競馬の騎手になりたい
「ぬぉおおりゃぁぁああ!! ……ど、どうっすか?」
「ダメだね。片方はまったく速くなってないし、もう片方は『高速化』と『加速』両方の効果が出てる。相乗効果で目に見えないくらい速かったがな」
「ぐぬぬぬぬっ……!!」
応用編を一発クリアして、上級編の練習を開始して半月経過。
店長のところに来て今日で1か月になる。
上級の操作はいまだに上手くいかない。
今だって、両方の手で小石を二つ同時に投げて片方を高速化してもう片方を加速させようとしたが、右手で投げた石はなんの変化もなく左手の石だけが無茶苦茶な速さで飛んでいく始末。
同時に発動できてはいるが、複数の対象へ別々の魔法効果を及ぼすのには失敗している。
「よくあることさ。アタシも最初に火と水を同時に操作しようとしたけど、なかなか上手くいかずに熱湯や水蒸気になっちまってたよ」
「店長でも最初は上手くいかなかったんだな」
「ああ、今となっちゃ懐かしいがね。……大抵のことをできるようになっちまってからは、成長を感じられなくなってちと虚しく感じることがある。まだまだ未熟なアンタが羨ましいよ」
「煽ってる自覚あるか?」
「もちろん」
よし、そのうちド肝抜いてやる。震えて眠れ店長。
そのためにもまずは複数属性同時操作を習得しなければ。
「やる気満々なところ悪いが、今日はここまでだ」
「え、なんで?」
「他の街へ納品の予定があるんだ。マオルヴォル子爵家に新しくメイドが入ったとかで、通信機付きのカチューシャを依頼されてたからそれを届けに行く。あんまり夜更かしすると予約した馬車に乗れなくなっちまう」
「マオルヴォル子爵家……」
……んー、レオポルド公爵家とは特に繋がりは深くない貴族だな。
一応、この領地の隣の家ではあるが大きな交易があるわけでもないし、関係は良くも悪くもない。
ただ、新しくメイドを雇ったっていうのがちょっと気になった。
タイミング的に『なくはない』程度の可能性ではあるが、もしも思惑が当たっていたら……。
「数日間店を開けることになる。だからアンタも着いてきな」
「え、宅配便とかで送るんじゃないのか?」
「届けるついでに街の市場を回りたいんだよ。ここんとこアンタに付きっきりでまともに買い物してなかったしね」
そうっすか、そりゃどうも失礼。
……いやホントにお世話になってます。はい。
今更だけど、この私生活ズボラな店長が色々と世話焼いてくれるのって、もしかして異常事態なんじゃなかろうか。
そんなにラインハルトの持つ魔法の素質に興味があるんだろうか?
重度の魔法オタクみたいだし、突然変異の制御回路に未知の属性なんてネタが目の前にあったら夢中になるのも当然か。
「あ、店長。ちょっと相談が」
「ん?」
その新しいメイドがアイツだった時に備えて、少し手を打っておこう。
俺の考えすぎだったとしても納品する製品に付加価値ができるだけ。なんら問題はないはずだ。
つーわけで、レオポルド公爵家の治める街『インピュデント』からマオルヴォル子爵家の管理する『モール』まで少し遠出することになった。
移動手段は馬車。盛大にガッタンゴットン揺れるのかと思ったら、さほど揺れず案外快適だ。
ただ……。
「おっそ」
「これでも馬車にしちゃ速いほうだよ。贅沢言うな」
「もうちょっと速く走れねぇのか?」
「馬の体力が持たねぇよ、我慢しな」
大体時速10~15kmくらいかな。自動車に比べりゃおっそいが歩くよかマシか。
俺と店長と御者しか乗っていない小さな馬車でちと狭いが。
「子爵領との境まで予約便で丸1日、境の関所で一泊して定期便でモールの街に着くまでも1日かかる。ちと暇だがその間は魔法の練習でもしながら時間を潰すといいさ」
「んー……」
「? どうしたんだい?」
「店長、ちょっと試してみたいことがあるんだけどいいか?」
「ん、魔法の話か?」
「ああ、もしかしたら移動時間を大幅に短縮できるかもよ?」
「ほほう?」
ちょっと店長に相談してみて、安全性に問題がないか確認。
多分大丈夫だろうということで、少し実験してみることに。
高速化魔法試験開始。
魔力を属性化し、馬車本体、馬、御者、店長を対象範囲に指定。
倍率・2倍速に出力調整、それを維持する時間は……いや直接接触してるし時間はマニュアルでいいか。
『高速化魔法・2倍速』 対象範囲の時を2倍速くする。
そしてスイッチONで『発動』
「うわ、おおおおおっ?」
窓越しに見える外の景色が、さっきまでの倍速く後ろに過ぎていく!
