『低速化魔法』の正体と―――
「そろそろ落ち着いたかい?」
「……うぃっす」
「そう拗ねるなって。悪かったって言ってるだろ?」
目を合わせず返事する俺を見て、苦笑いしながら気まずそうに宥める店長。
不可抗力とはいえ金的並みに痛い思いをさせられたらそりゃキレるわ。
「魔法回路と属性の解析は終わった。思ったよりずっと複雑な回路で驚いたよ」
「回路が複雑だとどうなるんだ? 扱うのが難しいとか?」
「いいや。十全に使いこなせるまでに時間がかかるってだけで、魔法を使うことそのものが難しいわけじゃない。汎用性が高くてできることの選択肢が多いってことだから素直に喜びな」
できることの選択肢ねぇ。
つっても、自分を低速化する魔法に汎用性もクソもあるのか?
「結論から言おう。アンタの属性は『高速化』だ」
「知ってるよ。それを制御回路が悪さしたせいで『低速化』になっちまってるって鑑定した魔術師も言ってた」
「当たらずとも遠からずだが、それは違う。……信じられねぇことだが、対象範囲が広すぎてそう見えちまってたってだけだ」
「……どういうことだ?」
目線を合わせながら両肩を掴み、俺の問いに店長が答えた。
心なしか、どこか嬉しそうな笑みを浮かべながら。
「アンタは『自分を低速化』していたんじゃない。『自分以外を高速化』していたんだ」
「……はい?」
「『高速化』は本来自分自身にしか効果を発揮しない魔法だが、アンタの場合は自分以外に作用する制御回路が組まれている。アタシが知る限りじゃ他に類を見ない、いわば突然変異だね」
「えーと……つまり、どういうこと?」
「アンタは自分以外、森羅万象一切合切例外なく全てを高速化していたんだ。相対的に、アンタだけが遅くなっているように見えてたってだけなんだよ」
「……えぇ?」
嘘だろ? そんなことある? マジっすか?
スケールがデカすぎて想像もつかん。
ラインハルト君、そんなヤバいことやってたの?
「普通そんな規模じゃ魔力消費が激しすぎてまともに魔法を発動することもできないだろうが、『高速化』の属性ならありえるかもねぇ」
「高速化ならって、なんでだ?」
「高速化は異常なまでに燃費がいい。高速化しても運動エネルギー自体が増しているわけじゃないからか、ほぼ消費魔力がゼロなんだ。それでもそこまで大規模な範囲を対象にしても発動できるとは驚きだよ。ふふふ、こりゃもしかするととんでもない逸材かもしれないねぇ」
なんか興奮した様子でペラペラと早口で長々と語り出したけど、要は高速化はどんだけ使っても平気だってことか? チートやん。
……でもどっちにしろ相対的に自分が遅くなってることには変わりないじゃん。ダメじゃん。
「上手くいかなかったのはロクに制御の仕方も決めずに発動したからだろ。今なら対象範囲を指定して使えるはずだ。最初のうちは手伝ってやるから、ちょっと試してみな」
「お、おう……」
そう言って、店長が小石を手渡してきた。
……これをどうしろと?
「魔法を使うとどうなるのか、視覚的にどういう効果があるのかを分かりやすくするために検証してみるよ。まずは的に向かって魔法を使わず思いっきり投げてみな」
「分かった。……てぃっ!」
俺の渾身の力で投げると、放たれた石は力なくおっそい速さで飛んでいき、力なく的の前に落ちて転がった。
……これが俺の全力だ。どうだ参ったか。あまりのしょぼさに俺が参ってるわクソが。
「よし、それじゃあ次は『高速化』の魔法を使って小石を投げてみな」
「えーと……」
「難しく考えるな。まずは魔力を『高速化』の属性に変化させな。ココだよココ」
「ぬわぁい!? やめろ! なんかすげぇくすぐったい!」
どうしたものかと悩んでいると、店長が俺の腹に手を当てながら魔力を流し込んできて、属性化をする器官をつつくように刺激してきた。
うわぁぁあ……!! さっきと同じような腹の奥にある金的っぽい部分を撫でられてるような感じがして気持ち悪い!
……これセクハラでは? 魔力セクハラとかいう新ジャンル。誰得。
しかしその甲斐あって、どこから魔力が湧いてくるのか、湧いた魔力をどう動かせばいいか、そしてどこに魔力を集中させればいいかが感覚で分かる。
店長がつついてくる器官に魔力を流すと『色の付いた魔力』に変わっていくのが感じ取れた。
なるほど、この器官に魔力を通して着色するのが『属性化』なのか。
「属性化できたね? 次はその魔力を制御回路に流し込むんだ」
「……ど、どの回路に流しゃいいんだ? 今ならわかるけど、滅茶苦茶枝分かれしてるみたいなんだが」
「まずは高速化の倍率を『出力調整』する回路だ。真ん中の一番デカいメインの部分だ、分かるな? ここの回路で何倍速で動くかを調節する。2倍速だと大体これくらい流せばいいかねぇ」
「わ、分かった」
「次にこっち。こっちは魔法を『範囲を選択』をする。今回はアンタが『握っている石』だけを指定。そのためにはこっちの回路に流しな」
「なるほど……」
「次はそれを維持する時間を指定する回路に流すんだ。直接接触している対象に魔法を使うなら基本必要ないが、今回は投げて手元から離れてからも魔法を維持するために、効果時間を指定する必要がある」
「えーと……タイマーみたいなもんなのか、どれくらい魔力を籠めればいいんだ?」
「的に向かって投げるだけならこれくらいで充分だ、それで、次は……」
……店長に手取り足取り魔法を発動するための調整をアシストしてもらっているが、なんだか気恥ずかしくなってきた。
アレだ、子供が親から自転車の乗り方を教わってる時の感覚に近いと思う。
いくつもの制御回路に魔力を通し、ようやく魔法を発動する準備が整った。
ここまで軽く1分くらい経ってるんだが、魔法を使うのってこんなに手間がかかるもんなのか?
