万引きと魔法


「おい店長、この発注書おかしいぞ。他はいいけど薬草の数と単価の掛け算が合ってねぇ」


「なにぃ!? ちょっと見せてみな、どこだい!?」


「ほらココ。一束の単価が680なのに48束で33640になってる。1000多いじゃねーか」


「うーわ、ホントだね。計算間違いしてるじゃないか。気付かなかったら1000ゼニーも多く支払ってたところだ……ちょっと待てよ、もしかして過去の明細も確認してみたほうがいいか?」


「そのほうがいいと思うぞ……っておいおい、ところどころ微妙に分かりづらいところで吊り上げられてんぞ。多分コレ全部わざとだと思う」


「なん……だってぇ!? あンのクソ業者がぁ! すぐに採算合わないとこまとめて文句言ってやる!!」



 魔法店に居候させてもらってから今日で一週間。

 ずっと触らせてもらっていなかった帳簿関係を見てみたが、なんとも酷い惨状だった。

 こういうのはちゃんと精査しないとチョロまかされる危険性があるってのに、雑に処理しすぎなんだよ店長。



「くそぉ、単価が微妙な値段のヤツばっか誤魔化してやがる! 狡い真似しやがって!」


「騙す奴が悪いのは全面的に同意するが、金銭関係の管理が甘いのは店長の落ち度だろ」


「うるせぇ! 過払い分の損害なんざどうでもいいが、アタシを騙してバカにしながら懐あっためようって性根が気に入らねぇ! ちょっとぶっ飛ばしてくる!!」



 そう言って青筋浮かべながらどこかへ飛び出していってしまった。

 どこの業者か知らないが、ご愁傷様。


 店長と生活するようになってから分かったことだが、あの人細かいところでズボラだわ。

 整理整頓や掃除が行き届いてなかったり、こういった明細書の確認ができていないのは時間がないからじゃない。面倒だからだ。

 雑用がほしいと言っていたのは、手が足りないというよりも単に面倒なことを押し付けたかっただけっぽいなこりゃ。

 それで3食いただいてるうえに居候までさせてもらってるから、こっちとしちゃありがたい話なんだが。




 

 出てった店長に代わって店番やってるが、客足は相変わらず少ない。

 もう3時間以上になるが、いいかげんそろそろ帰ってきてほしいんだが。

 いっそのこと店長外出中につき休業中って書いて貼っておいたほうがいいかもしれないな。



 なんて思いながら読書しつつカウンターに腰かけていると、お客が入ってきた。

 小汚いボロ服を着た二人組の男だが、妙に目つきがギラついている。



「いらっしゃいませー」


「っ?」


「……」



 こちらからの挨拶に『なんでガキが店番やってんだ?』と言いたげに眉を顰めたが、すぐに商品のほうへ目を向けた。

 一人はポーションやら薬草やらいちいち手に取って覗いて見ているが、なんか質の違いでもあるのかね?

 もう一人は……なんかやたら俺に近いところをウロチョロしてる。

 まるで俺からもう一人のほうを遮るようにしているような……?


 ……って、おい。

 かよ。なんかやたら不審な挙動してると思ったら……。



 しばらく店の中を見て回ってるほうの客が、結局なにも買わず立ち去ろうと出入り口に手をかけたところで声をかけた。



「お客さん、会計が済んでいない製品は外へ持ち出さないでください」


「っ!? な、なにを……」


「袖の下に懐、あとズボンの側面ポケットに入れたものを戻せっつってんだ。そのまま出ていこうってんなら、衛兵呼んでとっ捕まえてもらうぞ」



 こいつら、万引き犯だ。

 片方が商品を吟味してるふりをしながら衣服の中に放り込んで、それを見られないようにもう片方が視線を遮るって寸法だな。

 しかし俺には通じない。コンビニバイト時代に似たようなことしてるアホを何人も通報してきた観察眼を甘く見るな!



「ちっ!」


「逃がすかよ!」


「おっと、行かせねぇぞガキ!」



 商品をガッポリ抱えたまま店から出ていこうとする野郎を追いかけようとしたが、視線を遮っていたもう片方の男が邪魔してきた。

 お? やんのかコラ。



「邪魔すんな!」



 立ちはだかると言うんだったら、学生時代に習ってた柔道で投げ飛ばしてやる!

 くらえ! 奇襲、朽木倒くちきたおし



「……って重っ!?」


「はははっ! なにやってんだお嬢ちゃん、引っ張るだけじゃどうしようもねぇぞ?」



 腕と膝を掴んで投げ飛ばそうとしたが、体重差がありすぎてビクともしねぇ!

