魔法講習応用編


 今日も今日とて魔法の練習。

 投石や振り子を使って魔法の制御を色々と試しているが、どれだけやっても飽きがこない。

 できることの選択肢が多いとは言われたが、多すぎてまだ正確に把握しきれていない部分もあるし。


 だがそれでも少しは使いこなせるようにはなってきている気がする。

 店長も腕を組みながら感心したように笑みを浮かべているし。



「ふぅん、悪くないね」


「どーも」


「『高速化』が魔力を消費しないことに感謝しな。そいつがなけりゃこの短期間でここまで使いこなせないだろうさ」



 それな。

 『加速』だけだったら魔力がすぐに尽きてしまって練習どころじゃなかっただろう。

 高速化はラインハルトの属性だろうが、こんな有用な魔法の才能を見出せずにさっさと帰っていった魔術師は無能の極みと言っていいだろう。



「魔法協会から派遣されてきたのが安い下っ端の魔術師だったんだろうさ。聞けば、ロクに使い方も教えてくれなかったんだって?」


「ああ。鑑定した後すぐ親父に使ってみろって言われて、なんとなく自分の感覚で使ったことは覚えてる。店長みたいに丁寧に教えてくれたりはしなかった」


「それで誰にも習わず世界全部を高速化したってんだから、アンタの異常さが際立つね。ちゃんと発動できただけでも優秀だよ」



 聞いてるかラインハルト。

 お前、このすげぇ魔術師の店長から見ても優秀だってよ。


 それを無能と決めつけて捨てるあのクソ親父の見る目のなさときたら。くり抜いてしじみの貝殻でも貼っとけバーカ。

 ……いや、たとえ有能だと分かっていたとしてもあの父親は―――

 やめやめ、今考えることじゃない。魔法の練習に集中しよう。




「よし、魔法の基礎に加えて今日からは応用も練習に加えな」


「え? まだ効果を確認できてない回路がいくつもあるんすけど」


「この半月でそこまで使えりゃ充分だ。アタシの見立てだとさっさと応用も覚えたほうがいい。高速化も加速も、応用ができるようになると飛躍的に有用な魔法へと化けるはずさ」


「今のままでも充分有用な気がするけどな」


「それが幼稚に思えるくらい強力な手札になると断言するよ。もちろん、それと並行して残りの制御回路の効果も解析していきな」


「へーい」



 店長は魔法の『属性』には詳しいが『制御回路』の挙動については分からないことも多いらしい。

 いや並の魔術師に比べたらよっぽど詳しいと自負しているそうだが、属性と制御回路の組み合わせ全てを把握しているわけじゃない。


 それに『高速化』は本来自分自身が対象の制御回路しか組まれない属性のはずなのに、俺の場合は自分以外を対象に組まれているから実際に使ってみなきゃ分からない回路も多々ある。

