ピロートーク
「お、ようやく見えてきたな。店長、そろそろ着くぞー」
「おう。あんまり窓に顔近付けんな。矢が飛んでくるぞ」
「もう街に近いし大丈夫だっての」
馬車の窓から前を見ると、ようやくモールの街が見えてきた。
道中色々あったが、無事に着いてよかったなーはははー。
……はぁ。
この殺伐とした世界で生きている以上覚悟はしていたつもりだったが、こんなに早く人殺しになるとは思わなかった……。
ラインハルトの記憶と知識も『この世界は日本に比べて人の命が軽い』という認識だった。
領地間の移動中に山賊や強盗に襲われて命を落とすなんてことはままあることだってことは知ってはいた。
けれど店長のところでぬくぬくと過ごしていて、その実感が薄くなっていたんだ。
レオポルド家がなぜ剣に重きを置いていたのかを思い出せ。
先々代の築いた権威の復興だけが理由じゃない。
強盗や魔物のような脅威から領地を、そして自分の身を守るためだ。
……家を離れたからといって、それを忘れて平和ボケするのはダメだろ俺。
馬車強盗のボスを殺した後、気持ち悪さに耐え切れず吐いて気絶した。
元日本出身サラリーマンにはちと堪える体験だったな……。
ラノベや漫画で定番のよくありがちなシーンだった。
主人公がやむを得ず、あるいは意図せず敵を殺してしまって狼狽えて吐いたり泣き喚いたりするアレ。
読んでる間は『そんな吐くほどか?』とか思ってたが、実際に体験すると笑えるほど気分が悪い。
強盗のボスが血まみれで息も絶え絶えに『死にたくない』と言う声が、死ぬ寸前の真っ赤な顔が、頭から離れない。
起きた後に店長がなんだか申し訳なさそうな顔をしながら頭を撫でて、『よくやった』と言ってくれたのがせめてもの救いか。
「アンタは間違っちゃいない。あの状況で言いなりになっていたら全員が殺されていた。そうなる前に誰かがあのクソ野郎を殺さなきゃならなかったんだ。……アタシが殺れてれば、アンタが手を汚す必要はなかっただろうがね」
「……」
「罪悪感を抱いているかもしれないが、それでいい。人を殺めた時のことを忘れるな、だが気に病むな。慣れろとは言わないが、抱え込みすぎて人生を台無しにするような生き方はするんじゃないよ」
「うっす」
さすがにしばらくナイーブな気分だったが、店長の励ましもあってどうにか少し立ち直ることができた。
新しい馬車に乗り継ぐことができてからは、なにも考えずただボーっとしながら景色を眺めてメンタルケアに努めることにした。
結局モールの街に着いたのは、強盗に襲われた次の日の夜だった。
前半を高速化で時短できたと思ったが、結局予定通りに着いちまったな。
「子爵邸への納品は明日の朝にするよ。今から訪問しても夜分遅くに迷惑なだけだしねぇ」
「そっすか。じゃあ今日は宿に泊まるだけか?」
「その前に飯屋に行くよ。宿屋の食事はやたら高いくせに量が少ないことが多いしねぇ。宿屋近くに『空海老』の料理を出す店があるから、そこでディナーといこうか」
「エビかぁ。しばらく食ってねぇから楽しみだなぁ」
……ちなみに空海老料理の正体は『プロテホーネット』とかいうスズメバチを炒めたり茹でたりしたものだった。
最初ぱっと見で『変な形のエビだなぁ』とは思ったが普通に昆虫食じゃねーか。
しかも本物のエビとほぼ変わらないプリプリした触感で、普通に美味いのが逆になんか腹立つわ。
軍隊御用達のプロテワームと違ってポピュラーかつちょっとリッチな高級料理らしく、店長も特に躊躇いなく食べていた。うーん、現代日本との食文化の違い……。
宿は二人部屋で泊まることに。
馬車の中継地点でも一泊していたが、着く前に馬車で寝ていたようで起きた時には朝だったからイマイチ泊まった実感がなかったな。
受付のお姉さんから微笑まし気に親子連れ扱いされて割引にしてくれたが、アレよかったんだろうか。
まあいい、明日は魔道具の納品とショッピングがあるんだ。さっさと寝て明日に備えよう。
と思っていたが、眠れない。
眼が冴えているわけじゃなくて、眠いのに眠れないというか……。
頭の中は眠ろうとしているのに、胸の奥がグルグルしている気がする。
晩飯を食い過ぎたから胸やけした……ってわけじゃなさそうだ。
原因は分かってる。
初めての人殺しの体験が、胸につかえて取れないんだ。
……女々しいな。いい加減割り切れよ、俺。
何度も寝返りを繰り返していると、隣で寝ていた店長が声をかけてきた。
「……眠れないのかい、ライン」
「あ、悪い。起こしちまったか?」
「いいや、アタシもちょっと寝つきが悪くてねぇ……」
暗くてよく見えないが、いつものはすっぱな口調の中にどこか憂いがあるような声色だ。
……もしかして店長も昨日のこと引き摺ってたりする?