 いや、そうじゃなくてもうろ覚えの柔道なんか通用するか微妙ではあったが。



「さっさと放せやクソガキが!」


「あぐっ!?」



 顔面をぶん殴られたはずみで手を放してしまった。いてぇ。

 くっそ、我ながら非力すぎるぞ!



「なに遊んでんだ! 早く行くぞ!」


「おう!」



 そのまま二人とも店から逃げようとしている。

 に、逃がさん! 待てコラ万引き野郎どもが!



「待てぇええっ!!」


「あばよチビガキ!」


「ぜぇ、ぜぇ、く、くそったれがぁ……!!」



 必死に追いかけようとしたが、歩幅が違い過ぎてどんどん距離を離されていく。

 それ以前に体力がもたねぇ……! 店長がいない間に、なんてザマだ!



「このっ……!」



 最後の抵抗に、石を万引き犯たちに向かって投げたがまるで意味がねぇ。

 遅いし、距離も届いてないし、仮に当たったとしても大して効かないくらい弱々しい。

 まるで今の俺そのものだ。



「はははっ、見ろよアイツ! 全然届いてねぇぞ!」


「ほらほら頑張れお嬢ちゃん! こっちだぞぉ!」


「ぐっ……!!」



 パンパンと手を叩きながらこちらを煽る二人組の声が耳に障る。

 逃げようと思えばいつでも逃げられると判断したのか、余裕ぶっこいて俺をバカにしながら眺めてやがる。



 悔しい。

 こんなに悔しいのは、クソハゲ上司に仕事のミスを疑われて散々詰められて結局俺のせいじゃなかったにもかかわらず謝罪の一つもなかった時以来だ。

 ……なんだか生々しいというか湿度の高い悔しさだが、いま丁度それくらいの気分。



 せめて前世くらいの体格なら最初の柔道も成功したかもしれないのに。

 この投石だって、もっと速く、強く、遠くまで投げられて届いたかもしれないのに。

 少なくとも今の倍くらいは早く投げられる確信がある。それほどまでに今の俺は貧弱そのものだ。



「クソッタレがぁぁぁあっ!!」



 最後にありったけの力と悔しさを石ころにのせて、思いっきりぶん投げた。

 どうせ届きはしないだろうが、それでもいい。


 弱いだろう、遅いだろう。笑えよ。……今に見ていろ。



 お前らも、あの家の連中も、全員いずれ必ず見返してやる!








「ぎ、ぎゃぁぁぁああああっ!!?」


「なっ……!? お、おい! 大丈夫か!?」




「……は?」




 万引き犯が、叫び声を上げながら足をおさえて地面を転がっている。

 もう片方の男はなにが起こったのかも分かっていない様子で、急に倒れた相棒を見てオロオロと狼狽えている。



 俺の投げた石ころが、さっきとは比較にならないほど速く飛んでいって、万引き犯の膝に直撃したのを確かに見た。

 膝が割れたか骨折したか、のたうち回るばかりでまともに動けなくなっているようだ。



 ……なにが起こった?

 最後の一投は確かに全力で投げた。


 でも、あんな凄まじい勢いで飛んでいくほど俺の膂力は強くないはずだ。

 時速何kmだったのかも分からないが、プロ野球選手も真っ青な速さだった。

 あんなの前世の俺でも無理だぞ……?



「て、てめぇ! なにしやがったこのクソガキぃ!!」



 激高した万引き犯の片割れが、怒りの形相で俺に向かって駆け出してくる。

 まずい、目がイッてやがる! 下手すりゃ俺のこと殺す気だぞアイツ!?



「死にやがれガキャァアアアッ!!」



 また投石で迎撃を……アカン、石ころが見当たらねぇ!

