その欲深き因みの罪に
※今回はクソメイドことメディア視点
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「メディア、これがあなたのカチューシャよ」
「ありがとうございます」
ゼリアーヌとクソガキが帰った次の日、旦那様から使用人用の装飾を賜ることになった。
青い宝石が付いた豪華なカチューシャだけど、あくまで仕事道具だ。売って金にするわけにもいかないのが残念。
このカチューシャには使用人間での連絡を円滑にするための通信機能が付いているらしい。
「カチューシャに付いてるこの青い宝石だけど、これがスイッチになっていてね。押しながら喋ると侍女長のカチューシャと通話することができるの」
「おお、便利そうですね」
「昨日の子が紅茶をこぼしちゃった時には侍女長が近くにいてくれたけど、ああいったトラブルがあった時に一人じゃ対応しきれないこともあるだろうから、有効に活用してね」
「はい」
この屋敷のメイド全員がこのカチューシャと同じ機能を持った装飾を身に着けているらしく、試用期間が終わって正式に採用されて初めて支給される。
……とりあえず、どうにかボロを出さずに正式採用されたわね。
カチューシャを被せられると、優しく微笑みながら旦那様が口を開いた。
「正式採用おめでとう。それじゃあ早速だけど、ちょっとお使いをしてきてもらえる?」
「? お使い、ですか?」
「うん。どうしても欲しい本があるんだけど、なかなか足を運ぶ暇がなくてねー。代わりに買ってきてほしいの」
そう言いながら、件の本のタイトルとそれを売っている店の場所が書かれたメモ、購入するための代金が入った袋を渡された。
「そこの店主はめんどくさがり屋でね、どの品も値札が書かれていないからカウンターに持って行って値段を聞かないとダメなんだ。おつりが出たら、帰ってきた時に返してね」
「畏まりました」
「それじゃあ正式採用後初めてのお仕事、頑張ってね!」
にこやかにそう言いながら見送る子爵に一礼した後、背を向けた時に口角が上がりそうになった。
初めて直接金銭を扱う仕事を与えられた。
小遣い稼ぎができなくてストレスが溜まっていたけれど、ようやく機会が巡ってきたわね。
「ふふふ…… ! 痛っ……!」
気分が上がるあまり、代金の袋を強く握りしめてしまって、その拍子に右手の甲が痛んだ。
あのガキにしてやられて包帯を巻く羽目になってしまったけれど、それもさして気にならない。
……ただ、最後に見た笑みを浮かべたあの貌が頭の隅にこびりついて離れてくれないのが酷く不快だ。
……まあいい。そんな鬱々とした気分も、今回のお使いで少しは気が晴れることだろう。
メモに書かれた所に着くと、なんとも古臭くみすぼらしい店があった。
入り組んでいて分かりづらい。こんな店で売ってる本を欲しがるなんて変わっているわね。
店内も薄暗く、アンティークの時計や古ぼけた調度品なんかが並べられていて、普段ならまず入らないような店だった。
あーあーやだやだ、さっさと買い物を済ませてこんなダサい店なんか出ていって帰るとしましょう。
頼まれていた本を見つけたけど、事前に聞かされていた通り値札がない。
まったく、不便ね。
値段を確認するために、会計の席で退屈そうに座っているジジイに声をかけた。
「あの、この本を買いたいのですが」
「ああん? なんだってぇ?」
「これ、おいくらですか?」
「よく聞こえんなぁ、もっと大きな声で喋ってくれんかぁ?」
「はぁ~……この本は! いくらですか!!」
「ああ分かった! その本は! 12000ゼニーじゃあ!!」
うるさいっ! なんでアンタまで大声で返すのよ!
ああもう、ホントに嫌になるわ。
袋の中には金貨5枚、50000ゼニーあるから金貨2枚で充分足りるわね。
どうやら子爵様はこの本の大まかな価値も知らずにお金を持たせたようだ。
……抜き取りやすくて助かるわぁ。
「はいどうも! お釣りは8000ゼニーじゃあ! またのお越しをぉ!!」
「うるっさいわね、もう……!」
いちいち大声で応対するジジイに辟易しつつ店を出て帰路へ着いた。
……渡されたお金に対してこの分だと5000ゼニーくらいチョロまかしても大丈夫そうね。
これだけあれば休日に少し遊ぶくらいの小遣いにはなりそうだわ。
こうやって頭よぉく立ち回るのが人生を効率よく楽しむ秘訣よね。
いまだに内心ビクビクしてばかりのあのガキとは違うのよ。ふふふふふ。
「失礼します。ただいま戻りました」
「ご苦労様ー」
屋敷に戻り執務室へ入ると、侍女長と一緒に執務をこなしていた旦那様が笑顔で迎えてくれた。
……? 気のせいか、いつもより笑顔が少し堅い気が……。
「承りました本を購入して参りました。こちらとその代金の残りです」
「うんうん、この本ずっと欲しかったんだよねーありがとー」
満足そうに本をパラパラと捲りながら礼を述べている。
これでお使いも済んだし、あとは屋敷の掃き掃除でもしながら過ごすとしよう。
「では、これで―――」
「あー、ちょっと待った。もう少しここに居てくれる?」
「? まだなにか?」
「うん。すこーしだけ確認したいことがあってねー」
そう言いながら本を置き、つり銭の入った袋をひっくり返して中身を出した。
中からは金貨と銀貨が3枚ずつ出てきて、それを重ねて机に並べて勘定している。
耳に着けているイヤリングを指で弄りながら、子爵様が口を開いた。
「お釣り、33000ゼニーだけ残ったんだ。へー」
「……あの、それがなにか……? ……ひっ!?」
不意に悲鳴を漏らしてしまった。
つり銭から私へ向き直した顔が、あまりにも恐ろしい表情をしていたから。
座ったまま目を見開き、三白眼で睨みつつ歪に口角を上げて嗤っている。
「
「っ!? な、なにを……!?」
「はい」
「ちょ、ちょっと待ってください! ……あっ?!」
隣に佇んでいた侍女長が、私の腕を掴んで拘束しながら服をまさぐってきた。
胸のあたりに手を入れられた時に、つり銭から抜き取った銀貨が5枚こぼれ落ちてしまった。
……まずい!
