会話じみた録音再生
※店長視点
『今、緊急で録音をしている。旦那様の執務室に着くまであまり時間がないため、手短に伝えようか』
魔導蓄音機から初老男性の渋い声が発せられている。
相変わらずのバリトンボイスだな。平時なら耳が幸せと言いたいところだがね。
しかし、気のせいか声に余裕がないようにも聞こえる。
あの常に鷹揚なクラウスが、なにを焦っている……?
『この音声を聞いているということは、既にラインハルト坊ちゃまはレオポルド公爵家から勘当されそちらに辿り着いているはずだ』
『急な話で申し訳ないが、しばらく君の店で預かってもらいたい』
「……なんでそうなる。適当な孤児院にでも送れば済む話だろうが。アタシのところじゃなきゃいけないのかよ?」
『坊ちゃまに平穏な人生を送らせるだけであれば、その必要はないだろうな』
「おい蓄音機越しに会話すんな。ビビるだろうが」
クラウスの怖いところは先読みと観察眼の鋭さだ。
少し相手しただけで、まるでこちらの内心を見透かしているようなことを言うこともある。
そのうえ、なにか大きな事件や事故が起こる前にチラッとそれを香らせるようなことを言うのを何度も聞いたことがある。
『実は未来予知ができるうえに他人の思考が読めます』なんて言われても驚かねぇぞ。
そのクラウスがこの坊主をどうしてこんなになるまで放っておいた挙句、私のところに押し付けようとしてるのか疑問でならない。
『実際、先ほど目が覚めた坊ちゃまを見るまでは、勘当された後密かに伝手のあった孤児院へ導くつもりでいた。どうにか旦那様に勘付かれないように段取りまで組んだうえでな』
『先ほど目が覚めた』?
ああ、体調を崩して寝込んでたのか……今、寝ているみたいに。
『……旦那様をはじめとしたこの家の者たちは、皆ラインハルト坊ちゃまに対し厳しく当たっていた。……特に奥様が儚くなられてからは、理不尽なほどに』
『5歳から毎日剣術の道場で稽古とは名ばかりの集団暴行を受けさせ、まだ理解できるはずもない内容の勉学を詰め込み学ばせ、食事は生きるのに最低限ほどの量しか与えられていない』
『6歳の誕生日に魔法鑑定を受け、ショックで熱を出して倒れるまで坊ちゃまは年齢相応に……いや食事が少なかった分極めて弱々しく、際立った才覚もなかった。この屋敷に住まう者全てが坊ちゃまを『無能』と罵り、虐げていたんだ。到底あんな幼子にする仕打ちではない』
同感だね。吐き気がするよ。
でもな、それを黙って見ていたお前も同罪だろうが、クラウス。
あの坊主が親に見捨てられた後、野垂れ死なないようにしてやるだけで罪滅ぼしになるとでも思ったのか?
今度会った時に問い詰めてやる。返答次第じゃ縁を切ってやるからな。
……ん? 魔法鑑定の結果を受けて倒れた? なぜ?
『坊ちゃまにとって、魔法は自身の価値を示す最後のチャンスだった。結果は鑑定した魔術師いわく『自分自身を低速化させる魔法』だったらしい。つまり自身の時を速くする『高速化魔法』の正反対だな』
はぁ? なんだその微塵も用途を見出せないようなハズレ魔法は。
んなもん聞いたことがねぇぞ。どんだけ不遇なんだよあの坊主……。
『それを聞いた時に、私にはなにか重大な勘違いをしているように思えた。魔法の使い方を間違えている、と言うより我々が正しくそれを認識できていないというべきか……いや、今はいい』
『それで鑑定が終わった直後に二日ほど寝込んでしまっていたのだが……意識を取り戻した坊ちゃまは、明らかに様子がおかしくなっていた』
「おかしくなってた?」
『誰に対しても常に怯え畏縮していたというのに、開き直ったというかまるで別人のように変わってしまっていた。口調も態度も、少なくとも虐待され続けてきた6歳の子供には見えない』
『もしかしたら本当に別人が乗り移っているのかもしれない。そう思えるほどに、今の坊ちゃまは二日前までとはなにもかもが違い過ぎる』
「ショックで倒れて寝込んじまって、起きた時にはアタマがおかしくなってたってのかい? ……いや、受け答えが飄々としてて妙に大人びちゃいたが気が触れてるようには見えなかったがね」
蓄音機相手に話しても意味がないのは分かっているが、奇妙な話につい相槌を打ってしまった。
それを予想していたかのように数拍おいて、クラウスが再び話し始める。
『その飄々としながら妙に大人びた様子を見て直感した。『彼』は孤児院などで普通の子供として平和に暮らすより、多少の苦難が降りかかろうとも君の下に預けるべきだと』
「……は?」
なに言ってんだこのジジイ。どうしてそうなるのか理由を説明しろ。
あと当たり前のように会話してんじゃねぇ。これは蓄音機であって通信機じゃねぇんだぞ。
『年相応の平穏を享受するよりも、中身の丈に合った生き方をするほうが必ず彼のためになる。おそらく彼の精神はもはや幼子のそれではない』
『ゆえに彼を君に預けようと思う。彼の才を開花させるには、君の下にいたほうがいい』
「ちょ、ちょっと待ちな! なんでそうなるのか全然分かんないよ!? ちゃんと説明し―――」
『む、そろそろ時間だ。最後に要点だけ伝えておこうか』
クラウスてめぇこの野郎!
さっきまで当たり前のように相槌打ってたくせにアタシが文句言おうとする時だけ遮ってんじゃねぇよ!
『彼はいずれ、公爵家にいる全ての者たちに報復をしようと考えることだろう』
「……!?」
『それは決して悪いことではない。少なくとも前向きに生きる理由になるというのであれば、復讐心であろうとも……』
『どうか彼を支えてやってくれ。その分、彼は必ず君の助けになる。心なしかどこか君に似ている気もするし、しばらく経てば傍に居るのが当たり前に感じられるほど頼りになるはずだ』
『それと坊ちゃまの魔法についてだが、折を見てもう一度精査することを強く勧める。鑑定に来た魔術師は安く派遣されてきた下っ端だったらしいからな。最低限の鑑定止まりで、もしかしたら途方もなく大きな鉱脈を見逃しているかもしれん』
『以上だ……ゼリア、後は頼んだ』
言いたいことを言うだけ言って録音を切りやがった。
くそぉ! なまじ先が読めるからって、自分だけ勝手に納得して話を進めやがって!
あんなガリガリのガキを押し付けてきてどうしろってんだよ! ふざけんな!
……けどなぁ、クラウスの言うことだもんなぁ。
アイツの忠告や警告って的確過ぎて不気味なの通り越して腹立つくらい当たるんだよなぁ……。
チクショウ、なんだかしてやられた気分だがもう引くに引けないし、観念するか……。
報復、か。
……ガキにそんなこと考えさせてんじゃねぇよ。クソッタレが。
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