 どどど、どうする!? このままじゃ――――







「ウチの坊主になにしてんだい、ゴミども」




 誰かの声が聞こえた気がした、直後。


 ズガァン!! と、落雷のような爆音が耳を劈いた。



「がっ……がはっ……!? あっ……ぁ」



 プスプスと煙を上げながら、焼け焦げた万引き犯が膝から崩れ落ちて倒れた。

 ……いや、落雷のような、じゃない。ホントに雷が万引き犯に落ちてきたんだ。



「あ、て、店長……?」


「大丈夫かい? なんで店の外に出てんだよ、坊主」



 店長が帰ってきた。

 焼け焦げた万引き犯の横を通り過ぎて、俺の頭の上に優しく手を置き問いかけてきた。



「こいつら、万引き犯だ。商品を服の下に隠してそのまま盗もうとしてやがったから、追いかけてたんだよ」


「そうか……随分と舐め腐ったマネしてくれたみてぇだな。もう2~3発いっとくか、ああ?」


「ぐほっ!? がほぇっ!!」



 焼け焦げて倒れてる万引き犯をゲシゲシと蹴って追い打ちする店長。

 ひどい。いいぞもっとやれ。



「えーと……ところで、今の雷は……?」


「アタシの魔法だよ。弱めの魔法だが、そこらのチンピラくらいならこの通りさ」



 これで弱め? マジか。ラインハルト君の記憶でもあそこまで強力な魔法はそうそう見たことがねぇぞ。

 この店長、実は結構すごい人だったりする……?



「助かったよ店長、ありがとな」


「おう。ったく、ウチの店で盗みを働こうとするやつがいるたぁな。街の外から来たのかねぇ? ……さて、このクソどもは衛兵に連れてってもらうとして、こっちからも質問だ」


「え、なに?」


「アンタ、どうやってあっちのゴミ野郎を仕留めた? そのナリじゃどう頑張って足掻いたとしてもあんなことにゃならねぇだろ」



「うぁぁああ……!! いでぇよぉ……!!」



 いまだに折れた足を押さえながら泣き喚いている男を指さして問いかけてきた。

 いや、そう言われても俺にもなにがなんだか……。



「分かんねぇ」


「分かんねぇって……いや、アンタがやったんじゃないのかい?」


「いやホントに分かんねぇんだって。逃げようとしてるところに苦し紛れに石を投げてたんだが、全然届かねぇでやんの。それでも最後の一個だけ悔しさいっぱいで気合い入れて投げたら信じられねぇくらい速く飛んでって、それがアイツに当たったんだよ」


「ふぅん……?」



 俺の頭を撫でながら少し考え込んだように目を伏せている。

 ……気のせいか、撫でられてる頭が熱い。

 店長に撫でられるのが気恥ずかしいからか? 中身40越えのオッサンだし。



「……なるほどねぇ。それがホントだとすると、やっぱクラウスの勘は当たってたのかもしれねぇな」


「は?」



 本人ですら訳が分からねぇってのに、店長はそれだけ聞いただけで納得した様子だ。

 てかなんでそこでクラウスが出てくるんだ。まるで意味が分からんぞ。



「坊主、今日はもう店じまいだって吊り札出しときな。ゴミを衛兵に突き出す手間が増えたせいでもうだるいわ」


「アッハイ」



 そのまま背を向けて万引き犯を引き摺っていこうとしている。

 万引きが出た後に接客なんかする気力が湧かない気持ちは分かる。超分かる。マジだるいよな。

 ……ちょっと待って、それで? まさかもうこの話終わりなの? えー。



「いい頃合いだ。明日も休業して、少しお勉強の時間を設けるとしよう」



 はい?

 こちらを向くこともせず、いきなりそんなことをのたまう店長。

 いやいや、お勉強ったってなんのだよ?

 まさか屋敷でやってたような座学とか? だるいわーマジだるいわー。








~~~~~







 さっきとっ捕まえたバカどもは、どうやら傭兵崩れの流れ者だったらしい。

 ロクでもねぇ連中ではあるが、それなりに鍛えてはあったようで荒事から遠い一般人から見りゃ雲の上の強さではある。 


 坊主のガリガリチビな体格じゃまず敵うはずがねぇ。

 それをどうにかできる手段があるとすりゃ、魔法くらいだ。


 確認のために少し坊主の魔法回路を調べてみたが、直前になんらかの魔法を発動した形跡があった。

 かなり雑な発動だったようだが、それで傭兵崩れを一人仕留めたってんだから驚きだ。


 だが『自身を低速化』する魔法なんかじゃどうしようもねぇはずだ。

 仮に『高速化』が使えたとしても膂力そのものが上がるわけじゃないし、坊主にはなにか隠れた素質があるのかもしれない。

 身体強化系のありふれた属性なのか、それとも……。


 どっちにしろ自衛くらいはできるようにしておかねぇといけねぇな。

 魔法を詳しく調べて、荒事に使えそうなら使い方を教えればいいし、できなきゃ適当な魔道具を持たせてやろう。


 ……それに、アイツの『報復』にも興味があるしな。

 どんな手段を使う気なのか知らないが、魔法がまともに使えるようになればその助けにはなるだろうさ。


 頑張れよ、ラインハルト。

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