「お金を抜き取り服の中に着るように仕込んで盗むから着服、とはよく言ったものだねぇ。重くなかった?」
「お、お待ちください! 違います! こ、これはその……わ、私の私用金です! 決して代金の余りを抜き取ったわけでは……!」
「だってさ。どう思う、ルキナ」
「……論より証拠を突き付けるほうが話が早いかと」
「つまんないねぇ。ま、あんまりダラダラ話すのもなんだし、聞かせてあげよっか」
証拠……? いったいなにを言っているの……?
嫌な予感を覚える私の横で、侍女長が身に着けていたブレスレットを外して机上に置いた。
「先に説明しておきましょうか。このブレスレットは送信機から送られてきた音声を受信および録音する機能が付いた魔道具です」
「音声……? 録音……?」
「そしてその送信機は、今日支給されてあなたが身に着けているカチューシャになります。……以上を踏まえたうえで、これから再生される音声をよくお聞きなさい」
侍女長がブレスレットに付いているボタンを押すと、どういう構造になっているのかいきなり音声を発し始めた。
『あの、この本を買いたいのですが』
『ああん? なんだってぇ?』
「っ……!!」
聞き覚えのある声とやり取りがブレスレットから発せられた。
この声は……私とあの店にいたジジイの……!?
『これ、おいくらですか?』
『よく聞こえんなぁ、もっと大きな声で喋ってくれんかぁ?』
『はぁ~……この本は! いくらですか!!』
『ああ分かった! その本は! 12000ゼニーじゃあ!!』
「あ……あ……!!」
あの店でのやりとりを、支給されたカチューシャを通して聞かれていたってことなの!?
どうしてそんな……まさか、最初から疑われていた……!?
「この本は12000ゼニーで買ったんだよね? 50000持たせたんだから残りは38000入っているはずなのに、なぜか5000足りない。そして君の服からは銀貨5枚、つまり5000ゼニーが出てきた」
「ここまで証拠が出ていると、もはや言い逃れは無理でしょう。……メディア、あなたは横領をしましたね?」
「ご、ご、ごめんなさい……! つい、つい出来心だったんですぅ……!」
まずいまずいまずい!
このままじゃまたクビにされる!
泣き落としでもなんでも使って、この場を切り抜けないと!
手の甲の傷を強く押さえて激痛を感じさせて涙を出しながら謝れば、反省して泣いているように見えるはず!
「うんうん、分かるよ。お小遣いが欲しかったんだよね? まだ入ったばかりでほとんど無一文の状態だから、自由に使えるお金が欲しかったんだよね?」
「は、はいぃ……で、でも、私は、子爵様を裏切って、こんなことを……!」
「泣かなくていいよ。誰でも魔が差すことはあるし、最初の1回くらいはくらいは許してあげてもいい」
そう言いながら、私の手を取って優しく微笑んでいる。
さっきまでの厳しい表情は鳴りを潜めて、穏やかないつもの顔に戻った。
……やった!
この旦那様は本当に甘い。
女だてらに子爵なんかやってるけれど、所詮は世間知らずの甘ちゃん女だ! バカがよぉ! あはははは!
「けどさぁ、君、初めてじゃないでしょ?」
「……え?」
「レオポルド公爵家に居たころにも、自分の専属していた次男の食費を着服していたらしいね?」
「なっ……!!?」
なぜ。
なぜ、なんで、それを知っている……!?
「食費の大半を自分の懐に入れていた挙句、ゴミみたいな食事を出してガリガリになるまで苛め抜いていたらしいね? 毎日背中に鞭を打ちながら罵声を浴びせていたとも聞いたよ?」
「そ、そんなこと、していな―――」
「そしてその次男は、昨日来たラインちゃんでしょ?」
そ、そこまで調べていたの!? どうやって!?
昨日来たばかりのガキの情報なんか、こんな短時間で掴めるわけが……!
「お茶をこぼした時にも、君を見ながら顔を青白くしてカップの破片を拾い集めていたそうじゃないか。そうでしょルキナ?」
「はい。最初は客先で粗相をしてしまったことへの責任感からくるものかと思っていましたが……それにしては明らかに過剰なほど怯えている様子でした」
「その様子だけで、あの子がどれだけ酷い目に遭わされてきたのか想像に難くないよねぇ? つまり君は―――」
「っ!?」
言い終わる前に、摑まれている手が急に冷たくなった気がした。
いや気のせいじゃない。冷たい、冷たい、痛い、いや、熱い……!?
熱い熱い熱い!!
あまりの熱さに耐えかねて、手を離すように言おうとした。
その時
「あんな幼く小さな子供を虐待していたわけだ」
目の前の旦那様が、目を剥いて私を睨みながら、口の端を禍々しく吊り上げた凶悪な笑みを浮かべているのを見てしまった。
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