一夜明けて



 目が覚めると、知らない天井だった。

 あ、この流れ二回目だったな。天井というか天丼か。……つまんね。


 体を起こすと、ラインハルトにとって見慣れた質素な私室ではなく妙にカラフルな家具や小物、壁が見えないほどびっしりと本が並ぶ本棚。

 ……んー? どこだここは。



「起きたかい」


「んぇ?」



 不意に真横から誰かの声が聞こえた。

 女みたいだが、あのクソメイドの声じゃない。誰だ?



「……あ、おはようございまーす」


「おはようさん。よく眠れたようだね坊や」



 ベッドの横にあるデスクに、モノクルを付けた肉付きのいいおb お姉さんがなにか書き物をしながら挨拶を返してくれた。

 この人は……確か魔法店の店主さん? ……あー、思い出してきた。


 魔法店にバイトとして雇ってくれないかって話してる途中、クラッときてそのまま気絶したんだった。

 家から魔法店まで歩いただけでヘトヘトになってたし、疲労のあまり倒れちまったみたいだな。

 どうやら思った以上にこの体は貧弱みたいだ。気を付けよ。



「一応処置はしておいたが、体の具合はどうだい?」


「腹が減ってる以外は特に……ん? 処置?」



 おお? 気のせいか体が軽い。

 それに昨日まで打撲傷と鞭の傷跡のせいで常に全身が痛かったが、今はさほどでもない。

 一日そこらで治るような傷じゃなかったと思うが……。



「寝てる間に治癒ポーションを投与しておいた。大体の傷や不調は治ってるはずだが、まだどこか痛むかい?」


「治癒ポーション……? もうほとんど痛くねーけど、もしかしてアンタが治してくれたのか?」


「あんなボロボロの体じゃ働いてもらう以前の問題だったからね」


「おおー、ありがとうございます。マジ感謝っすわー」


「……感謝の言葉が軽いねぇ」



 ジト目でそんなことを言われてるが、これでも本当にありがたく思っている。店長マジ女神。

 あのクソッタレな家の連中に爪の垢でも煎じて静脈注射してやりたいくらいだ。



「昨日も言ったがしばらくは休んで体を回復させな。無理に動いてまた倒れられたらたまったもんじゃないからね」


「りょ。ここでダラダラ寝ながら穀潰しに徹します」


「せめてフリだけでも申し訳なさそうにしろよ! どんだけ図太いんだいアンタは!?」


「ペコペコしてても腹は満たされねぇってことはあの家で充分学んだんでね」



 だからお腹もペコペコでしたってか。やかましいわ。

 あ、なんか店長が気まずそうに顔逸らしてる。

 そこは憎まれ口にツッコミ入れるところだぞ。そんな深刻な顔せんでも。



「ま、確かに世話になりっぱなしもなんだし、寝ながら手伝えることでもあるなら言ってくれよ。さっきからカリカリ引っ書いてるの店の帳簿か? よかったら書くの代わろうか?」


「昨日入り込んできたばかりのガキには任せられねぇって言ってんだろ。いいから今は寝てな。無一文のガキに頼るほど落ちぶれちゃいねぇさ」


「無一文でもねぇけどな、ほら」



 腰に括り付けておいた巾着袋の中から、銀貨を何枚か出してみせた。

 これだけあればしばらくの間食っちゃ寝しても文句は言われないだろう。



「なんだいその金は、勘当された時に手切れ金でももらったのかい? だったらそりゃまがりなりとも親がアンタのために渡した金だろ、他で使いな」


「いや俺の分の食費を着服してやがったクソメイドのヘソクリを家を出る前にパクってきただけだが」


「思ったよりきたねぇ金だった!?」


「あと親父は石貨一枚もやる金はないとか言って、身一つで放り出しやがったぞ」


「アンタの周りの連中ホンットにロクでもねぇなオイ!?」



 おっしゃる通り。

 ゴミみたいな話題に欠かない愉快な家族でしたね。死ねばいいのに。



「はぁ~……それを他人事みたいにサラッと言えるアンタの図太さにゃ逞しさすら覚えるよ……」



 実際他人事だしな。実際、あの家族に対して『俺』は恨みを抱いていない。

 ただし他人事とはいってもこの体の主、ラインハルトにしてきた仕打ちに腹が立たないかというとそんなことはない。



 機会をみて、いつか必ず報復はする。

 どんな形であれそれは絶対に成し遂げなきゃならん。



 それがこの子から人生のバトンを受け取った俺の筋ってもんだ。

 っていうかむしろ俺の個人的な感情のほうが大きいが。

 あのクソどもがこの子を捨ててのうのうと日常を享受しているのが気に入らねぇ。

 

 そのためにも、色々と準備を整えなきゃならん。

 やることは山積みだが、一つ一つ地道に積み上げていくとしよう。








「なあ店長、横になってる間にちょっと読書したいんだけど、いいか?」



 店長が持ってきてくれた麦粥をいただきながら、ちょっと相談。

 寝て体力を回復する間にも、できることはやっておきたいからな。



「店長って……間違ってねぇけどいきなりその呼び方はどうよ」


「いや名前聞いてねぇし」


「……そういや名乗ってなかったね。アタシの名前はゼリア、『ゼリアーヌ・クリストフ』だよ」


「分かった、よろしく店長」


「名乗った意味がねぇ!?」


「それより読書の話だ。あの棚にある『魔法学の基礎』って本が読みたいんだけど」


「こンのガキ……」



 青筋を浮かべプルプル震えながらも、なんだかんだで本を取ってくれる店長。

 店長、親切過ぎない? 俺がガキからこんな態度とられたら軽く引っ叩いてるわ。

 この人のどこが偏屈で気難しいんだか。クラウスの言うことも案外あてになんねぇな。



「魔法学の基礎か……読むのはかまわないけど、魔法はしばらく使うんじゃないよ」


「え、なんでさ?」


「気付いてないかもしれないが、アンタ魔法の制御回路が焼き切れかかってるよ。まるで無理やり力ずくで魔法を使ったみたいに、大きな負荷がかかった形跡があるんだ」


「……あー、もしかしてアレか?」


「心当たりがあるみたいだね。時々、魔法鑑定で回路を開いたばかりなのに無茶な使い方をするバカなガキがいるんだが、アンタもその口だろ?」



 魔法鑑定の時にラインハルト君が気合入りすぎて全力出しちゃったのがまずかったっぽいな。

 はしゃぎすぎたなラインハルト君。ドンマイ。



「魔法の制御回路が壊れると魔力が暴走して、甚大な被害が出る危険性があるから気を付けな。体がズタズタになるくらいならまだマシで、下手すりゃ爆発して周りを巻き込んでオダブツだ」


「こっわ。それもうほぼほぼ人間爆弾じゃん。俺も下手したらそんなふうに弾け飛んで死んじまうってのか?」


「属性にもよるがね。アンタのがどんな魔法なのかアタシも興味があるし、いずれ魔法の細かい使い方なんかも教えてやるよ」


「サンクス」


「……さんくす?」


「ありがとうって意味だ」



 いやー、話せば話すほど親身になって接してくれるなぁ店長。聖人かなにかですかアナタ?

 そもそもいくらクラウスが友人だからって、いきなりガキを引き取って世話してくれなんて言われて、普通こんなにあっさり了承するか?

 体調が回復したらこの借りはキッチリ返そう。恩には恩をってな。


 ……そして怨には怨をだ。

 今に見てろクソ親父ども。震えて眠れ。

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