「慣れれば手足を動かすのと同じ感覚でできるようになるさ。今はゆっくりでいいから確実に工程を覚えていきな」
「へーい」
「最後に魔法の『発動』。これはスイッチをON/OFFする感覚だ。今はOFFの状態だが、ONにしてやることで魔法が発動するってわけ。それで、そのスイッチがココだ」
「ぬぉっ!?」
だからいきなり魔力で触ってくんのやめろ!
体の内側をくすぐられてるみたいでホントにキモいんだよ!
……あ、でもスイッチの感覚は分かる。蓋を開けたり締めたりするような感じで分かりやすい。
つーかこっちの世界にもスイッチの概念あるんだな。
「ON/OFFの感覚は制御に比べて簡単なはずだよ。ONに切り替えてから、握ってる石を投げてみな」
「分かった。……おりゃあっ!」
ついに魔法を発動した投石を実践! 彼方まで飛んでけぇ!!
ってあら……?
魔法を発動したうえで投げた石は、確かに速く飛んだ。1投目の2倍くらいのスピードだ。
しかし地面に落ちるスピードも2倍速で、最終的な飛距離は1投目とほぼ変わらなかった。
……あれぇ? なんだ今の動きは。
まるで1投目をそのまま早送りしただけみたいな、すごく不自然な飛び方だったぞ。
「成功だね。今のが高速化の効果ってわけだ」
「……なーんか、思ってたのと違うなぁ。てっきり的をぶち抜く勢いで飛んでいくかと思ったのに」
「『高速化』はあくまで『動きを速くする』だけで、見た目の速度に応じた威力が発揮できるわけじゃないんだよ」
「見た目が豪速球になっても、実際はヘロヘロ球の強さしかないってことか……ん?」
ちょっと待て、じゃあ昨日の万引き犯の膝を砕いたあの威力はなんだったんだ?
高速化で速くなっても威力が弱いままなら、あんなことにはならないはずだぞ。
「だとすれば、その時にアンタが使ったのは『高速化』の魔法じゃなかったってこった。言ってる意味が分かるかい?」
「……まさか」
「そう。アンタが扱えるのは『高速化』だけじゃない。もう一つ別の属性があるってことさ。鑑定の時にうっかり小突いちまった部分がその属性用の器官だよ」
「うっかり小突いた? ……あのめっちゃ痛かった部分か!?」
マジっすか。まさかの属性2つ持ちだった。
ラインハルト君、もしかして無能どころか才能の塊なのでは?
「一人が複数の属性を持つことはままあることだ」
あ、そんなに珍しいことでもないんだ。
「ただ、もう一つがどんな属性なのかは分からねぇ。……というか、見たことがねぇ属性だ」
「え?」
「アタシは魔法図鑑に載ってる属性を全て熟知している。だが、アンタの持つもう一つの属性はそのどれとも違う」
「つまり未知の属性ってことか?」
「多分な。しかもおかしなことに、まるで元々一つの属性しかなかったのに後から無理やりもう一つの属性を付け加えたような……奇妙な回路の繋がり方をしてるよ」
……もしかしてそれって『俺』がラインハルト君の中に入り込んだのが原因だったりする?
『高速化』用に組まれたラインハルト君の魔法回路に、俺の属性が横から寄生してるようなイメージかな。なにそれキモい。
「もう一つの属性を試してみな。どんな属性なのか、それで答えが出るはずだ」
「さっきと同じ感じで発動すればいいのか?」
「分からねぇ。だが同じ制御回路を使うのなら外側、要は自分以外を対象に発動するはずさ。火だるまになったりはしねぇだろうからそんなにビビるこたぁねぇよ。多分」
「他人事だと思って……別にいいけどな」
どっちにしろ検証は必要だ。
試すだけ試して、使い物になるかどうかを確認しておこう。
高速化とは違う、もう一つの属性化の器官に魔力を通した。
お、なんか魔力の色が違う気がする。高速化が青色と例えるなら、これは赤色っぽいイメージだ。
制御回路には……問題なく流し込める。これなら高速化と同じように発動できそうだな。
……あれ、出力調整の制御回路が2つあるような……別に気にしなくていいか、両方に流しちまおう。
「えーい」
大して期待せずに、それなりの勢いで石を的に向かって投げた。
直後、ズガァンッ と大きな衝撃音とともに、的が砕け散った。
「……わぁお」
「……やりやがったな」
俺の投げた石が目にも止まらないほどの速さで飛んでいき、命中した的を粉砕したのが見えた。
今度は見た目だけじゃない。さっきまで的に届きもしなかったのに、余裕で的を貫通するほどの飛距離と威力を発揮していた。
速さも素の2倍どころじゃなかった。下手すりゃ4~5倍くらい速かったんじゃねぇのか今の……!?
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