魔法実習開始


 万引き犯をとっ捕まえた次の日。

 魔法店の真下、地下への階段を降りた先にある地下室へ案内された。

 なんか弓道とかに使いそうな的とか剣道用の打ち込み台みたいなもんがならんでるけど、なにするトコなんだここは。



「さぁて、お待ちかねのお勉強だ。準備はできたか?」


「店長、お勉強するのになんで地下室でやる必要が?」


「店ん中でやると物が壊れる。ここなら適当な稽古台や的も用意してあるから気兼ねなく勉強できるだろ?」


「勉強するのになぜ稽古台を……?」


「魔法の勉強だからさ。言ってなかったかい?」


「言ってなかったぞ」


「……まあ細かいことはいいんだよ。アンタも魔法を学びたかったんだろ? 特別にアタシが直々に教鞭を振るってやる。ありがたく思いな」


「わーてんちょーさいこー」



 なんの勉強か言われるまで戦々恐々としていたが、なんと念願叶って魔法の実習をしてくれるようだ。

 よかった、ラインハルト君がやらされてたような座学の勉強とかだったらどうしようかと思ってたわ。


 記憶だけで実際に俺が体験したわけじゃないが、あれは5~6歳児にやらせるような授業じゃない。

 公爵家の次男だということを考慮しても明らかに先取りしすぎ&詰め込み過ぎだった。

 無駄に厳しい環境だったおかげで、この幼さで読み書きに不自由しないのは正直助かってはいるが。



「問題だ。まずそもそも魔法とはなんだ?」


「はい、魔力による現象を人為的に起こす技術です」


「うむ。例を挙げると火や水を操るような魔法が分かりやすいだろう。……こんな具合にな」



 そう言いながら、左手の上に野球ボールくらいの火球を、右手には同サイズの水球を浮かべて見せた。

 ……おかしいな、複数の魔法を同時に扱える人は滅多にいないくらいの高等技術だって本に書いてあった気がするんだが。

 当たり前のように違う魔法を使って維持してやがる。店長何者?



「次の問題だ。これらの魔法はどのようにして行使されている?」


「えーと……こう、球状になって浮かぶようにイメージして?」


「イメージすればその通りの魔法が使えると言いたいのかい?」


「え、違うの?」


「なわけあるか。『イメージすればすぐにその通りの絵をキャンパスへ描くことができる』と言っているようなもんだぞそりゃ」



 うん、それは無理。素人がいきなりまともな絵を描けますかっての。

 パース・線画・着色・陰影・その他諸々の要素を上手く包括しなきゃまともな絵なんか描けやしねぇ。魔法も同じだってことか。

 


「まあ広い意味じゃ間違っちゃいないが、アタシが聞いているのは原理の話だ。魔法を発動する工程はどうなってるかってことさ」


「分かんねーです」


「だろうね。魔法学の本を読んでたみたいだが、活字だらけで訳分かんなかったんだろ?」



 図星です。

 挿絵はおろかロクに改行すらされずにひたすら魔法に関することが書き連ねてあるばかりで、すっごい目が滑ってまるで理解できませんでした。

 誰が書いたのか知らんが読ませる気がないのだけは分かった。ファッキン。


 それを踏まえてか、店長が紙に簡単な絵を描いて説明し始めた。

 こうして分かりやすい形にしてもらえるのは助かる。



「『魔法』ってのは基本的には『属性化』した魔力を『制御』して『発動』するものだ」


「……?」


「例えばこの『火球』を例に挙げるか」



 再び掌の上に火球を浮かべながら説明する店長。暑くないのかな。



「魔力を炎や水なんかの現象や物質へ変質させることを『属性化』という」


「せんせー、その属性化ってどうやるんですかー?」


「後で教える。次に『制御』。火属性にした魔力に『球状に成形して掌の近くに維持』という指示を書き込む工程だね」


「せんせー、その指示の書き込みってどうやるんですかー?」


「それを今から教えるんだよ。説明中にいちいち質問に答えてたらテンポ悪くなるから、聞きたいことは後でまとめて聞きな」



 サラッと当たり前のように言ってるけど、どうすればいいのか全然イメージがつかん。

 パソコンのプログラミングじゃあるまいし、キーボードもなしにどうしろと。



「指示の書き込みに必要なのが魔法の制御回路だ。アンタにもアタシの体にもある、魔法を使うための器官だね」


「あー、なんかそんなこと本に書いてあったような……」


「実際に見せてやるよ。ほら、たとえばこんな感じに……」



 店長の掌の上で浮いていた火球がいきなり動き出し、前へ向かって飛んでいく。

 そのまま設置してある的の中心にぶち当たると、ドォンッ と小さな爆発音を上げながら爆ぜてすぐに消えてしまった。

 威力を抑えていたのか、的に多少の焦げ目をつける程度の爆発しか起きなかったようだ。



「魔力を『属性器官』に流して『火』属性化する。それを『魔法制御回路』に流して『球状に成形』してから『高速』で『前方へ飛ばす』制御ができれば、離れた対象を攻撃するための火球の魔法を発動できるってわけさ」


「おおー、いかにも魔法って感じのやつだな」


「他にも『水』属性に変化させて、『人肌くらいの温度』で『掌の周りに纏わせて』から『攪拌』する制御を書き込むと、手を洗浄する魔法になったりもする。こんなふうにな」


「うわあったかぁい……てか温度まで制御できんのかよ、便利だなー」


「だろ? つっても、せいぜいお冷からぬるま湯くらいまでしか調整できないけどね。それ以上はまた別の属性の範疇さ」



 俺の掌の周りに人肌くらいのぬるい水が纏わりついたかと思ったら、そのままバシャバシャと蠢いて洗浄し、手から離れ落下して地面へ沁み込んでいった。

 なるほどねぇ、つまりは火や水に変えた魔力をどう動かすか決めるのが『制御』で、それをプログラミングする媒体が『制御回路』ってわけか。



「どんな魔法が使えるかは扱える『属性』と『制御回路』の内容によって決まる。単純に『属性』だけでも『火』や『水』みたいな分かりやすいものから、『身体強化』や『高速化』、『精神干渉』などちょっと変わったものまで人それぞれだね」