 ましてや『加速』なんて論外。前例がないし。



「ああ、応用の前に渡すもんがある。頼まれてた試作品だよ、ほら」


「おお、待ってたぜ! よしよし、注文通りにできてんな」


「しかし、しばらく悩んでチョイスしたのが鎖分銅とはね。飛び道具はいらないのかい?」


「しばらくは石でも投げとくよ。加速すれば充分威力も出るし」



 弓矢は腕力足りないし、スリング投石器は球を飛ばすタイミングを掴むのに時間がかかりそうだったから、ある程度雑に振り回せる護身用の武器を注文してみた。

 ピンポン玉くらいの重りの付いた鎖分銅だが、分銅の遠心力を加速すれば小さなサイズに見合わない強力な武器になるだろう。


 持ち手があるとちょっとかさばるし、今の俺の握力じゃ分銅に引っ張られてすっぽ抜けそうだったのであえて持ち手は省いた。

 鎖を直接腕に巻きつければ握力をカバーできるだろうと考えて、少し長めにしてもらった。締めつけられてちと痛そうだが。


 ちなみに費用はあのクソメイドのヘソクリで賄った。

 全額投資して作ってもらっただけあって、なかなかクオリティが高い。



「鎖は軽く細く丈夫に仕上げてあるよ。分銅部分はなんの細工もないがね」


「この鎖とか店長がイチから作ってんのか?」


「工業用の鎖に強度補助の効果を付与しただけだ。イチから作れってんならもっと高額になるが、作り直すかい?」


「いや充分だ。……ちなみに店長が作るとどんくらい?」


「んー……こんくらい」



 カリカリと紙面に材料費やら人件費やら技術料などを書き出していき、俺に見せてきた。

 ……うん、無理。払えるわけがない。ゼロが2つばかし多いだろこれ。








「さて、応用に入るがその前にもう一度基礎の魔法の流れをおさらいしようか」


「うぃっす」


「体内の魔臓炉で生成・貯蔵した魔力を『属性器官』へ通し属性化。それを『制御回路』へ流して挙動を指示してからスイッチをONにして『発動』。ここまではいいな?」



 店長が前に見せたように、掌の上に水球を浮かべながらその工程を説明している。

 この水球の場合は水属性に変換した魔力を『拳一つ分のサイズ』で『球状に成形』して『掌の上で浮かぶように維持』する制御で発動している、らしい。



「応用はこの次だ。この水球は既に発動した魔法だが、このままだと観賞用のオブジェくらいにしかならない。これを相手にぶつけて攻撃するにはどうする?」


「? 『前方に高速で進む』って指示を出せばいいんじゃないのか?」


「そうだ。つまり『掌の上で維持』という制御をキャンセルして新たな指示を代わりに出さなければならない。そして―――」


「!」



 手の平に浮かべていた水球を、いきなり俺に向かって飛ばしてきた。

 急なことで面食らったが、横に飛んで避けた。

 ……だが



「っ!? 曲がっ ぶへぇっ!?」



 避けたはずの水球が急カーブし、俺の顔目掛けて軌道を変えて顔面にヒット。

 いった!? 鼻の中に水が入った! 沁みる! 喉の変なトコにも入ったんだが!



「それはこのように一度『発動』した魔法の制御を後から組み替えることで、止まってた水球を前方へ発射したり避けた先に軌道を変えたりできる、ということだ」


「ゲッホゴホゲホッ!! ……な、なにすんだコラァッ!!」


「はははっ、こういうのは最初の体験が印象に残るほど忘れにくいんだよ。さすがに火球を飛ばすのはヤバいから水球にしたがね」


「お気使いありがとうございますババア。一生忘れねーぞチクショウめ」



 濡れネズミになった俺を見ながら愉快そうにゲラゲラ笑ってる店長への怒りはさておいて、実践してくれたことでなんとなくイメージは掴んだ。

 今のでなにが言いたかったのかというと、一度魔法を発動してもそれで操作を完了するとは限らないということだ。


 今の水球の例で言うなら発動した後に『止まったまま維持』していたのを『前方へ発射』する指示に書き換え、さらにその途中で『俺が避けた方向へ進路を変更』する指示を出した。