「ほじくり返すようで悪いが、大丈夫かい?」
「おう。ここでまたゲロ吐いてベッドをさっき食ったハチまみれにするほど病んじゃいねぇよ」
「きたねぇな、デリカシーがないよ」
「ピロートークってのはデリカシーより本音だろ。『ヘタクソが、早すぎだろ』ってな」
「ぶっ、はははははは!! いったいどこでそんな言葉覚えてんだいアンタは!」
ゲラゲラと笑う店長を眺めていると、ちょっと気が楽になってきた。
なんかピロートークっていうか修学旅行の部屋割り仲間と駄弁ってるような気分だな。
「はぁ~……なら、アタシはアンタに童貞捨てさせた女ってことになるねぇ」
「語弊がありすぎる比喩やめろ。ガキ相手になに言ってんだ」
「先にピロートーク云々言い出したのはアンタだろぉが。……あの時、矢で撃たれそうになってるアタシを助けるためにアイツを殺したんだろ? ……悪かったな」
少し違う。他に手段がなかったからやむなく殺しただけだし、それも店長のためじゃなくて俺のため。
俺の都合のために店長を死なせたくなかっただけ。ただそんだけの話なんだ。
「やめろっての。冷静になって考えたら、矢の1本や2本アンタなら簡単に防げただろ。勝手に先走って殺ったのは俺だ。言っちまえば一人でマスかいてただけだよ」
「6歳児がマスかくとか言うな。ムけてもねぇくせに」
「は? ……ちょっと待っていつ見たの!?」
「昨日寝てる間に体を洗ってやったからな。ゲロと血まみれだったから服を脱がせて全身丸洗いしたけど、その間も全然起きねぇから呆れたね」
「Oh……」
死にたい。いやこの歳で見られてもどうということはないかもしれんが死ぬほど恥ずかしい。
すまんラインハルト君。お前のマグナム、店長にモロ見られたわ。
「そうやってひょうきんなことばっか言ってるが、つらいもんはつらいだろ。泣きたかったら胸ぐらい貸してやるぞ」
「店長にバブみ感じてオギャるほど男捨ててねぇよ」
「バブみ……? アンタは時々変な言葉を口にするね。レオポルド家の隠語かなにかかい?」
「そうそう、よく分かったな店長」
レオポルドの家を盛大に誤解されそうだが、あのクソ公爵家がどう思われようが別にいいや。
赤ん坊以下の倫理観しかもってねぇクズばっかだし。
「そんなちっせぇなりで達観しちまいやがって……アンタの将来が今から不安だよ」
「早熟なんだよ」
「いいや、未熟だね。一人前になりたきゃ、まずは魔法と作ってやった得物を上手に扱えるようになってみな」
それな。
護身用に鎖分銅を作ってもらったのはいいが、結局出す暇もなかったし。
いや昨晩に渡されたものをいきなり実戦で使えとか言われてもそりゃ無茶ってもんだけど。
そんな具合にしばらく益体のないお喋りを続けていたが、話しているうちに瞼が重くなってきて、いつの間にか寝ていた。
真面目な話もどうでもいい雑談もごちゃ混ぜなやりとりだったが、ひどく心地のいい時間だったことは覚えている。
……にしても、体こそ6歳児だがこちとら中身は40過ぎのオッサンなんですけどもしかしてこれって年下の女性に慰められてたことに(ry
翌朝。
洗顔歯磨きを終えてチェックアウトの際、受付のお姉さんがまたしても微笑まし気に俺たちに話しかけてきた。
「おはようございます。昨夜は随分と楽しそうにしておられましたね」
おい。その言い方だと某国民的RPGの意味深長なセリフみたいに聞こえるからやめろ。
……いや、あえて乗って反撃してみるか。
「うん、ちょっとお喋りが長くなってね」
「へぇ、どんなことをお話していたの?」
「こっちの店長に童貞捧げた話とか」
「は……?」
「誤解招くようなこと言うなバカタレが!!」
「いたぁい?!」
俺の返しに受付のお姉さんの目が点になって、すぐさま店長のゲンコツが脳天を直撃した。
どうどう、ジョーダンですってーあっははー。あ、すんませんマジ調子乗ってました耳を引っ張って無理やり歩かせるのはやめてください千切れてしまいまいたたただだだだだ!!
「食え」
「アッハイ」
怒ってるのか単に育ち盛りの成長を促そうとしているのか、腹ごしらえに寄った喫茶店でいつもの3倍盛りくらいのプロテワームを食わされた。
なんで喫茶店にこんなメニューがあるんだよ……もう慣れたし美味いからいいけどさ。
モリモリ……あー、気のせいかいつもより元気よく口の中でのたうち回ってる気がする……。
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お読みいただきありがとうございます。
受付のお姉さんの性癖おかしなるで。
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