栄養満点の日常


 魔法が使えるようになってから、例の地下実験場で魔法の練習をするようになった。

 つっても、朝から晩までやってるわけじゃなくて、あくまで数ある日課の一つに過ぎない。他にやらなきゃならんことは山積みだし。




「ぜひゅぅ、ぜひゅぅっ、ひぃっ、ひいぃ……!」


「……ホントに体力ないねアンタ」


「面目ねぇ……うっぷ オロロロロ!!」


「だぁあ!? 吐くんじゃねぇよ汚ねぇな!」



 今やってる走りこみも体質改善のために毎日続けている習慣の一つだ。

 初日はほんの100m走っただけで一歩も動けなくなるほど貧弱だったが、10日ほど経った現在では300mほどに距離が伸びた。


 なお走り終わったらもれなくぶっ倒れて死にそうになる模様。せっかくの朝飯を吐いて地面の養分にしてしまうほど体への負担がデカく感じる。

 前世の俺も運動不足ではあったがここまで酷くなかったぞ……。



 魔法を使うには燃料となる魔力が必要だが、そもそも魔力とはなんなのか。

 答えは簡単だ。ぶっちゃけカロリーである。


 正確には『魔臓炉』と呼ばれる器官でカロリーを燃料に魔力を生成・貯蔵して魔法を使う際に必要な分だけ消費してるって話だ。

 言ってしまえば筋肉が糖やたんぱく質を燃やして運動エネルギーを作ってるのと大して変わらん。


 つまり今の俺みたいにガリガリの状態のままじゃ、すぐに魔力の貯蓄が尽きて枯渇してしまうってことだ。

 『高速化』の魔法は何度でも使えるが、『加速』は出力や対象にもよるが今のところ大体6~7回くらいしか使えない。



 ゆえにフィジカルの改善は急務。

 体を鍛えれば扱える魔力量が増えて、『加速』の魔法を練習できる回数も増えるからな。

 そのためにまず筋トレとランニング、タンパク質多めで栄養豊富な食事に充分な睡眠が必要になってくる。



「つーわけで、アンタには普段の食事に加えて毎食これを食い続けてもらう」


「……What?」



 魔法の実習が終わった次の日の朝食。

 目玉焼きやパンやスープなどいつもの食事に加え、明らかに異物の乗った皿がひとつ追加されていた。

 最初見た時は小さくて黄色いウィンナーかと思ったが、よく見るとウゾウゾと蠢いていた。



「あの、店長、このキモいウネウネした物体はいったいなんでしょうか」


「隣の領地が養殖してるプロテワームっていう滋養食。まあ芋虫だな」


「めっちゃ動いてるんスけど」


「生きてるからな」


「……せめて火ぃ通してもらってもいいっすか?」


「著しく味と滋養と食感が劣化するからおすすめしないよ。加熱するとどういうわけか腐ったタマゴみたいな臭いがしてネバネバドロドロした食感になるうえに吐き気を催すようなエグみが出るんだ」


「カリカリになるまで乾燥して食べるとかは? 干物みたいに」


「その虫が死ぬと乾燥する前にあっという間に肉が腐って溶けちまうから無理だね。生きたまま食べて飲み込んじまえば腐らず良質な栄養をそのまま取り込めるから諦めて食え」


「いや゛ぁぁぁあああああ゛!!!」



 初見の生理的嫌悪感はすさまじいものがあった。前世でも昆虫食には手を出してなかったから抵抗感半端ないの。

 そのうえまだ生きて動いている生物を口の中に入れるという特大の忌避感。無理。



「逃がさん! 観念して食え!」


「ちょっと待って!! まだ心の準備が、っていうか何匹つまんでんだせめて一匹ずつでお願いしま ってああぁぁああああぁぁああ゛※●▽×■!!!」



 でも結局食わされた。縄で雁字搦めにされたうえで口内に無理やり放り込まれた。

 消化に良くないからって丸吞みすることすら許されず、容赦なく咀嚼させられた。


 豚の腸詰めみたいにパリッとした皮の食感が妙に心地いいのが逆に気持ち悪かった。

 味自体は程よく塩と砂糖が混ぜられてる卵焼きのような旨味があって悪くない、というか美味い。

 ……けど噛むたびに口の中で暴れるのは勘弁してください。悪かった、俺が悪かった。

 今となっちゃ普通に美味しくいただけてるのが恐ろしい。慣れって怖い。



「ちなみに成虫は『プロテホーネット』っていうデカいハチで、コイツは逆に生じゃ食えないがしっかり火を通すと美味しくいただけるぞ。加熱するとエビみたいに赤と白の縞模様になって、食感もエビに似てるんだ」