 スイッチをONにして終わり、ではなくONにした後さらに指示を追加するのが魔法の応用編ってわけか。



「発動後に指示を追加できるようになれば、ひとまず魔法使いの見習いは卒業できたと言っていい。もっとも、基礎で満足して応用を学ばないボンクラ魔法使いも多いがね」


「なんで? 基礎を覚えたならそのまま次のステップへ進めばいいのに、もったいねー」


「まず単純に発動した魔法への後出し指示の難易度が高いんだ。『自分の体から外へ放出されたものを操る』ってイメージをするのが、頭の固い人間には難しいってこった」


「いや普通にできるだろ。ほら」



 投げた石を高速化。

 最初『2倍速』くらいで早送りしていたのを、途中から『4倍速』へ変更。

 途中までそこそこ速く放物線を描きながら飛んでいた石が、急に爆速で地面に墜落して転がり停止。

 すげー不自然な動きしてたな今の。なんか投げられた石が『はよ動かな』って焦ってるようにも見えた。



「……驚いた。こうもあっさりやってみせるとはねぇ」


「基礎やってる時からなんとなくできそうな感じはしたんだよなー。ただ下手に魔力の流し方を変えるとどうなるか分からないから自重してたんだ」


「意外と慎重だねアンタ」



 軽率になんでもかんでも試すとヤバいってのは店長の魔法を加速した時によく学んだからな。

 それでうっかり魔力が暴走して死にました、なんてことになったらシャレにならん。

 ただ、今みたいに実践して安全性を保障してくれたのなら話は別だ。今後はジャンジャン試そう。



「ちょっと操作が増えるけど、これくらいなら誰でもできそうだけどなぁ。なんで基礎だけで満足するんだ?」


「アンタみたいにすぐできる奴は珍しいよ。大抵は高っけぇ授業料払って魔術教会の連中に教えを乞うことが多いし、それでも感覚を掴めねぇで諦めるケースも多いんだ」


「ふぅん……コツさえつかめば楽勝だけどな」


「だよな。だが、そのコツを掴めないで何度も魔術師に習って財布を軽くしていくうちに心が折れるヤツを何人も見てきたよ」



 俺の感覚としては、例えるならこれまでの基礎はゲーム用コントローラーの十字キーだけを使って発動していたようなものだ。片手だけの単純な操作って感じ。

 応用は右手のボタンが加わって、十字キーと組み合わせて発動してる感じ。要するにまだ余裕で操作できる。


 俺の制御回路は複雑だが、それでも上記の操作に加えてLR前後キーやスティック押し込みがあるくらいの感覚だ。

 押すボタンは多いが操作難易度自体は高くない。



「んー……じゃあ思い切って上級編もいってみるか?」


「え、まだ上があんの!?」


「当たり前だ、魔法は奥が深いんだよ。いや、使い手によって浅いか深いかが決まると言うべきか。ここで満足するならアンタはその程度の浅い魔法使いで終わるってことだが、どうする?」


「カッチーン。いいぜ、やってやろうじゃねぇの!」



 挑発めいた笑みで発破をかけられて、それに全力で乗る俺。

 こちとら応用を一発成功させた天才やぞ! こいやぁ!



「上級編はコイツだ。……よっと」


「え?」



 店長が両手の掌を掲げて、左手に火球、右手に水球を作り出した。

 前にも見せた複数の属性魔法を同時に発動する技だが、それだけでは終わらなかった。



「え、ちょ、えええ……!?」



 火球が形を変えて火の鳥に、さらに1羽から2羽に、いや4羽、いやいや8羽……と倍々に増えていき、さらにそれぞれが違う方向へ羽ばたいて飛んでいく。

 それと同時進行で最初に出した水球のまわりに小さな水球をいくつも浮かべ始め、まるで太陽系の星々のようにグルグルとそれぞれ違う速度で回り始めた。


 ……え、なんですかこれは?

 いったいどんなアタマしてたらこんな複雑な制御ができるんだ……!?



「上級編は『複数の属性魔法を同時に発動』と『一つの制御回路で複数の魔法に指示を出す』ことができるようになれば習得できたと言っていい」


「待て待て! 一気に難易度上がりすぎだろ!? どんだけバカみたいに複雑で難しい制御やってんだよ!?」


「それを『難しい』と言えるだけアンタは才能あるよ。ボンクラどもはすごいだの無理だの言うばかりで、それがどう動いているか考えようとすらしねぇからな」



 褒められて嬉しい気持ちはあるが、今はそれどころじゃない!

 さっきまでゲームのコントローラー感覚で余裕綽々だったのが、それをもう一つ増やせと言われたようなものじゃねーか!

 つまり1Pと2Pを同時に操作しろってことだ。できなくはないが精度は間違いなく下がるのが目に見えている。


 さらにそれに加えて一つのボタンで複数の対象を同時かつ別々に操作しろってか?

 俺の脳みそ、一つしかねぇんだけど。

 ……ラインハルト君、コントローラー片方担当してくれない?

 無理? えー……。



「ちなみに上級のさらに上の技術もあるぞ。そこまで極めることができて、初めて『魔術師』を名乗っていいとアタシは思ってる」



 ……あれ、もしかして俺を鑑定した下っ端魔術師って実は凄いやつだったのか?

 アレより俺は劣っていると? ぐぬぬ、認めたくねぇぇ……!!


――――――――――――――――――――――――

 お読みいただきありがとうございます。


 ちなみに店長の言う『魔術師』のハードルは一般的に見てもクソ高いです。

 魔法の基礎を使えたうえで『とある技術』さえ習得できれば、魔術教会からも『魔術師』であると認められます。

 実際、現時点で既に魔法の扱い自体は下っ端魔術師よりも上だったり。


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