まあまあ速いが馬は特になんの問題もなく走っているようだ。
対象範囲、つまり馬と御者と店長からすればなにも変わっていないように感じるだろうが、馬車の外から見ればやけに急いで走っているように見えることだろう。
「
「ぶっふぉ!? 喋るの早すぎってか声高ぇえあははは!!」
「ブハハハハ!
店長が甲高い声で大笑いしているのが聞こえる。
笑いながら膝をバンバン叩く動きも2倍速でとってもシュール。やめろ、笑いすぎてつらいからやめてくれ。面白すぎる。
……てかよく考えたら店長まで倍速化する必要ねぇじゃん。
思惑通りの効果を得られたが、いったん解除。
わ、笑いすぎて腹がいてぇ……こんなに笑ったのは久しぶりだ。
「はー、笑った笑った。しっかし、アンタが低い声でゆっくりになったくらいしか変化がなかったが、あれで高速化できてたのかい?」
「ああ、成功したよ。ただちょっと指定範囲ミスったことに気付いたから解除した」
「指定範囲……ああ、アタシまで高速化する必要ねぇか」
「それじゃあもっかいやってみるよ。今度は店長抜きで……3倍速くらいにしてみるか」
指定範囲を馬車・馬・御者に絞り、さらに3倍速へ速度を上げた。
直後、さらに凄まじい勢いで外の景色が流れていく。
「ぬぉぉおっ!? は、速っ?! なんだいこれはぁ!?」
「おおー、3倍速にするとなかなか速くなるなぁ」
「と、とんでもない勢いだけど、コレ大丈夫なのかい……?」
「多分大丈夫だって店長も言ってただろ。御者や馬からすれば大して変化を感じられないだろうさ。店長も高速化されてた間はなにも変わってなかったろ?」
馬も御者も『空を飛んでる鳥がやけにゆっくり飛んでるなぁ』くらいの違和感しかないと思う。
……あ、でも御者さんが懐中時計でも持ってたら狂っちまうな。メンゴ。
「……頭では問題ないと分かっていても、こうして後ろに流れていく景色を眺めてると不安になってくるねぇ……」
「慣れればこれが普通くらいに感じるだろうさ。それじゃあちょっと倍率上げてみるか」
「は? ちょ、待っ……」
高速化・5倍速へ出力アップ。
さらに馬車の速度が増して、外の景色が目まぐるしく過ぎ去っていく。
ここまでくると日本の国道を走っている自動車と遜色ない速さだな。
少なくとも馬車を運んでいる馬の速度じゃない。
「ひいいぃいい!?」
「おおー、いい速さだ。それじゃあ次は―――」
「待て待て! これ以上速くするんじゃねぇぞ!?」
「あー……今んところ『高速化』は5倍が限界っぽいわ。残念」
「そ、そうか……念のため言っとくが『加速』は使うなよ? 御者と馬が死んじまう」
「使わねぇっての」
成長すればもっと倍率が上げられそうな感じはするんだが、今は5倍が限界。『高速化は』な。
実際に高速化してみて実感したが、この魔法は自分で扱うより他人に使って補助することで真価を発揮できるようだ。
基礎しか使っていないにも関わらず、領地間の移動時間を短縮できるのは非常に有用。
御者と馬の負担は変わらないけどな。周りから爆速で走ってるように見えても本人(馬)たちからしたら普通に移動してるだけだし。
その後しばらく5倍速のまま進み、途中で何度か休憩を挟みつつ領境境の関所まできたが、本来なら夜くらいに着くはずなのにまだ時間は昼ごろ。
関所の大型時計も12時を指している。朝9時に出発したので3時間程度でここまで到着したことになるな。
「……おかしいなぁ、随分長く走ってたはずなのになんでまだこんな時間なんだ……?」
案の定、御者が首を傾げていたけど説明するのが面倒なので知らんぷりしておいた。
御者と馬の体内時計を狂わせちまったかな……? 済まぬ。
御者たちからすれば謎の怪奇現象に巻き込まれたような気分だろう。
