アルバイト初日
おはようございます。
家を勘当され、魔法店に居候させてもらうようになってから3日経ちました。
相変わらず体はガリガリだが、どうにか少しはまともに動けるようになってきた。
よくこんなナリで剣術道場なんかに通ってたもんだ。肉体はともかく精神力はものすごかったんだなラインハルト君は。
「おはよう、店長」
「おーう、大分顔色がよくなってきたじゃないか。店に入ってきた時はゾンビみてぇなツラしてたのに」
「まだまだ体は細いけどな。店長ちょっとその贅肉分けてくんね?」
「やかましい! 分けられるもんならとっくに渡しとるわクソガキが!」
少しぽっちゃりしたお腹を揺らしながら店長が半ギレで怒鳴ってくるが、クソ親父のヒス全開な濁声とは比較にならないほど耳触りがいい。
こうして朝から挨拶がてら軽口を叩くのが当たり前になるくらいには、この人との生活にも慣れてきていた。
「いやアンタは最初っからそんなもんだったろ。初日から遠慮ゼロで次の日から無礼講もいいとこだっただろうが。初対面でしかもこれから世話になる相手にする態度じゃねぇだろ」
「つってもなぁ、俺がウチの家でやってたみたいに、死んだ目で礼儀正しく必要最低限の受け答えしかしねぇようなのなんか雇う気にならねぇだろ?」
「礼儀正しくぅ? 家でのアンタはどんなんだったんだい?」
「『はい』『すみません』『ごめんなさい』『わかりました』『ありがとうございます』……こんな感じ。ちなみに今の言葉以外ほとんど口にしたことがなかったな」
「うわ、キモッ」
「ひどくね?」
こうして朝食を食べながら駄弁っていると、なんだか学生時代を思い出して妙に懐かしい気分になってくるな。
社会人になってからは朝食を他人と食べたことなんかなかったし。……この話題やめよう。
「店長、そろそろ簡単な仕事ならできるくらいには体調も良くなってきたし、なんか仕事をくれよ。働きたいでござる」
「ござる? あー……じゃあ皿洗いでもやってもらうか」
「分かった。2分くらいで終わるけど、その次は?」
「……店の掃除とか?」
「いいけど、この狭い店内の掃除ならいくら俺でも2~3時間くらいで終わっちまうぞ」
「狭くて悪かったね。アンタの体力じゃ最初はそんくらいでいいんだよ。無理すんな」
「気ぃ使ってくれてるんだな、ありがとう。てっきり『仕事をやろうにも人を使ったことなんかほとんどないし、こんなガキに任せられる仕事なんか限られてるからどうしよう~』って逆に困ってるもんかと思ったが」
「……実際人手不足のところに来た人材がアンタだったから、どうしたもんかと悩んでるのは否定しないがね」
人手不足ってことは、客の入りは案外悪くないのかね?
つっても、誰かが出入りしてるところはあまり見てない気がするんだが。
「魔法薬やアイテムを買う客が日に大体5~6人ほど来るが、メインはそっちじゃねぇ。時々アタシの作るオーダーメイドの魔道具を欲しがる客がいるんだ。そっちの仕事に手を取られてると店の管理に手が回らねぇんだよ」
「あー、それで雑用がいるってわけか」
「正直、掃除してくれるだけでも助かる。つっても、見ず知らずの人間をいきなり店の裏側にまで入れてやれるほどアタシは懐が深くねぇんだ」
「俺はいいのかよ?」
「アンタはあのクラウスの紹介で来たんだろ? ならいいさ」
クラウス信用されてんなぁ。
店長とクラウスってどういう関係なんだろうか。
ただの店主と客の間柄ってわけじゃなさそうだ。友人か、それとも元恋人とか?
だとしたら随分と年齢差のあるカップルだったんだなぁ……って、んなこたぁどうでもいいんだよ。
「それに、万が一盗みでも働こうもんならアンタをとっ捕まえてから衛兵に突き出して牢屋へ放り込んでもらう。ガリガリのアンタが劣悪な環境の獄中なんかに入れられれば、どんな末路を迎えるか分かるだろ?」
「確かに」
そりゃそうか。獄中死するリスクを冒してまで欲しいものなんか今のところないし。
つーか恩人相手にんなことするほど腐っちゃいないが。
そんなわけで、朝食が終わって一休みしてから雑用の仕事を任せられた。
簡単な説明だけ受けてからお掃除開始。
『整理整頓してからこの窓拭いて、その後床の掃き掃除』ってちょっと説明が雑すぎる気がするが、もしかして期待されてなかったりする?
店内のショーウィンドウから洗剤混じりの水拭きをしていってるが、背が低いせいで高いところを拭くのに手間がかかるな。
あ、でもこの洗剤よく落ちる。異世界の洗剤、日本に引けを取らないな。
窓越しに並べられてる商品はどれがどんな商品なのかよく分からんな。
こっちの『治癒ポーション』って書かれてる緑色の液体が入った小瓶が俺を治すのに使った薬かな?