「努力すればどんな魔法でも使えるようにはならないってことか?」


「ああ。本人の持つ属性以外の魔法は使えないし、制御回路に組み込まれていない挙動もできないね」



 ……んー、なんつーか思ったよりも魔法ってなんでもありってわけでもないんだな。

 割となあなあな運用ができると思ってたんだが、割と理論がしっかりしてるっつーか。



「属性の数も質も個人によって異なる。最低でも一人一つはいずれかの属性を持っているから、魔法の素質自体は誰にでもあると言っていい」


「それが実用に堪えるものかどうかはおいといて、ってことか」


「まぁな。『火』属性一つとっても当たり外れの差は激しいね。制御回路が単純すぎて指先から火を出すだけなんてのはまだマシでなほうで、大外れだと自分の体を焼くだけの魔法しか使えないってケースもある。そこまで酷いのは逆に稀だがねぇ」


「うわぁ……」



 おいおい、下手すりゃラインハルト君は魔法鑑定の時に火だるまになってかもしれねぇってことか? こわぁ。

 そんなもんなんの役にも立たないどころかマイナスの効果しかないやん。……ん?


 ……ああ、そうか。ラインハルトの魔法もそのタイプだ。

 『自分を低速化』しかできない魔法も、マイナス効果しかもたらさないハズレ魔法じゃん。

 せめて自分以外を低速化する魔法だったら使い道はいくらでもあっただろうに。不憫。



「アンタの魔法は『自分自身を低速化する魔法』だと言っていたね?」


「ああ。自傷はしねぇが大外れの魔法さ。こんなもんでも、店長なら使い物にできんのかよ?」


「そりゃ実際に見てみないことにゃ分かんねぇよ」


「見てもなんも面白くねぇぞ?」


「いいからやりな」



 仕方ねぇな……それじゃあいっちょやってみますか。


 ……。



 …………。



「店長、魔法の使い方が分かんねぇ。忘れちまった」


「はぁ?」



 いや、そんな『なに言ってんだ』みたいな顔されても困る。

 魔法を使う感覚が俺にはさっぱり分からんのよ。


 魔王鑑定を受けたのは『ラインハルト』であって、俺じゃない。

 記憶を追体験しただけで、その感覚まではイマイチつかめていないんだ。



「そりゃ歩き方を忘れるようなもんだぞ、どうなってんだいまったく……」


「どうしよう。また魔術師に鑑定し直してもらわなきゃダメっぽいか?」


「必要ねぇよ、アタシが鑑定しなおしてやる」


「え、店長が?」


「他人の鑑定くらいなら朝飯前さね」



 ……んんー?

 おかしいな、魔法協会から派遣されてくる魔術師しか魔法鑑定の秘術はできないって習ってたはずだが。



「鑑定ができるってことは、店長って魔術師なのか?」


「一応ね。つっても、アタシは魔法協会の利権狂いどもみたいににがめつくねぇから安心しな。全部タダで見てやるよ」



 利権狂いねぇ。なんか魔法関連の特許とかで荒稼ぎでもしてんのかな。

 どこの世界も金にきたねぇ組織はいるもんなんだな。財●省とかN●Kとかみたいに。



「それじゃあ始めるよ。今からアタシの魔力をアンタの魔法回路に流し込む。それを感じ取ることに集中しな」


「うぃっす」



 店長が俺の手を握って、魔法の鑑定を始めた。

 ……うわ、生温いようなビリビリするような、なんとも言えない感覚が腕を伝って体中に広がっていく。

 こそばゆいけれど、痛みは感じないな。



「っ! ……随分と複雑な回路だねぇ。それにこの回路は……自身ではなく、外部が対象じゃないか?」


「は?」


「気にすんな。今は魔力の流れを感じることだけ考えてりゃいい。集中が乱れて変なトコに魔力が流れると死ぬほど痛い目見るから気を付けな」


「いや怖っ」



 なんだか意味深長なことを呟いてるのが気になるけど、そのへんの話は後でゆっくり聞くとしよう。

 生暖かいのが全身に広がっていってるけど、これが魔力か。

 ……ところで、ラインハルト君が鑑定された時に比べてえらく時間がかかってないか? 大丈夫?

 


「……くそ、なんだこりゃ。やっと全部開いたと思ったらさらに横から奥へ繋がってやがる。こりゃ長丁場に……お?」


「んぉ? ……うごぇっ?!」



 ようやく隅々まで魔力がいき渡ったと思ったら、なんかこう、腹の奥の方でゴリッとした感触とともにすさまじい激痛に襲われて、思わず悶絶。

 あ、アカン……! 金的喰らったような嫌な痛みがみぞおちから……!!



「あ、悪い。思ったより最後の回路が短くて魔力通すの勢い余っちまった」


「ぬ゛ぉぉおお゛……!! 超いてぇええ……!!」


「だがこれで大体の内容は分かった。アンタもなんとなく魔法の使い方は思い出したんじゃないかい、ライン?」



 くそ……! 文句の一つでも言ってやりてぇけど痛すぎてそれどころじゃねぇ!

 ま、魔法の実践は痛みが治まってからにしよう……ガクッ。



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