『高速化』と『加速』


「とぅっ!」


「いった!?」



 俺が的をぶっ壊してしまった後、店長がいきなり脳天チョップをかましてきた。



「このバカタレが、的がぶっ壊れたじゃねぇか! 危ねぇだろ! どんだけ出力上げたんだい!?」


「いやいやいや、さっきとおんなじくらいだったって! なんなら投げる勢いは若干弱めだったぞ!?」


「……ってことは、もう一つの属性は出力調整がピーキーなのか? 高速化よりもさらに燃費がいいからか、それとも単に消費する魔力の幅が大きいのか……いや、出力倍率調整の回路が二重になってるせいか……?」



 なんか一人でブツブツ呟いてるけど、こっちはそれどころじゃない。

 今の手ごたえは紛れもなく万引き犯の足を仕留めた時と同じものだった。

 しかも、速度があの時よりもさらに上がっていたように思える。



「当たり前さね。感情任せに無理やり使った魔法より、ちゃんとした手順を踏んで発動するほうが何倍も上手くいくに決まってるだろ」


「……そりゃそうか」


「にしても今の魔法、高速化に似ていたが威力はまるで別モンだね。身体強化……じゃなさそうだな。魔法の対象が外側に向いてたし、アンタの矮躯を強化したところでたかが知れてるしねぇ」


「ひどくない?」



 身体強化ってのはそのまんま身体能力を強くする魔法かな。

 確かにこんなガリガリの体じゃ、仮に力が2倍になったところでさっきの威力は出ないだろう。


 となれば、見た目だけじゃなくて本当に速度が増していたと見るべきか。

 念のためもう一回試してみよう。



「よっ、と。……お、やっぱ速くなってるし飛距離も伸びてるわ」



 今度は少し魔法の出力を弱めて的に向かって投げてみたが、大体素の2~3倍くらいの速さで飛んでいった。

 的に当たったが、今度は砕けなかった。

 ふむ、高速化に比べてちと加減が難しいが、ある程度速さの調整も可能だし威力も比例して増減する、と。



「店長、多分これ『加速』だ。物体の運動そのものを速くする魔法だと思う」


「みたいだね。魔法の速度調整をする制御回路はあるが、速度そのものを司る属性は初めて見るよ」


「高速化に比べてえらく破壊力が高いっつーか、悪用したらヤバそうだなコレ。こわぁ……」


「魔法ってのはどれもそういうもんさ。火の魔法だって人を焼き殺すことから暖炉の火種まで用途は様々だろ? ビビるこたぁねぇよ」



 クシャクシャと頭を撫でながら、ビビる俺を励ますようにそう言ってくれた。

 店長も割と物騒な魔法使ってたし、説得力があるなぁ。



「ただ、一歩間違えれば簡単に人を殺せる魔法だってことは心に留めておけ。闇雲に恐れるんじゃなくて、正しく恐れるんだ」


「うぃっす」


「『高速化』も『加速』も体一つじゃほとんど意味をなさないが、得物によっちゃ幅広く応用が利きそうだ。今後は基礎練をしつつ、護身用に自分に合った道具と使い方を考えておきな」



 得物ねぇ。まるで物騒な使い方をすることを推奨してるような物言いだな。

 実際荒事に使う気満々だけどな。ケケケ。

 こないだの万引き犯みたいなアホが襲ってくる危険があるかもしれないし、なにを使うべきか……。



「アタシの見立てじゃ飛び道具と相性がよさそうだ。単純な投擲武器だけじゃなくて、スリングショットや弓矢なんかが合ってそうだが……その前に体を鍛えなきゃまともに扱えないだろうね」


「ですよねー。まあ今からでも使えそうな強力な武器は一つ思いついてるけど」


「お、なんだ? なんかよさそうなもんでもあるのかい?」


「ん」



 軽く返事をしてから、その『強力な武器』に向かって指をさした。

 前世の重火器にも引けを取らないおっそろしい武器だ。



「……おい、なんでアタシを指さしてんだ?」


「いや、店長の体を加速すれば発動する魔法も加速されるんじゃないかなーって」


「ほほう、なるほど……ってバカヤロウ! それだと血流まで加速されて体中の血管が破裂しちまうだろうが! 殺す気か!! ……あっ」



 店長がしまったと言いたげに手で口を覆い目を見開いた。

 血流で、血管が破裂……?



「……あ! その発想はなかった! ありがとう店長!」


「待てコラ坊主! 絶対に人体に使ったりするんじゃないよ!? 最悪死んじまうぞマジで!」



 それだ! そもそも相手の体内を加速して過負荷をかければ一撃必殺じゃん!

 ……って言いたいところだが、さすがに人殺しはアカン。バレたら一発で逮捕される。

 本当にヤバそうな時以外は極力避けるべきだろう。



「んー、じゃあ魔法だけ加速できるか試してみないか?」


「……いいけどアタシはアンタの武器じゃないぞ。自分一人でも身を守れるようにしなきゃダメだっての」


「分かってるよ。でも、他人の魔法に干渉できるかどうか試してみたくねぇか? 有用とかどうとかじゃなくて単なる好奇心だけど」


「ったく、仕方ねぇなぁ」



 口じゃそう言ってるが、目が笑ってるぞ。

 店長も割と……いやかなりノリノリのご様子。

 魔法関係のことになると妙に早口で饒舌になるし、こういった魔法の実験とかが趣味だったりするのか?