うわ、結構高い。こんなのを惜しみなく使ってくれたのかよ。こりゃ気合い入れて掃除しねぇとな。
ウィンドウの水吹きと空拭きが終わったら床の掃き掃除。
これまでも一応掃除していた形跡はあるが、ちと雑に済ませていたのか砂埃が掃けば掃くほど出てくる。
接客するスペースがこれじゃダメだろ。衛生面とか以前に印象が悪い。
狭い店だが、丁寧に掃除しようとすると中々時間がかかる。
つーか体が小さいせいでいちいち余計な手間がかかって効率が悪い。
店長には2~3時間と言っておいたが実際は1時間で済ませるつもりだった。でも結局2時間半もかかっちまったな。
しかし、その甲斐あって随分と綺麗になった。少なくとも俺が訪れた時に比べたら清潔感がダンチである。
砂まみれだった床もジャリジャリしなくなったし、薄汚れて曇っていたウィンドウは顔が映るくらいにピカピカに―――
その窓に映った自分の姿を見て、思わす息を呑んだ。
痩せこけた顔に伸びっぱなしの金髪、肋骨が浮き出た胴体に枯れ枝を思わせる手足。
綺麗な青色の瞳も、目の周りが窪んでいるせいでかえって不気味に見える。
……なるほど、ゾンビに見えたというのも頷ける。
前世じゃ現場の清掃なんて当たり前にこなしていたが、この体じゃこんな雑用すら一苦労だ。
その分、こうして綺麗になった店を眺める感動もひとしおだが。
「おーい、掃除は順調かー……ってうぉっ!?」
「あ、店長。丁度今終わったトコだけど、こんな感じでどうよ?」
「あ、ああ。随分とまあ隅々まで小綺麗にしてくれたもんだねぇ。予想してたよりずっと丁寧で驚いたよ」
ふふん、ドヤァ。
雑用でもやったことを褒められるのは悪い気がしねぇな。
「で、この後は? 他にも整理整頓清掃してほしいところがあればすぐにやるぜ?」
「初日だし今日はもういいさ。正直、午前中だけでここまでやってくれるとは思ってなかったよ。こんな小さいナリでよく頑張ったね」
「いやぁそれほどでもーやっぱもっと褒めろ」
「その図々しさはどうにかなんないのかい……」
頭をワシャワシャと撫ででくれるのはいいが、荒っぽく撫でると髪が絡まるからやめてくれ。
この無駄に長い髪も早く切らないとうざったくて仕方がねぇな。後でハサミ借りるか。
……上手く切れるかな?
~~~~~
テキトーに指示を出して雑用をさせてみたが、あの坊主は思ったよりずっとよく働いてくれる。
あのちっさいガリガリの体じゃまともに掃除することすら難しいだろうに、整理整頓はもちろん展示品を飾っているケースの拭き掃除から床の掃き掃除まで丁寧に手早くやってくれていた。
下手な清掃業者より掃除が上手いんじゃねぇか?
元貴族のお坊ちゃんがどうしてこんなに雑用の腕がいいんだか……。
まあ、嬉しい誤算ではあるんだがね。
ぶっちゃけコイツの仕事ぶりにはさほど期待していなかったし。
最初はとりあえずやらせてみて、その後に雑な部分を逐一訂正したりしなきゃなぁとか面倒に思っていたが、これなら問題ない。
雑用が終わった後に『髪を切りたいからハサミを貸してほしい』と言ってきて、鏡も見ずに切り始めた。
前髪がパッツンとお坊ちゃまスタイルに切れてしまったのを見て、思わず噴き出しちまった。
このままだと悲惨な出来栄えになるのは目に見えていたから代わりに切ってやったが、あまり自分の姿を鏡で見たくないらしく、切り終わるまでずっと目を瞑っていた。
無理もない。はたから見てるだけでも痛々しいまでに痩せちまってんだ。
それが自分の姿だなんて信じたくもないだろう。
一通り切り揃えてやると、ひとまず髪型だけはまともになったね。
背中まで伸び放題だった髪を肩の上まで切ってやった。
本人はもっと短くしてほしそうだったが、アタシも人の髪を触るのなんか慣れてねぇんだ。
たまたまこの長さで奇跡的なバランスに仕上がったからいいものの、これ以上弄ったらどうなるか分かんねぇぞと言ってやったら渋々納得した。
頭を洗ってサッパリさせて、昼食をとった後にはすぐ読書。
主に魔法関係の本を読み漁ってるみたいだが、ホントに理解できてんのか……?
アンタが呼んでるそれは基礎中の基礎の本ではある。
だが魔法を覚えたてのガキが読むにはちと早いぞ。
それに、魔法に興味を持つのはいいが正しい使い方は本だけじゃ学べないんだ。どうしても誰かが実践指導をする必要がある。
……一週間も経てば魔法回路のほうも治るだろうし、勝手なことやらかして無茶する前に簡単な使い方くらいは教えておいてやるか。
クラウスからも強く推されていたし、今一度この坊主の魔法を確認し直してみようかねぇ。
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