爵家に引けを取らないほど調度品にも拘っている。どこに出しても恥ずかしくないほど豪奢かつ上品だ。



「お待たせしました、クソガキ様」



 ただしお茶汲みは除く。どこに出しても恥ずかしくないクソメイドっぷりである。

 紅茶に毒でも盛ってねぇだろうなコイツ。さすがにそこまで露骨なことはしないと思うが……。


 慣れた手つきでコポコポとカップに紅茶を注ぎ、俺の前に出してきた。


 その時



「ああっ」


「っ!? あっつ!!」



 わざとらしく足をもつれさせ、俺に向かって紅茶の入ったカップをぶっかけてきた。

 明らかにわざとコケたフリをして、顔面を狙ってきやがったな。

 幸い、咄嗟に身を引いていたから服が紅茶で濡れたくらいで済んだが、なにかしてくるかと身構えていなきゃ顔を火傷してたところだ。


 ガシャン、と床に落ちたカップが甲高い音を立てながら割れて砕けた。

 この真っ白なカップだって安いものじゃないだろうに、随分とぞんざいに扱うじゃないか。ええ? クソメイド。



「あらあら、出されたお茶すらまともに飲めないのかしら? これだから無能はどこまでも無能なのよ」



 コイツ、俺がカップを落とした体で話を進めるつもりか。

 ……カップが割れた音を聞きつけたのか、部屋の外から使用人らしき足音が駆け寄ってくる足音が聞こえる。


 コイツが紅茶を俺にぶっかけてきたことを話しても、証拠がない。

 証拠がない意見のぶつけ合いをしてもコイツがしらばっくれている限り、話は平行線になることは明白。

 おそらく大きな問題にはならないだろう。


 ありがとよクソメイド。

 お前が反省してて、本当に心を入れ替えてここで働いていたりしたら見逃すことも考えないといけないところだった。



 馬車での出来事を思い出せ、あの罪悪感と死に際の絶叫を想起しろ、俺。


 それが話を面白くするのに必要なんだ。








 ~~~~~







 紅茶で濡れネズミになった無能なガキを、私は見下ろしていた。

 しばらく見ないうちにどんな心境の変化があったのか、私に向かって生意気な口を叩き続けていたガキに少しお灸を据えてやったわ。


 腹を立てて怒ってきても無駄よ。

 目撃者はいないし証拠もない。


 『お客様が誤ってカップを落としてしまいました』と言えば、どれだけこのガキが騒ぎ立てようとも私の非にはならないはず。 

 私のお茶汲みの腕はこの家の人間たちもよく知っているし、この状況を見ても客人の子供がはしゃいだ結果こうなったと考えるのが自然。


 さぁ怒りなさい、食ってかかってきてみなさい。

 全て無駄でしょうけどね、あはははは!



「……ご」


「ん?」





「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」





「……え?」



 思わず声が漏れた。

 さっきまでの傲岸不遜な態度はどこへやら、顔を真っ青にしてひたすら謝罪の言葉を口にしていた。


 震える手でカチャカチャと割れたカップを集めて、自分の服で濡れた床を磨いている。

 顔から滝のように脂汗を流しながら必死に片付けようとしている様は、演技にはとても見えない。



 ……ああ、そうか。

 このガキはなにも変わっていなかったんだ。

 私の前であんな態度をとっていたのも単なる強がりで、本当は恐ろしいのを必死にこらえていたってわけか。


 それがこんなちょっとした報復だけで決壊した。

 体にかかる紅茶の熱さで教育の鞭の痛みでも思い出したのか、さっきまで罵り合っていた相手にこんな無様を晒すなんて。


 滑稽、実に滑稽だわ! あははははっ!!




「!! お、お客様!? なにを……!?」



 無様な無能の様子を見て実に晴れやかな気分になっているところに、廊下から侍女長が駆け寄ってきた。

 ちっ、カップの割れた音を聞きつけてきたみたいね。

 もう少し眺めていたかったけれど、これ以上棒立ちでいると不審がられるだろうしとりあえず私も屈んで心配する振りをしよう。

 


「メディア、なにがあったのですか!?」


「いえ、こちらの方に紅茶をお持ちしたのですが、手を滑らせて落としてしまって」


「ごめんなさい、ごめんなさい、僕が、僕が、カップを、落としてしまって、ごめんなさい」


「だ、大丈夫ですよ、カップの一つくらいでそこまで深刻にならずとも……ああ、破片で手を切っては大変です、おやめください! メディア、私はお着替えを手伝いますのであなたはカップの処理と床の掃除を」


「……畏まりました」



 無駄な仕事は増えたけれど、このガキが顔面蒼白で狼狽えている様を見れて気も晴れたわ。

 ……いいえ、そのうちコイツから私のヘソクリ分の金を取り戻すまでは許さない。

 ゼリアーヌの付き人ってことはまたこの屋敷を訪れることもあるだろうし、そのたびにこうやって跪かせてから脅して金を毟り取ってやる。


 さぁて、まずはカップの破片を片付け――――



「痛っ……!?」



 散らばった破片を拾い集めようとしたところで、手に鋭い痛みが走った。

 くそ、破片で手を切ったのかしら。……?


 あれ、手の甲から血が出てる? 指先なら分かるけどなんでこんなところに……。

 いや、さっき横からカップの破片らしきものが飛んできたのがかすかに見えた。

 それが、私の手に当たって傷をつけた? この破片はどこから飛んできたっていうの……?


 まさか。



 手の甲を切った要因を察して、侍女長に手を引かれながら退室していくガキのほうを向いた。



「っ……!?」



 背筋に冷たいものが走った。

 一瞬だけこちらを向いたガキの顔が、歪な笑みを浮かべていたから。

 イタズラが成功した子供のような、なんて生易しい表情じゃない。

 もっと悪辣で無慈悲な、極めて悪意を感じさせる貌だった。


 ガキに破片を当てられた傷の痛みさえ気にならないほど、しばらくその貌が頭から離れなかった。









 ~~~~~








「大丈夫だったか……?」


「ああ、着ていた服は台無しだけど代わりをもらったし。そっちこそちゃんと話はしたのか?」


「無論だよ」


「そうか。ところで、子爵の傍にいた侍女長メイドさんは俺がカップを割った云々の話を報告したか?」


「ん、ああ。アンタが顔面蒼白でカップを拾い集めてたって言ってたから、様子を見にここへ……」


「子爵も一緒に聞いてくれていたか?」


「ああ、それがなにか……ちょっと待て、まさか話の信憑性を上げるためにわざわざ一芝居打ったのかい?」


「さあね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る