 店長がさっき使った半分サイズくらいの火球を掌の上に浮かべ、発射準備に入った。

 この火球を『加速』して発射することができるか検証してみよう。



「……どうだ、やれそうかい?」


「あちち、直接触ると火傷しそうだな。んー……」



 火傷しないように、近くに手を翳して加速できないか試してみる。

 ……ううむ、手に握った物を加速するのとはまた違った制御が必要っぽいな。


 こう、掌から外へ放出した魔力を火球に浸透させるような……お、この制御回路か?

 よし、うまく火球の中に魔力が通ったのが分かる。

 これでスイッチをONにして魔法を発動すれば……。



「っ! 上手くいったようだね。燃焼反応が明らかに『加速』してるのが分かるよ」


「え、これで加速できてんのか?」


「ああ、火球を維持するための魔力消費量が倍くらいに増えてる。見た目じゃ分かりづらいだろうが、火力も相当上がってるぞこりゃ」


「うわ、ホントだ熱っ」



 見た目はほとんど変わりないが、明らかに加速する前より周りの空気が熱い。

 おいおい、飛んでいく速さが倍になるくらいの感覚で加速したつもりだったのに、火力まで上がるのかよ。



「どれ、威力のほうはどうかねぇ?」


「気を付けろよ店長、さっきの小石でもあんだけの威力になったんだ。外したら当たったところが消し炭になるかもしれねぇぞ」


「外しゃしねぇよ、誰がこの実験場拵えたと思ってんだ。的に当てるくらい目ぇ瞑ってても余裕だっての。……はぁっ!」



 店長が手を前に構え、火球を的に向かって発射した。

 速い。思った通り、射出された火球の速さも加速されている。

 でも大きさは最初に飛ばした火球の半分くらいだし、威力はそれほどでも―――



 ズドガァンッ!! と、最初の火球とは比較にならないほど大きな爆発音。



「いぃっ!?」


「ぬぁあっ!?」



 耳痛っった!? なんだ今のバカみたいな衝撃音は!? 鼓膜破れるかと思ったわ!

 いくら広いとはいえ、密閉された地下空間で反響増幅された爆音にたまらず耳を塞いだ。



「いつつ……!? ……冗談だろ、的が……!」


「え? ……げっ!?」



 着弾した的を見ると、粉々に消し飛んでいて灰すら残っていなかった。

 それどころか両隣に並んでいた的まで、衝撃に耐えられなかったのか砕けてしまっている。

 ……えええ、そうはならんやろ。マジでなにがあった。どうしてこうなった。



「おいおい店長、危ねぇだろ。どんだけ出力上げてんだよ」


「なわけねぇだろ! 最初の半分くらいにサイズ絞ってただろうが!」


「じゃああの惨状はなんだよ。加速しただけであんなことになるもんなのか?」


「ふぅむ……あ、そうか。火球が飛んでいく速さだけじゃなくて、着弾した瞬間に起きる爆発の膨張速度も加速されていたのか」



 あ、なんか考え込み始めた。

 それ長くなるヤツ? 聞かなきゃダメ?



「それなら説明がつくね。小規模とはいえ元から瞬間的に凄まじい勢いで空気が膨張する爆発という現象をさらに加速したからその分衝撃波も強力になってあんな威力に……って、あっぶねぇ!? サイズを小さくしてなきゃ的どころかアタシらもぶっ飛んでたかもしれないねこりゃ……!!」


 長い長い。そんな言葉の洪水を浴びせられてもアタマに入んねぇって。

 呟いてる途中で相当危ない実験だったことに気付いたらしく、顔を青くしながら冷や汗をかいている。


 あれ、もしかして一歩間違ってたら俺たち爆発に巻き込まれてアフロ頭になってた? むしろ死んでた? 怖すぎるやろ。

 ……加速の魔法は慎重に扱わないと予測できない事故に繋がりかねないようだ。

 とりあえず今日は一旦お開きかな。



「じゃあ坊主、次だ」


「へ?」


「今度は威力を高めずに、なおかつ飛んでいく速さだけを加速できるか検証してみるぞ」


「……いやちょっと待って、危なくね? さっきの爆発見ただろ?」


「だからこそだ。どう扱えば危険な結果になるかはさっき確認したろ? じゃあ次はどうすれば安全に扱えるかを検証するべきだろうが。しばらく付き合ってもらうよフフフフフ」



 アカン。なんか変なスイッチ入ったっぽい。

 さっきの爆発を見て怖気づくどころか逆にモチベーションに火が入ったらしく、目が据わったまま笑ってやがる。キモい。


 もしかして魔法のことになるとマッドサイエンティストみたいな状態になるのかこの店長。

 いやマッドマジカリニスト? ……呼び方が分からんうえに語呂が悪い。

 付き合うのは別にいいが、魔力がもつかなー……。








「も、もう無理、死ぬ、死んでしまうぅ……」


「だらしないねぇ。体力なさすぎだろ」


「た、体力じゃなくて、魔力が……」


「似たようなもんだろ」



 その後、何度か魔法を加速したところで魔力切れによりグロッキー。

 『加速』は『高速化』と違ってキッチリ魔力を消耗するようだ。


 ……今の自分にできることや魔力量がなんとなく分かったのはいいが、こりゃ明日も休業だな。ガクッ……。






―――――――――――――――――


https://kakuyomu.jp/users/2868416645152/news/16818093089897401948


高速化と加速の違いについての簡単(というか貧相)な解説図。

いやピクトグラムさんがじゃなくて解説の仕方が貧相。

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