「ふぅむ、予定じゃ明日の夜か明後日の朝くらいになると思ってたが、この時間なら昼一の定期便に乗って明日の午前中くらいにはモールまで辿り着けるだろうねぇ」
「おお、時短成功じゃん」
「ただ次の馬車では使うなよ。大きな馬車だから他の客も乗るだろうし、予約便と違って定期便の馬車が早く着いたりしたら余計な疑いをかけられかねない」
「疑いっていうか原因モロに俺のせいだけどな」
「分かってるならなおさらやるなよ」
へいへい。
午後からはのんびりゆっくりな馬車の旅を楽しむとしますか。
関所の食堂で昼食を摂ったりしながら出発まで時間を潰し、モールの定期便に乗り込んだ。
……まあ、分かってたことだが、あえて口に出すとしよう。
「おっっそ」
「これが普通だよ。さっきまで速さが異常なんだっての」
自動車並みの速さに慣れた目には、酷くゆっくり走っているように見えてしまう。
おいおい、こんな速さで走ってたら日が暮れちまうぞー。
「夕方くらいに中継地点の宿屋に着くんだから当たり前だろ。我慢しな」
「へーい。……ん?」
2時間くらい移動したところで、道中の山のほうでなにかが見えた。
んん? 林の中で、なにかが光ったような……。
……っ!!
「伏せろっ!!」
「!!」
俺が叫ぶのと同時に、俺と店長の二人だけが馬車の床面に頭を下げた。
その直後、馬車の窓から一本の矢が跳んできて客席に突き刺さった。
「ひ、ひいぃいっ!?」
「きゃぁぁぁあ!!」
他の乗客たちが叫び声を上げて狼狽えている。
なにが起こったのか察しがついたのは俺と店長だけか……!
混乱する乗客たちをよそに、急に馬車の速さが増した。
御者が馬に鞭打って速度を上げたようだ。
「お客様方!! これより緊急速度にて走行いたします! 姿勢を低くして、馬車のどこかを掴んでください!! 現在、この馬車は賊の襲撃に遭っております!!」
前の方から御者が叫ぶ声が聞こえる。
さっき見えた光は、やっぱり遠眼鏡のレンズの反射か!
賊どもが馬車がこっちに来るのを見張ってやがったんだ!
「な、なにが起こったんだ!?」
「振り払うために、しばらく速度を上げて―――」
御者が叫んでいる途中、声が途切れた。
……どうしたんだ?
「お、おい! どうした!?」
「御者! 黙ってないでなにか……う、うわぁぁああっ!!」
馬車の客席から御者に声をかけた人が悲鳴を上げた。
御者の頭に矢が刺さっていて、そのまま崩れ落ち馬車から落下していった。
まずい、御者を殺られたか……!
このままじゃ暴走した馬がどこに行くか分からねぇ!
「ちぃっ! ……ウォー! ウォーッ!」
「! 店長!?」
さっきまで御者がいた席へ店長が身を乗り出し、声を上げながら手綱を思いっきり引っ張った。
すると馬が次第に減速していき、足を止めた。
「……いい子だ。やれやれ、馬なんか操るのは久しぶりなんだがね」
「アンタ、乗馬までできんのかよ……」
「アタシが乗ってたのは馬車馬じゃないがね。それより、そこから動くな」
あたりを睨みながら、店長が低い声で警告してきた。
皮膚がピリピリする。なにかに見つめられている、嫌な感覚だ。
……これ、殺気ってヤツか? なんでこんなもん感じ取れるんだ俺……。
「招かれざるお客人のようだね。……馬車の中で他の客と一緒にじっとしてろ、出たら死ぬぞ」
そう言う店長の視線の先には、何人ものガラの悪い男たちの姿があった。
よく見ると馬車の周りを囲まれている。
……なるほど、馬車強盗か。
安易に高速化なんか使って馬車の便をズラすんじゃなかったなー……。
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