閑話 元公爵家次男専属侍女メディア
今回は虐待クソメイドことメディア視点
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「……失礼します、公爵様」
「うむ」
執務室に呼ばれ、入るのと同時に深々と頭を下げると、書類に目を向けたまま返事をされた。
雇い主でなければ文句を言ってやりたいけれど、立場上そういうわけにもいかない。我慢だ。
腹立たしい。この公爵様も、追い出されたあの無能な次男坊も。
「メディア、お前はあの出来損ないの世話係を1年も続けていてくれたな。あの無能を支えるのには手を焼いたことだろう。ご苦労だった」
「いえ、滅相もありません」
「謙遜するな。部屋の掃除に衣服の洗浄に着せ付け、食事の調理に運搬及び食費の管理に至るまで、本当によくやっていた」
褒められて悪い気はしないけど、別に謙遜じゃない。
部屋の掃除と言っても、あのガキの部屋なんか最低限で充分だった。手間と時間の無駄だし。
衣服もどうせすぐ剣術の稽古でボロボロになるから水洗いしたのを適当に干していただけ。洗剤がもったいないから。
あの出来損ないの食事なんか、裏市場で売ってる格安な古いパンと厨房で出た野菜クズを煮詰めたスープで充分。
次男のために渡されていた食費はほとんどヘソクリとして失敬させてもらっていた。
その貯金も大分溜まった。あと少しで前からほしかったアクセサリが買えそうだったけれど、これからはお給金から貯めていかないと。
「……さて、それでお前のこれからについて伝えておかなければならんことがある」
「? なにか?」
書類から目を離し、やっとこちらに目を向けてきた。
その視線は冷え切っていて、見下されているのが見ただけで分かった。
「本日をもって、貴様を解雇する」
「……は?」
なにを言われたのか、理解できずに呆けたような声が漏れてしまった。
解雇? ……クビ!? なぜ!?
「今から陽が沈むまでの間に荷物をまとめ、早々に出ていくがいい」
「お、お待ちください! なぜ私が―――」
「横領犯に居場所などないと言っているのだ。貴様はあの無能の食費の大部分を着服し、私欲のために費やしていたのだろう? なぁクラウス」
「はい。スラムの裏市にメディアが頻繁に出入りをしていたようで、店主に問うといつも一番古く安いパンを買っていたそうで。そしてそれを坊ちゃまに食べさせていたようです」
……!!
バレている……! 誰にも見つからないように、早朝になるべくまとめて買いだめていたのに!
「随分と公爵家を舐めてくれているようだな。貴様は自らの主人を裏切った自覚があるのか?」
「そ、それは、私はただ食費の軽減のためにしたわけであって、決して坊ちゃまを軽んじていたわけでは……」
「違う、あのクズのことなどどうでもいい。飢え死にさえしなければ、たとえ道端の草を与えていたとしても咎めはしなかった」
「ならば、なぜ……!」
「差額分の金を自由にしていいなどと指示を出した覚えはない。釣り銭は返却する義務があると、業務の規則は貴様も把握しているだろう。足がつかないようにわざわざあんなところにまで買いに行っておいて、それを後ろめたく思う考えがなかったとは言わせんぞ」
公爵様が不快そうに眉を顰めたまま言葉を続ける。
低い声に怒りが滲み出ているのが感じられてしまう。
「着服して貯めこんだ貯蓄がないかクラウスに一通り探させたがどこにも見当たらなかったあたり、仕送りか浪費にでも費やしたのだろう。はした金だ、それを返還しろとは言わん。……ただ、消え失せろ」
「こ、公爵様! お待ちを!」
「部屋から追い出せ。夜になっても敷地の中に残っていたら、その首を刎ねてやるからそう思え!!」
それだけ告げられ、執事長のクラウスに手を掴まれて部屋から乱暴に放り出された。
「……――――」
勢いよく放られたせいで床に倒れ込んでしまった私を見下ろしながら、執事長がなにかを呟いた。
そしてすぐに扉を閉められ、鍵をかけられた。
……。
っはぁー。
あーあ、バレちゃったかぁ。
まあいいや。あのクソガキのメシ代だけでも結構な貯蓄になったし。
次の職場まで食い繋ぐには充分だ。アクセサリは惜しいけれど、ここは我慢しよう。
公爵の話だとクラウスはヘソクリを見つけられなかったようだし、さっさと回収して出ていってしまおう。
ったく、あのガキの部屋になんかもう入りたくないんだけどね。
人の口の中に虫なんか放り込みやがって。栄養回ってなくてアタマおかしくなってたんだろゴミクズが。
あんなひ弱で無能なクズなんか、身一つで放り出されたところで野垂れ死んでるだろうさ。
私みたいに先立つものを貯めているなら話は別だけどね~。
クソガキの部屋にある机の影、外から見て死角になっている部分に麻袋を引っかけておいた。
ここはちょっとやそっとじゃ見つからない。毎日この部屋で過ごしていたクソガキやあのクラウスですら見つけられなかったことからも完璧な隠し場所ってことが分かる。
我ながらよくできた隠し場所だと……ん?
おかしい、麻袋が妙に軽い。
結構な金額の銀貨や銅貨が入っていたはずなのに、あまり膨らみがない。
なぜ……まさか、誰かにネコババされた!?
焦りながら袋の口を開けようとすると、それを結ぶ紐に小さな紙が貼りつけられていた。
なにこれ、こんなもの付けた覚えは……ん、なにか書いてある……?
『元々これは俺の食費だ、返してもらうぞ。少しは残しといてやるからありがたく思えクソメイド』
………あ、あのクソガキの仕業かぁっ!!
許せない! 私の金をよくも! 絶対に取り返してやる!!
くそ、やられた……! 少しは残ってるみたいだけど、あとどれだけ……え?
麻袋の中にいくら残ってるのか確認しようと中身を取り出したら、金色に煌めく小さなものが出てきた。
一瞬金貨に見えたけれど、違う。
玉虫だ。
あのガキが口の中に放り込んできたのと同じ、金色の玉虫が何匹も入っていた。
しかもまだ生きていて、ウゾウゾと掌から腕を伝って体に登ってこようとしている。
「ひぎゃぁぁぁぁあぁぁあああっ!!!?」
耐え切れず大声で叫んだ。
玉虫が這い登ってくるおぞましい感覚に気が遠くなり、目の前が真っ暗になっていった。
『坊ちゃまを甘く見て軽んじた。それはお前の人生における大きな負債となることだろう』
意識を手放す寸前、執事長が別れ際に呟いた言葉が頭の中に響いた気がした。
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お読みいただきありがとうございます。
多分、この世界の玉虫は袋に詰められて数日放置されても大丈夫なくらい生命力がすごいんじゃないですかね。
あとこんなのは報復のうちには入りません。
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