「できればそっちにしてもらえませんかね。幼虫も不味くはないけど生きたままの虫を食うのがちょっと抵抗あるっていうか……」


「成虫は調理に免許がいるから無理だねぇ。素人が適当に調理した結果、毒の処理が不十分で死ぬ例もよくあるし」



 こっちのハチ料理ってフグみたいなもんなんだな。残念。

 地球のスズメバチの毒は経口摂取なら問題ないのに。


 もっと言うならハチノコもせめて加熱調理させてほしい。プレーンじゃなくてバター醤油で食いたい。なんだよドロドロに腐って溶けるってふざけんな。

 ……どうやら異世界のハチノコは地球産のものとは大きく性質が異なっているようだ。



「軍隊なんかじゃ定番の滋養食だぞ。ありがたく食え」


「なら店長も食えよ」


「やだ。キモいし」


「ふざけんなコラ」


「文句言わずモリモリ食いな。1か月も食い続けてりゃ少しは肉も付いてくるだろうよ」


「良質な筋肉を作るには鶏むね肉とか鶏の玉子とか食べるといいらしいんすけど」


「知ってるよ、それに加えて食えっつってんだ。これ以上ゴチャゴチャぬかすと焼いて溶かした芋虫を口ん中に流し込むぞ」


「あー芋虫おいしいなー」



 実際、不本意ながらこの芋虫を食い始めたあたりから体の調子がよくなってきている気がする。

 虫も立派なタンパク源だから当然か。公爵家に居たころのメシに比べりゃどんな食事でもよくなるに決まってるわな。


 公爵家の食事といえば、あのうっすい野菜クズスープと古びた硬いパンばっかり寄越してやがったあのクソメイドは今なにやってんだろうか。

 ラインハルトの世話係から解放されて、なにか他の仕事でも与えられてるのかね?


 仮に横領がバレてクビになってたとしてもなんだかんだで生き残りそうではあるがな。

 昆虫食の先輩でもあるし。……あの玉虫はどんな味だったんだろうなー。



 食事と体力作りだけでも大騒ぎだが、それと並行して店の保全や整理の業務もする必要がある。

 まだガキとはいえタダ飯食わせてもらうわけにはいかんし、店長も許さないだろう。

 だから雑用だろうが手は抜かない。というかダラダラやるより丁寧にさっさと終わらせて他のことに時間を使いたい。



「今日の掃除終わったぞー。搬入した薬草の束も棚にまとめといたから後で確認しといてくれ」


「ご苦労、今日はもう自由にしていいぞ。走り込みをするならあまり遠くへは行くなよ」


「うぃっす」



 仕事の内容自体は前世のブラックな環境で中間管理職やってたのがバカバカしくなるくらい楽だ。

 3食昼寝付き泊まり込みで生活させてもらってるのに、店の業務は3~4時間程度で終わる。


 時々店番を任されることもあるが、こないだみたいに万引きしてくるアホはあの日以降一切出現していない。

 アレはどうやら結構なレアイベントだったようだ。頻繁に万引きなんかされてたらたまったもんじゃないが。

 もちろん、その間にも『高速化』の魔法を制御する練習は欠かさない。




 そんな具合で、体力作りのトレーニング・店の雑用・栄養豊富な食事(虫含む)・魔法の練習のルーティーンが俺の日常となった。

 多少のトラブルはあれど、毎日店長と駄弁りながら美味いメシ(虫)を食ってよく寝て過ごすのは正直楽しい。


 ……あれ? 今の俺ってすごく幸せな日常送ってないか?

 前世でもここまで充実した日々を過ごした覚えは……少なくとも就職してからはなかったと思う。





 なあ、ラインハルト。

 今起きれば、人生を楽しめるかもしれないぞ。

 少し、ほんの少しだけでいいから、表に出てきてみないか?





 ……返事はなし、か。

 無視してるのか単に眠っているのかも分からないが、今はまだその時じゃないと解釈しておこう。




「坊主、メシができたぞー。プロテワームが特売やってたから今日の朝飯は二倍盛りだ。ありがたく食え」


「ワーウレシイナー」



 ……あるいは、表に出たら虫を食わされるハメになるのが嫌だから引きこもってるのかもしれない。

 慣れれば美味いぞ? 噛むたびに口の中でのたうち回るのが怖いけど。



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